第409話 カオスの時間⑥

 建物の外に出て、広がるそこは、ある意味で異世界。

 ファンタジーな世界の住人として染まった俺たちだからこそ、目の前の人工的に作られたファンタジーは、やはり別世界のものを髣髴とさせた。

 広がる街並みは近代ヨーロッパと、フィクションの世界のキャラクターたちと関連性のある、家や路面電車、噴水、時計台、アーチ。

 振り返ると、俺たちが今正に飛び出してきた建物は、アメコミ風な手錠やら牢屋の絵が描かれた看板などが、酒場のような建物に張られた可愛らしい刑務所。

 こんな可愛らしい刑務所に、最強最悪の女たちを閉じ込めていたラブ・アンド・ピースも恐れ入るな。


「広いですわ。それに、どことなく帝国の風景に似ていますわね。こんな土地に、こんな建造物の数々を神族大陸に?」

「確かに広くて可愛らしいわね。でも、年中超満員だったテーマパークも、まだオープン前なのか人一人も居ない無音な光景だと、返って不気味ね」


 確かに、前世ならばこの場所は、老若男女、家族連れ、カップル、友達同士問わず、誰もがウキウキワクワクさせながら立ち入る夢の国。

 ランドの中は常に人ごみで溢れ、行きかう人々は、頭にウサギの耳をつけたり、キャラクター物のTシャツやら風船等を持ち、人の流れを混乱させないようにスタッフが常に配置され、気づけば着ぐるみを着たキャラクターが通り過ぎて、客と一緒に写真を撮り、そして常に明るい音楽が鳴り響いている。それが、俺の抱いているランドのイメージだ。

 しかし、ここには誰も居ない。公式にオープンされている場所じゃないんだから当たり前なんだが、アルーシャの言うとおり、確かに不気味な雰囲気を感じていた。


「ここの、『不思議の国のアナス』というところに、コスモスは居るのですね?」

「ん~………もし、これをマッキーが造ったっていうなら、場所とか配置とか結構考えてるとは思うんだけど、鳴神は分かんね? あたし、ランドにはあんま来たことねーし」

「私だって、中学の頃に友達と来て以来ですよ。それ以降は、ラブラブな彼氏としか来ないって決めてたら、結局高校の頃は行けませんでしたから。そう、ラブラブな彼氏とです。ラブラブの彼氏と来る予定だったんですよ、ニート君。とても大事なことなので三回言いました」

「なんで、人間って、せっかくの休みの日とかを、こんな人ごみ溢れるような場所に来るのか、ホンと理解できなかったんで。俺は仮に高校時代恋人が出来るというミラクルが起こってもここには来なかったと思うんで」


 まあ、人が居ないのは不気味とはいえ、これだけの広さを持った場所で、人がごった返しだったら、返って移動に時間がかかっていたと思うから、むしろこれはこれで良かったのかもしれねえ。

 あとは場所か………


「でも、不思議ね。私の記憶では確か……アナスのエリアは、開発予定としては上がってたと思うけど、私たちが生きていた頃にはオープンされていなかったはずよ?」


 そうなのか? それに関しては全く知らないが、アルーシャが真剣な顔で言うからにはそうなのかもしれねえな。


「綾瀬ちゃん、よくそんなこと覚えてましたね~」

「ええ。あの頃の私は、修学旅行が終わった後に告白成功した後のデートコースとして、当然ここは予習済み……あっ……」


 今更、そんなこと言って、恥ずかしがってんじゃねえよバカ。


「か~、綾瀬ちゃん、乙女ですな~」

「も、もう、やめて、恥ずかしいわね……でも、ふふ……こんな形で夢が叶うと思わなかったわね」

「うひゃう! もう、綾瀬ちゃん可愛すぎです~! ちなみに、ここでデートするとしたらどんなプランだったんですか?」


 おい、お前ら、俺はさっき言ったよな? もう、ダラダラするのはやめたって。


「いや、お前たち、ヴェルトがさっき言ったことを忘れたか? そこの妖精も、アルーシャ姫とどういう間柄だったかは知らないが、自重したほうが良いぞ? 少しは、エルジェラの気持ちも考えろ」


