第389話 妖精の恐ろしい技

「うっひゃ! なに? なに! 戦うの? えっ、戦っちゃうの? トゥインクルが、俺にッ?」


「いきますよ! 見せてあげるんですから、超可愛すぎてヤバイ私の必殺技で凄いことしちゃうんですから!」



 フィアリを取り巻くあらゆる事情。大体予想はつくが、その内容を全部俺たちが知っているわけじゃない。

 だがしかし、今フィアリはそのあらゆる抱えた問題の中で、恋というものを優先した。

 その決断には、どこかフォルナも微笑ましそうにしていた。



「みなさん、何があっても耳を塞いでください! 巻き添えになっちゃいますよ!」



 耳? 


「はっ? 耳?」

「どういうことですの?」

「え、なになに? あいつ、何やるのか俺にも分からないんで」

「耳……ほほう、そういうことか。これは言われた通りにしたほうがよいぞ?」

「命令するな。やだ」


 どういうことだ? だが、俺も、フォルナも、そしてイーサムもニートもとにかく言われた通りに耳を塞いだ。

 しかし、四足歩行のキマイラでは耳を塞げない。

 すると………


「――――――――――――――――――♪」


 何も聞こえねえ。でも、なんかフィアリは声を出して何かを喋っているように見える。

 体全体を揺らして、手を使って、喋っている……いや、歌っている?



「ひゃっはあああああああああああああああああああ! ぐひゃひゃひゃひゃ!」



 一方で、グーファが突如狂ったように笑い出した。耳を塞いでもこっちだけは聞こえる。

 すると、その場で口をパクパクさせながら、満面な幸せそうな笑みを浮かべている。



「ひゃははは! みんな食べちゃえ! ぐひゃひゃ、もぐもぐ、うめえええ! あは、こんな味なんだ! これはウマい! さいっこう! ひゃがはははは、誰にも渡さねえ、俺ひとりで全部食うんだ!」



 ………………? 何言ってんだ? あいつ、何も食ってねえぞ?

 何も食ってねえのに、ひとりで何やってんだ?



「――――――――――――――――――――♪」



 一方で、フィアリはまだ何かを歌っているようだが、正直何が起こってるのか全然分からねえ。

 イーサムだけは、何が起こっているのか理解しているようで、ニヤニヤしている。

 しかし、そんな時だった………



「うぎゅううう」


「はっ?」


「へっ、ちょ、どうしましたの?」



 なんと、いきなりユズリハが急降下してそのまま落下していく。

 ちょ、何が……って、ユズリハ! お前、耳塞いでねえ! 何だ? 何かどうにかなっちまったのか?



「うううう、ううううう、ううううう!」



 地面に落下したユズリハ。怪我はなさそうだが、竜化が解けて人型に戻り、その顔を真っ赤にし、トロンとした表情で、寝転がりながら体をモジモジモジモジクネクネクネクネさせている。

 親指を赤ん坊のように口で咥えて、ジーッと虚ろな目をして、その様子はまるで、発情した動物のように………



「うう~~~~、ひゃっ、しゃっしゃと、さっさっと、しろ」



 次の瞬間、ユズリハは寝転がりながら下半身をオープンに………


「………はっ」

「ちょおっ!」

「………………?」

「ぐわはははははははは!」


 えっとだ、何がどうなっているのか分からない。ただ、ユズリハはメスガキ黒パンツを急に脱ぎだした……なんで!? はえてない!? いや、はえてないのが問題じゃなくて、なんで脱いだ!?


「何をやっていますの、ユズリハ姫! ははは、はしたないですわ!」


 フォルナが慌てて駆け出し、ユズリハがまくり上げたスカートを下ろさせようと引っ張る。

 しかし、その時気づいた。


「って、フォルナ!」

「……へっ……あっ……」


 うん。ユズリハのパンツを戻そうとするんだから、手を使うよな。

 でも、手を使うってことは、耳を塞いでいた手を外すことになる。

 すると、フォルナは一瞬固まり、急に瞳を潤ませ、しかしどこか歓喜に満ちた表情で口を動かした。


「ヴェルト」


 多分、口の動きからして、俺のことを言ってるのか?



