第316話 超魔天空皇

 しかし、皇女が変態だと分かっても、この力。

 これはどうするべきか?


『とにかく、恋だのと下らぬ言葉遊びに己を見失うな! 成すべきことを思い出せ! 立ちはだかるなら、かつての友すら踏み潰して前進せよ!』


 フォルナに叱咤するように厳しい言葉を投げつける、天空族の皇女の一人と言われている、リガンティナ。

 確かに、スケールのデカイ登場で、インパクト十分だった。


「ヴェルト君!」

「ああ、分かってるよ!」


 だからって、逃げるわけにもいかねえよ!



『枯れた精巣ごと潰してくれる、人間よ!』



 雲の大巨人、クラウドジャイアントと呼ばれた怪物が真下に向けて拳を振り下ろしてくる。

 範囲がでかすぎる! だが、逃げられねえほどじゃねえな!

 俺はアルーシャの手を掴んで光速化。これだけ図体のでかいやつに、俺が捉えられるはずがねえ。



『ほう、やはり男は逃げ足が早い。私が声をかけた男たちも、そうやって……そうやって逃げおったわぁ、うわああああん!』



 あれ、なんか逃げただけなのに、イラついてません?

 おいおい、勘弁しろよな。


「ったく、お前が余計なことを言うから」

「なによ、私は真実しか言ってないわよ。……好きなんだから、仕方ないでしょう? そう、好きだから。ねっ? 好きなんだから」

「ッ……うっ……」

「とても重要すぎることだから、三回言ったわ。どう?」

「ああ、そーですか。うれしいうれしい」


 あらら。こんな状況下でもアルーシャは変わらず。っていうか、少し頬を膨らませて怒ってるな。


「なんだよ」

「別に……ただ、……返事は不要だけど、少しぐらい何かしてくれてもいいんじゃない?」

「ったく、こんな状況で……」


 これはアレだ。自分はかなりドラマチックな告白をしたと思ったのに、変な女の登場で全部台無しにされて怒ってるパターンか。

 なんつう、めんどくさい女だ。


「……言葉は口を何回も動かす必要があるけど……でも、キスだけなら少し首を動かすだけで済むのよね……」

「……………あとでな……」

「今」

「……あのさ、一応、フォルナのことでモヤモヤしてる状況で、しかもさっきまではウラと――」

「すぐ」

「だから、そんな中で、しかもこの状況下でお前とするとか――」

「チュッ♡」

「ッ!」

「…………遅いわよ。でも、ご馳走様♪」


 塞がれて、軽く唇がタッチするようなキスをされてしまった。


「でも、わかったでしょう? 相手は天空王国最強、噂では紋章眼まで持っている怪物よ? なのに、私、ちっとも怖くないわ」

「ア……アルーシャ……」

「恋は最強。フォルナが立ち直らないようなら、その伝説は私が引き継ぐことにするから、そのつもりでいなさい」


 光速で巨人の拳を回避した俺たちが少し距離を外して立ち並ぶと、アルーシャは微笑みながら俺の手にそっと自分の手を重ねてきた。

 こいつも少し照れてる。だが、コイツ自身が言うように、その目には一切の不安も迷いもない。


「は~~~~、確かに、今のお前は最強だよ。まいりました」

「あら、ついに勝てたのね。ふふ、ならばこれからも勝ち続けるわ!」


 初めて、アルーシャが頼もしいと思えた。

 まあ、いっか……そう思えるようになった。



『イチャついてるんじゃない!』



 なんかもう、私情が入りまくったクラウドジャイアントからの攻撃。

 モクモクとした触手のようなものが無数に伸び、俺たちを捉えようとする。

 しかも、それだけじゃない。


『翼も精液もないサルめ、創造の極みを見せてくれよう!』


 創造の極み!


「これは、砂漠全体が大きく揺れて!」

「砂のゴーレム!」


 極み!

 極み!


『ゆけ、ピラミッドの精兵たちよ!』


 砂漠の無尽蔵に存在する砂をかき集め、一瞬で遥か見上げるほどの大ピラミッドを作り上げ、それを頭部とした砂の大巨人たちが戦場に出現。

 現れた大戦士たちは、人類大連合軍を大股で飛び越え、群がるアンデットの塊を次から次へと踏み潰していく。


「すごい、あれがリガンティナ皇女!」

「光の十勇者どころか、四獅天亜人にも匹敵する……ケタが違う……」


 バーツやシャウトたちにとって、敵に回したら恐ろしいが、味方でこれほど頼もしいやつはいねえって感じだ。

 俺たちからすれば脅威以外の何者でもねえ。ドシンドシンと地響き立てながら突き進むピラミッドの巨人たちに度肝を抜かれたまま、クラウドジャイアントは俺たちの前で仁王立ちしていた。


『どうした? あまりの力差に勃起もせんか? ……見てみたい気もするがな』


 しかし、どうしても集中しきれない。このチョイチョイ挟む下ネタは何だよ?