 ここは、新妻ウラがキッチリと締めるべく、二人を諌めるように言うが、久々の友人と再会してテンションの上がったアルーシャは、少し照れながら……


「そうね、恵那。コスモスちゃんのこともあるから、そんなに長々と説明できないわ。だから、まあ、ちょっとだけなら……」


 って、言うのかよ! そして、こういう状況下、やはりアレが始まった。


「まず、待ち合わせは朝六時半に駅に待ち合わせで東京行きの電車に。東京駅についてからは武蔵野線の乗換えまで少し歩くけど、動く歩道の上でそれほど急がず、むしろゆっくりと時間をかけるの。二人で動く歩道で、『人がいっぱいね』『みんな同じところに行くのかしら?』『カップル多いわね』『あっ、私たちもカップルだったわね』という会話の流れで隙を見て彼に寄りかかるの。僅かな密着に体を慣らしてここからが本番。朝の武蔵野線はやはり目的地が皆同じだから電車の中はどうしても混雑してしまうから、私たちの距離はやはりどうしても近くなってしまう。その時、彼は満員電車で私が押しつぶされないように、壁際で壁ドン態勢で私を守るようにスペースを作るの。人が押してきて、彼も少しつらくなるけど、私にそれを悟らせないように涼しい顔で耐えて、でも私はそれに気づいてしまって、彼の胸の中に頬と体を預けて寄り添いあう。『押しつぶさないように耐えるなら、抱きしめてくれていいのよ?』と。そんな時間が十七分間。十七分後、舞浜についた私たちは少しだけ衣服が乱れているけど『ようやくついたね』とハニカミ合いながら手を繋いで門へと向かうの。時刻は七時二十分。開園までまだ時間がかかるけど、ここにも人が多くて、でも並んでいる時間も二人だから全然つらくも無くて、いろいろな話をしながら時間を潰していたらあっという間。そして、さあ、いざ開園の時間。目に映る夢の世界に私たちは子供のように目を輝かせるの。そして、まず最初に入るアトラクションは、当然絶叫系のアトラクション。そう、あの『ジャイアントサンダーマウンテン』よ! その後は、時刻はまだ八時台。楽しかったね、もう一回スリルのあるものを乗りましょうか? と会話しながら、私たちが次の向かうのは、これまた定番の『クラッシュマウンテン』。そう、これはあまりにも定番過ぎるベタなコース。でもね、だからこそなのよ! 彼はこれまでランドには行った事ないというのは既に調査済み。だからこそ、あえてランド定番のものを乗ることで、『ランドに行った』、『私と行った』という記憶を色濃く残すためのものよ。そして乗り終わったら、時刻は十時半頃のはず。そこでね、少し早いけど早めのランチにするの。彼は『早くねえか?』と言うのだけれど、昼の超混雑時を避けるためには仕方ないこと。そう、ランドでもっとも恐るべき事は、並ぶことばかりに時間がかかり、面倒くさがりの彼が飽きてしまわないかどうかなの。でも、この時間帯なら大丈夫。十一時半には午後の部を回る時間が十分出来るわ。でも、午後からは少しお腹も膨れているから絶叫系は少しお休み。次に回るのは、密着度の上がるお化け屋敷よ! ここは女子が恐がってもいいという特権が与えられている聖域。むしろ恐がって抱きついても許される治外法権なのよ。正直、勝負どころはここなのよ。『ボーンデッドアパートメント』で、私は朝倉君に抱きついて、そして可能であれば、む、む、胸を押し付けるの。その時、朝倉君は怯える私に『仕方ねえな』と思いながらも、『おいおい、当たってる』と私に少し女を意識してくれるように仕向けるの。そうなれば、朝倉君も私を邪険にしないわ。むしろ『お、おお』とか言って、テレ倉君コースに突入よ。そうなると、あとはもう、怒涛の攻めあるのみよ。少し怯えた私に朝倉君は私に、『次はもっと軽めのもの』と勧めることを想定するわ。なんだかんだで、朝倉君は優しかったりするから。でも、そうなった場合、行くべき場所はひとつ! 時刻は十二時半。世界一周の船旅、『ディス・イズ・スモール・アース』に乗るのよ。そこで私は第二の作戦を―――――――」