「……ワタクシは……あなたには絶対に許されぬと……もう、二度と、あなたとは……全て断たれてしまったのだと……でも、あなたはこんなワタクシを、受け入れて……それでも、ごめんさいヴェルト……あなたに抱かれる前に……これだけは、どうしても、何度でも謝りたくて……」



 なんか、嬉しそうに泣いたり、申し訳なさそうに泣いたり、何なんだ? このフォルナ劇場は。

 って、ユズリハッ! おま、おま、描写できないぐらいにヤバくなってるんだけど! イーサムはメッチャ爆笑してるし! ニートは石化してるし! グーファは狂ってるし! 何が、どうなってんだ?


「はあ、はあ………………よし!」


 その時、フィアリが頭の上で丸マークを俺に向けてきた。意味は、耳を塞がなくてももう大丈夫ですというところだろう。

 その合図を受けて俺は耳から手を離すと………



「ギャハハハハ! これもこれもこれも! みんな、おかわり! うっめええ、うぎゃはははは! 七大魔王、四獅天亜人、十勇者、聖騎士、全部喰っちゃおう、ぐひゃひゃひゃひゃ!」 


「う、うう、ちゅうなんだ。ぺろって、お前もしろ、婿~、うぎゅう、そんなに、がっつくな変態えっち………えっ? か、可愛いとか、当たり前なことを言う………えへへ、ねえ、ちゅうだ、ちゅうしながら!」


「ヴェルト、焦らしたりするなんて、意地悪ですわ……もう、……ええ、大丈夫ですわ。お願い、ヴェルト。あなたと出会ってから今日の日までずっと渡せずにいたものを、受け取ってください、いいえ、奪って! ワタクシを赦してくれた証を、罪を、同時に刻み込んで!」



 ………なに、このカオス………



「はあ、はあ、はあ、……もう、耳を塞いでって言ったのに……でも、はあ、はあ、成功ですね……これやると、全魔力使っちゃいますし、喉が潰れちゃうから、頻繁にはできないんですけど……」



 疲弊しきりながらも、どこか達成感に満ちた表情で「ニッ」と笑うフィアリ。いや、だから、これは何だよ。



「言霊を使った歌により発動する幻術。対象者が望むことをさも現実のように体感させて、数分間幻想世界へと誘う……『妄想体感幻想』です」



 妄想が、まるで体感しているかのような幻術……


「うっひゃー! むしゃむしゃむしゃ! うっめー!」

「ぺろ、れろ、れろ、ん、もっろ! ぺろ!」

「ん、もっと乱暴に……ワタクシを嬲るように、戒めるように、ヴェルト! 罪を実感させて!」


 お、……お……な、んつう、おっそろしい技だ……



「ぐわはははははははははは、キシンとは歌や効果の種類がまるで違うが、強力じゃのう。まあ、幻術は妖精の得意分野じゃしのう。ぐわははは、おいおい、見よヴェルト、ユズリハのやつ、発情しとるぞ! ぐわはははは!」


「妄想叶……やべえ、あいつ、こんな能力持ってたとか俺も知らなかったんで」



 イーサムは腹抱えて笑ってるが、今はニートのドン引きした反応こそが正しいだろう。

 俺も、ほんと耳を塞いでて良かった。


「さあ、今のうちです! あとは、お願いします!」


 掠れた声で、後は頼んだと、サムズアップして微笑むフィアリ。

 しかし、後は任せろって……



「喰っても喰っても、まだ喰いたりねえ! あは、ひは、ぎゃは、もっともってこーい!」


「やだ、はなれちゃやだ! 離れるな、婿~……ん、もういっかい、ううん、もういっぱいする……もっといっぱいお腹に! ナカに! ナ~~~カ!」


「あんっ! た、叩いて、ぶって、もっとワタクシを、罵倒して、乱暴にして、ヴェルト!」



 …………どれを任されればいいんだ?


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