第375話 晒し物
「はあ? おいおい、俺はあいつらを抱きしめたり、ちゃんとキスしたりしてるし、まだ最後までしてねえけど、それこそ本番一歩手前までは済ませてるぞ」
「それは、恋をしているからしているのではなく、あくまで性的興奮なだけであって、意味は全く違いますわ。さっきの、ニートという方の話を聞いていて思いましたの。彼も、そして話の中に出てきた女生徒も恋をしていますわ。ですが、ああいう誰かのことで我を忘れて夢中になるような恋を、あなたは未だしていないのではないですの?」
そう言われて、俺は思わずハッとした。
そう言えば、以前、アルーシャに言ったことがある。「多分俺は、お前が俺を好きな位には、お前のこと好きじゃない」的なことを。
恋……恋か……
「かつて前世のあなたが恋した方……」
「ッ!」
「あなたは、もう見つけましたの?」
思わず体がビクッとしちまったじゃねえかよ。
「いや、まだ……。どこに居るのかは何となく検討はつき始めてるんだが、色々あって、それに今回のコスモスのこともあったしな」
「そう……ですの」
そうだったな。俺は、フォルナには全て話したんだったな。
「ヴェルト。白状しますと、ワタクシも正直ギリギリですわ。この罪悪感の全てを投げ捨てて、あなたの胸に飛び込んで、気の済むまで抱かれたい。愛を確かめたい。そう思っていますわ。ですが、そのワタクシが耐えられ、他の女性の方と親密なあなたの姿に耐えられるのは……あなたが、今いる女性たちに対して、恋をしていないからですわ」
「フォルナ……」
「多分、記憶が戻って、……あなたの隣に、あなたが恋をする女性が居て、あなたが恋する男性の表情でその方を見つめていたら、ワタクシはもう生きる気力すら失っていたかもしれませんわ」
「でも、それでも俺は……あいつらが妻で奥さんでいいと思ってるし、これからもそうだと思ってるよ……」
「ええ、そうですわね。多分、ウラやエルジェラ皇女もそれでいいと思っていますし、それで幸せだと思っていますわ」
「今のお前に言うのは酷だが、お前もそうだったんじゃねえのか? ガキの頃、いつも俺と結婚結婚言って……それで満足なんじゃねえのか」
「そうですわね。ただ、それはそれとして、ワタクシはワタクシがあなたを思うほどに、あなたもワタクシを好きになって欲しい……恋して欲しいという気持ちもありますもの」
それは、全く気づかなかった。
正直、ウラやエルジェラからのスキンシップを、フォルナが耐え切れていたのは、それは罪悪感だけじゃなかった。
ただ単純に、俺があいつらに恋していたわけじゃないから?
「でも、何で今になってそんなこと聞くんだ?」
「……分かりませんわ。ただ、さっきのニートという方の話と、そしてあの妖精やユズリハ姫を見ていると……何となく気になりましたの」
前方で、何だか楽しそうにしているユズリハと妖精。
その姿は、まるで恋バナをムキになって話し合う青春乙女そのものに見えた。
「おい、妖精」
「はい? って、なんなんですか、さっきから妖精妖精って。私には、『フィアリ』っていう、チョー可愛い名前があるんですから~」
「で、妖精」
「お兄さん人の話聞かないタイプですね。そういう人モテないと思いまーす……と思ってたのにモテモテという地上の摩訶不思議な方ですね~」
「お前さ。妖精だけど、ニートに恋してるのか?」
まあ、答えは正直バレバレだけど念のため聞くと、案の定不意打ち食らった感丸出しのフィアリという妖精はアタフタして誤魔化そうと必死だった。
「ちょなななな、何なんですかいきなり? は、はあ? わ、私がニート君に恋とか、チョーありえないことを何で平気で言っちゃうんですかね、お兄さんマジ目が節穴にもほどがありますし、私がニート君に恋するとか、色々ハードル有り、メンドくさい性格あり、しかも可愛い私と釣り合わないとか、問題ありありの超不良物件のニート君に恋とか、はあ? ですよ。そりゃあ、ニート君のいいところを知ってるのは私だけですし、へこんでるニート君が意外に可愛いとか思ったりもしますけど、私を守ってくれる時とか、胸がドキドキ締め付けられるとか、キュンとするときもありますし、こんな時間がいつまでもとか思ったりもしますが、お兄さんの考えは安直すぎるんで、もうちょっと目を鍛えたほうがいいと思います」
「ああ、そうか。良く分かったよ」
素直になれなくても、やっぱ、恋するってのはこういうことなんだろうな。
そう考えると俺は? こんなふうに、女のことを考えてドキドキパニクったりしたのは……前世だけだな……
でも……
「でも、フォルナ。それでも俺はあいつらと生きていくよ。これからもな」
「……ええ……」
変なことを考えちまったな。どうしてこんな話を? ニートや妖精やユズリハが何だってんだよ。
でも、俺はフォルナに指摘されて、何だか言いようのない不安な気持ちが胸を締め付けた。
こんなこと、今まで一度もなかったのに、どうしてこんな惚れた腫れただの、細かいことを考えるように……
「あーーーー、見えてきました!」
無意識で歩いていた俺は気づかず、思わず顔を上げた。
するとそこには、巨大な鉄柵に覆われ、多くの野次馬たちが柵の周りを取り囲んでいる光景が広がっていた。
柵の中は、奥には真っ白い石を積み上げて作り上げられた左右対称で広く広がる宮殿。