 緊迫感や、壮大さが台無しじゃねえかよ。


「ふわふわレーザー!」

「アイスドラゴン!」


 そして、何よりもタチが悪いのは……



『小さい……なるほどな、それを地上の言葉でソチンと言うのだな! そのような粗末な愚物が天空の抱擁を耐え切れるか? スカイハグ!』



 雲が形を変えて、俺たちの放った攻撃をすべて包み込み圧縮、そして押しつぶす。


「げっ! 消えた……」

「想像以上に厄介ね……君の魔法でどうにかならない?」


 そう、例えどれだけデカかろうとも、所詮は物質だ。

 なら、俺の魔法で直接……


『そんな暇を与えると思ったか?』

「ふわふわ――――」

『超天能力・ブースト砲!』


 それは、念力波に似た力。


「つっ、で、でけええ!」

「はやい……技の発動が次から次へと……」


 エルジェラと同じ、いや、それ以上の威力と破壊力が、俺とアルーシャに突風のごとく襲い掛かる。

 重力場? 衝撃波? 全身が、いや、空間が地べたに押し付けられるかのような感覚。


『他愛もない。身の程を知れ。超魔天空皇たる私に、地平でしか物を見れぬお前たちが敵う道理がない。何故気づかぬ? 何故戦う? 黙って交尾でもしていればいいものを、世の歴史に携わろうとするなど、笑止千万! フォルナ姫、目を覚ませ! 貴様ら光の十勇者には、見えない翼があるのではないのか?』


 俺たちを押さえつけながら、心が折れかかっているフォルナを鼓舞するリガンティナ。

 強く、そしてどこか人を見下した感はあるものの、その圧迫感は半端なやつには決して出せないものがある。


「ワタクシは……人の世を……そう、……かつて亜人の強盗に殺された……『おばさま』や、『おじさま』のような不幸のない世界を……おじさま……おばさま? そう……あの麦畑の……ジーハ……ッ! ぐっ、あ、頭が……」


 その時、リガンティナの言葉を受けたフォルナが、突如頭痛にでも襲われたのか、頭を抑えて表情を歪めた。


「フォルナ姫、どうされました!」

「大丈夫ですか、姫様!」


 フォルナ? どうしちまったんだよ、本当にお前は。

 つっても、俺は俺で余裕カマしている場合じゃねえ。

 この女を、どうするべきか?


『まだ羽ばたくことを知らないのであれば、少しは手伝ってやろう。手始めに、この種馬にもならぬ中年は、始末してくれよう』


 余計に体に伸し掛る力が何倍にも!


「つっ、お、おおおお! なんだこいつ、普通にツエーぞ! こんなの反則だ!」

「まったく……せっかく良い雰囲気だったのに邪魔してくれて……やってくれるわね、リガンティナ皇女!」


 あれだけの巨体の物質を自在に操り、創造し、その上で俺たちに対してこれだけの攻撃。

 まずい。俺の魔法でこの状況をどうやって? 未だに超天能力の力の感覚がよく分からねえから、解除のしようもねえし。

 あの雲の化物を? ダメだ、圧力に押しつぶされそうで、全然力を使えねえ!

 どうする?

 手はないのか?

 俺がそう思いかけた、その時だった。



『ダメったら、ダメエエエ!』



 激しい戦場で、戦士たちの鳴り止まぬ声や戦闘の音が聞こえる中でも、その子の声はすぐに聞き取ることができた。



『ぬっ! ……なっ!』



 それは、燃え上がって、立ち上がって、何だかキックしながら飛んできた、ダンガムだった。


「ちょおおおお!」

「あれは、コ、コスモスちゃん!」


 颯爽と現れたダンガムのキックで、クラウドジャイアントがふっとばされ、砂漠に激しく尻餅ついた。

 俺たちの戒めみたいのは解除されたが、ビックリしてそれどころではない。


「……えっ?」

「はっ?」

「んな!」


 もう、そりゃ、この世界の奴らはみんなそんな顔するだろうな。

 顎が外れそうなぐらい口あけて、目玉が飛び出て、んで、体がのけぞってひっくり返る。



「「「「「なんだありゃあああああああああ!」」」」」



 おお、それが自然な反応だよ。


『ぐっ、ぬ、な、なんだこの物体は!』


 それは、天空の皇女すら驚きを隠せぬ弩級戦士の出現。



『ティナおばちゃん、パッパのテキ!』



 現れたダンガムは、ビシッとクラウドジャイアントを指差し、その巨体に似つかわしくない可愛らしい声が機体から発せられた。


『………おばっ! ………っ、その声、まさか、お前………コスモスか!』

『ぶ~、知らないもん! パッパいじめるティナおばちゃん、コスモス嫌いだもん!』

『何度もおばさんはやめろと言って………いや、その前に、何故コスモスがここに居る! その物体はなんだ! しかも、パッパとはどういうことだ!』


 もはや聞きたいことだらけのリガンティナはテンパり出してコスモスに質問攻めするが、プイッとそっぽ向いて拗ねた様子を見せるダンガムからは答えは期待できそうにない。つか、拗ねてるダンガムとかシュールだな。

 だが、その質問の答えはコスモスが答えなくても、コイツがいる。

 そもそもコスモス一人で飛び出してくるはずがないからな。



「お姉さま。そちらに居る、ヴェルト・ジーハ様は、紛れもなく、コスモスのパッパです」


『……エルジェラ!?』



 そう、エルジェラだ。

 天使の翼を羽ばたかせ、ケツを砂漠につけたまま立ち上がらないクラウドジャイアントの頭部に近づいていた。



『エルジェラ、お前は今まで何を! レンザやロアーラからは別行動していると聞いていたが……いや、ちょっと待て。ウラ姫の結婚相手……先ほど、アルーシャ姫ともママゴトのようなことをしていた、そこの男がコスモスのパッパとはどういうことだ?』


「言葉の通りです、お姉さま。本当はもっとちゃんとした形でご紹介したかったのですが……そちらのヴェルト・ジーハ様と……私は……この度、結婚することとなりました!」


『へっ……け……けけ、けっこ、コケッコー?』



 ………………………まあ………コスモスのパッパになったんだから、そうなるよな。


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