 その時、この恐ろしいほどの変人オールスターたちが、何か奇人を見るような目で、口の止まらないアルーシャを見ていた。


「あの~、綾瀬ちゃん?」

「時刻は十七時過ぎ。そこで私たちはディナーを取るべく移動。場所は既に決まっているわ。シャンデリア城を一望できる、夜景の美しいレストラン。十七時とはいえ、既に秋と冬の中間のため、既に外は暗く、夜景とイルミネーションがとても幻想的でムードを作り出すの」

「あ~~~~~~~、綾瀬ちゃん!」

「そして、パレードの時間、私たちは……ッ! あ、あら? ……恵那?」


 ようやくハッとして元の世界に戻ってきたアルーシャはあたりをキョロキョロ見渡して、一同の視線が一斉に自分に向けられていることに気づいた。


「あの~、綾瀬ちゃん。ちなみに、それってどこまで続いてますか?」

「えっ、あの、えっと……九時過ぎに……東京ではなく、あえて逆方向の市川塩浜のホテルで……ッ! い、今のなし! は、あ、あの、いや、わ、私は何をッ!」

「お泊りコースですか! って、ちょ、ナマナマ過ぎて引きますよ! そういうとこ、バレて朝倉君にドン引きされないようにって、『有希子』に忠告されたの忘れたんですかッ!」


 まず、この場に居るほとんどの連中にとって、アルーシャの奇行もそうだが、呟いていた内容の詳細等ほとんど分からないだろう。

 それこそ、前世組みぐらいしか。

 そして、当然前世組みであるアルテアは、腹抱えて大爆笑。

 一方でニートは……


「俺は女に幻想は抱かないようにしてたけど……綾瀬って……ああいう奴だったのか……やば、元々崩れていたはずの綾瀬のイメージが更に……」


 まるで、見ていた夢が覚めて絶望したかのように項垂れて、両膝着いて地面に突っ伏して、ニートは色々と落ち込んでいた。

 まあ、そりゃ、あいつの本性知ったらそうなるよな……


「あの、ヴェルト様……アルーシャさんは何を……」

「アレは無視していい。今は、そんなことよりもコスモス優先だ」


 こうして振り出しに戻るわけだ。


「まあ、アルーシャが時折こうなってしまうのは仕方がありませんが、ワタクシたちもそろそろ行きますわよ」

「そうだな」


 夢の国の魔法が覚めて現実に引き戻されたかのように冷めた声で、フォルナたちは切り替えるように皆に告げ、俺たちもそれに一切の異存は無かった。

 しかし、そんな時だった。


「ッ、危ないッ!」


 誰かが叫んだ。その瞬間、俺たち目掛けて何かが飛び込んできた。

 流星? 違う。流れてくるのは星じゃねえ。輝く矢だ!


「アイスホールド!」


 俺が何かする前に、飛んできた矢が一瞬で凍り付いて地面に落下。

 おお、流石。

 迷走劇場繰り広げても、オンとオフの切り替えは早い。


「いきなり人の夫を射抜こうとするなんて、いい度胸ね」


 ここで、その俺の反応を伺うようなドヤ顔さえなければ……


「新手か。だが、確かにアルーシャ姫の言うとおりだ」

「そうですわね。ヴェルトを葬ればワタクシたちは生きていけません。ですが、そのヴェルトを葬ろうとする行為そのものは、ドラゴンの尾を踏むよりもやってはいけないことですわ」


 ウラとフォルナも気合入れて俺の左右を固める。

 おい、何で俺が守られてるんだよ?

 まあ、頼もしいことは頼もしいんだが………




――あとがき――


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