その中央の中庭のような場所には、一人の男が正座して、その男の目の前で、ベージュの軍服と帽子を被った地底族たちと、その横には明らかに異質な、可愛らしいキャラクターの着ぐるみを着た奴が数人立っていた。
「正座してんのは、ニートか?」
「ちょーーーー、なんかニート君処刑寸前みたいな空気バリバリじゃないですか! ヤバイですよー、どうしましょう!」
いや、処刑寸前かどうかは別にして、どうやら公衆の面前で何かを問い詰められているように見える。
しかし、ニートは度胸があるのか、それとも諦めているのか分からないが、特に緊張した様子もなく、背中はどこか力が抜けているように見えた。
「アンダーワールドの王都、ボルテックス学校所属の十六歳、ニート・ドロップ! 両親は消息不明。相違ないな」
「……うす……それ、俺っす。俺はニグレクトの犠牲者なんす。是非とも国の補助金で援助して欲しいす」
「学業成績は普通。しかし団体行動に問題あり。学内での評判は悪い」
「いや、俺は悪くない。ただ、嫌われてるだけ。そして、あいつらが俺を嫌ってるだけ。悪くないのに嫌われることは、もう、俺にはどうしようもないことなんで」
「そんな、そなただが、此度、我らと同盟を結んだラブ・アンド・ピースの副社長である、マニー姫に素質を見込まれ、伝説の紋章眼を開花」
「パチモンです。そこ重要なんで、いや、マジで」
「そして、今回の地上襲撃作戦で、我らの合図とともに紋章眼発動の試験を行うはずが、突如逃亡し、そして無断で発動させた。相違ないな」
「学校でも試験ってのは日時をしっかり決めて行うもんなんで。それを司令官のさじ加減と気分次第で試験開始は、ハッキリ素人の俺には無理なんで。つか、司令官、ぶった切られてましたし」
「今回、二千人で敵の中央部を襲撃した。しかし、作戦は失敗し、ほとんどの同胞が捕虜になり、そして犠牲になった。それを理解しているか?」
「いや、あの、地上人ガチで強すぎでしたよ。俺の試験云々抜きで、ほぼ一瞬でやられてましたよ?」
王国の軍の幹部らしき男に問い詰められているのに、あいつはどこ吹く風で何も悪びれてねえ。というより、開き直って不貞腐れてる。
おいおいおいおい、それじゃあ、余計に相手を挑発するだけじゃねえのか?
「この、クズ野郎っ!」
柵の外に集まっていた、野次馬の誰かが、ニートに向かって石を投げた。
その石は、ニートの頭に命中し、ニートの体が揺れた。
「ッ、ニート君!」
しかし、ニートはまるで動じてねえ。振り返ることもせず、すぐに元の正座に戻った。
その態度が、余計に民衆の火に油を注いだ。
「ふざけんな! 地上の駄作を相手にする、簡単な作戦だったはずだ! それが何でこんな大失敗してんだよ!」
「全部、お前のせいだ、この半端なクソ野郎!」
「ちょっと、私の彼氏も、今回の作戦に参加するって言ってたわよ! 帰ってこないじゃない! どうしてくれんのよ!」
「この、クズ! ゴミ! ゲス野郎! 何でテメエは生きてるんだよ!」
それは、怒りに満ちた民衆の凶気。
最初、この街にはまるで戦の雰囲気を感じさせない平和なものだと思っていた。
しかし、それでも中には地上の戦争に駆り出された者と関わりがあった奴はいる。
数万人は住んでそうなこの街の数百人程度しかここには集まっていない。ごく少数といえばそれまで。
しかしそれでも、その凶気がひとつになり、それを一人だけに向けられたら?
「ちょ、な、何で! 何で、やめてください、何でニート君を!」
多くの石や者が物から投げ込まれて、全部ニートにぶつけられている。
そのことに対して、ニートは一切防ごうとも避けようともせず、それを全て受けている。
それは、俺からすれば、完全に全てに対して諦めているようにしか見えねえ…………
「ふわふわ
その瞬間、物を投げ込もうとした民衆は全員宙に浮かび上がり、俺の目の前にあった柵は無理やり引き抜かれ、俺の前に道ができた。
「ちょ、ななな、何がッ!」
「きゃああああ! 一体何が!」
「何が起こっているの?」
別に攻撃はしねえ。うるさかったから、ちょっと驚かせただけで、俺は一回宙に浮かせた野次馬たちを、そのままゆっくり下ろした。
そのあいだに、俺はだだっ広い宮殿の中庭を歩いていた……
「ちょおおおおおおおおお、おにいいさん!」
「ヴェルト、あ、あ、あなたはどうしてそういうことを、何の躊躇いもなくやってしまいますの!」
「待って、ゴミ婿! 一人でいくな、置いてくな」
慌てて後ろから追いかけてくるフォルナたちの声を聞きながら、俺は一切止まることなく、真っ直ぐ中庭の中央へ向かった。
そこには、突然のことで何があったか分からず睨んでくる軍服の男たち。そして黙って俺を見てくる、巨大な黒い山猫の着ぐるみを被った何者かと、二足歩行で長身の犬の着ぐるみきた奴。
どっから見ても、見たことある着ぐるみは、どうせラブ・アンド・ピースの奴らのものだろうとすぐに分かった。
――あとがき――
お世話になっとります。昨日も……ってか、少しの間は毎回書かせていただきますが、『第七回カクヨムWeb小説コンテスト』に下記作品で参加しとりますので、是非にお願いします。
『天敵無双の改造人間~俺のマスターは魔王の娘』
https://kakuyomu.jp/works/16816700429316347335
まだ始めたばかりですので、フォローよろしくお願い申し上げます。
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