第314話 今なら背負える
奇襲され、戸惑う魔王たちを一気に攻め立てる予定だったのか、なまじカッコつけて宣戦布告的なものを勇者がやったせいで、準備の時間が与えられてしまっていたのかもしれない。
それとも、俺やアルーシャという存在に動揺する世界同盟が隙だらけだと判断したのか。
「悔いしか残らぬ屍たちに、新たなる道を与える。余の国を荒らす愚か者どもを、冥界へと引きずり込んでやろうぞ! 冥界魔法・死の都!」
砂漠が揺れる。至るところで地中から何かが飛び出してくる。
百や二百などという規模ではない。
見渡す限り、人間、魔族、亜人、魔獣という多種多様なドクロ兵たちが出現した。
「隊長、何か来ます!」
「これは、アンデット兵が砂漠の下に! 総員、戦闘準備だ!」
集った戦士たちが、命なき兵たちの姿に動揺する。
ヤーミ魔王国と戦闘経験がない連中からすれば、あまりにも異様な光景だろう。
「命なき一万の兵たちよ! 汝らの永久の眠りを妨げし愚か者どもに、罰を与えよ!」
熱の篭った声もない。身も心もない。
ただ動くだけの屍たちが、正義と未来を掲げた者たちを摘み取るために動き出した。
「来るぞ、これが噂のアンデット共が!」
「負けてたまるか、俺たちが未来を勝ち取るんだ!」
「死者を冒涜する悪魔め! 我らの正義の光を受けてみろ!」
アンデットとは対照的に、世界同盟は熱気が溢れている。戦争や、自分自身の正義に酔って、どこまでも力が出て行く感じ。
自分のやるべきことがハッキリと分かり、覚悟を決めた時に振り絞れる力の量は、俺が一番良く分かっている。
少なくとも、今のこいつらは簡単には止まらねえ。
地上戦も……
「余の穏やかな国に雑音を……いでよ、七つの大罪! ベルゼブブ!」
そして何よりも空中には奴らがいる。
「スカイフォーメーション!」
「人類を援護せよ!」
「十勇者と聖騎士、そしてリガンティナ皇女が魔王に正義の聖剣を突き立てることを信じ、ここを全力で死守だ!」
例え七つの大罪でも止まらねえな、ありゃ。
どんなに数や化物の死体を使っても、言っちゃなんだか所詮は七大魔王国最弱国家とも呼ばれるヤーミ魔王国の軍事力。
世界同盟の総攻撃と奇襲を受け、万全な迎撃態勢も整っていない状況でどうにか出来るわけがねえ。
「ちっ、どいつもこいつも頑張りすぎだっての」
「それだけ、誰もが世界の平和を求めているということですわ!」
俺も余所見はしている場合じゃないのは事実。
「ヴェルト、手加減などせんぞ! 聖光の神擊を身に刻み、従うのだ!」
魔力で型どられた両翼が唸りを上げ、タイラーの背後に巨大すぎる六本の槍。
「シャイニングブリューナク!」
エネルギーが行き渡り、全身がスパークするかのように輝く槍は、正に神の怒りのごとく降り注ごうとする。
「ふわふわ方向転換!」
「な、んだと!」
ちょっと前までなら、このあまりの凄まじいエネルギーは、俺の魔法で干渉しようとしても力に押されて弾かれていただろう。
でも、今は違う。
「どこを狙っていますの、タイラー!」
「いえ、……そんなバカな! 私の意思とは関係なく、軌道が!」
タイラーは知らない。二年前までの俺しか知らない。
数時間前の俺を、数分前の俺を、今の俺を知らない。
「ふわふわレーザー!」
「疾い! この全方位から来る光線は、一体!」
「ウロチョロすんなよ、フォルナ。情けはあるんだ。体にあんま傷はつけたくねーんでな」
「馬鹿にしないでくれます? この程度で散ってたまるものですか!」
ずっと俺を見てきたお前たちが、俺のことを全く知らないなんて……ほんと、皮肉だな。
「アルーシャ、氷を使うあなたは、水分の乏しいこの砂漠の環境では魔力消費量が激しいのは分かっていますわ。ならば、ヴェルト・ジーハ一点を警戒すれば、私の反応速度なら十分に回避できますわ!」
ん? 言われて少しだけアルーシャは舌打ち。
そういえば、こいつは氷魔法を使う人間。確かにこんなカラカラの砂漠の上じゃ……
「ヴェルト君」
「ああ」
だからこそ、俺が居るから何も問題ない。
俺と同じことを考えたのか、アルーシャは俺にウインク。
アイコンタクトってやつか?
そういえば、俺はガキの頃、ウラと連携して戦ったり、今はアルーシャと連携したりしてるのに、フォルナと連携して戦ったことはねえな。
そんな風に思いながら、俺は神経を集中させた。
「かつては偶然とはいえ温泉まで掘り起こした俺だ。地下水脈を感じ取り……こうやって!」
砂漠の地震。揺れ動く世界。そして下から迫り来る何か。
それは鉄砲水のように巨大な噴水となり地上へ飛び出した。
「これは、……ッ、ヴェルト・ジーハ! あなたは、まさか、オアシスを!」
さあ、水分が? なんだって? プレゼントだお姫様。
「ナイスアシストよ、ハニー!」
「ハニーはやめい!」
地下から爆発的に飛び出した水の柱は、その勢いのまま、アルーシャの意のままに操られ、巨大な氷竜へと姿を変えた。
一方で、巨大なドラゴンに飲み込まれそうになったフォルナは、両手の指を真っ直ぐ伸ばし、その指から雷を纏った獣の集団が飛び出した。
「氷河時代を乗り越えて、この灼熱の地にその咆哮を響かせなさい! アイスドラゴン!」
「こんなもの! 雷獣行進撃!」
先ほど、俺とフォルナの対峙にサンヌたちは涙を流していた。
そして、それと同様のことは、戦争中の周りの戦士たちにも波及してもおかしくない。
なぜなら、フォルナとアルーシャ。共に人類の希望同士が戦っているのだ。
共に命をかけ、従い、戦ってきた人類大連合軍からすれば、堪えきれるものでもない?
「すげえ……」
いや、そうでもない。
最前線で戦っている奴とは違い、後方で待機している奴らも、少し余裕がある奴らは呆然とこの戦いを見入っていた。
なぜなら……
「まだよ、ヴェルト君!」
「おお! 周囲の冷気に干渉し、テメェにまとめて集めてやらァ!」
「ふふ、ねえ、やっぱり私たち、息も相性もピッタリね」
「ああん? なんだ? 社交ダンスの大会でも申し込むか?」
「あら、素敵ね。でも、私は結婚式のダンスパーティー開催を希望するわ」
「結婚式で? んなもん、ねーだろ。二次会か?」
「あら、日本と違って、アメリカではダンスパーティーは常識よ」
「異世界ですけど?」
なぜなら……
氷の女帝。奇跡の氷帝。世紀のなんたら。とにかく色々と凄そうな名で世界に名を轟かせる光の十勇者。
「ッ、さっきから戦場でベタベタと余裕ですわね! それが命取りですわ」
金色の彗星として、種族問わずに知らぬものがいない、光の十勇者。
二人のぶつかり合いは、悲しみが消し飛ぶほどまでに凄まじい戦いを繰り広げていたからだ。
「雷槍暴雨!」
「アイギスの氷盾」
フォルナもまた容赦ない。俺とアルーシャに間髪いれずに雷擊の嵐を降らせる。
しかし、正に水を得た魚のごとく、アルーシャは心は熱く、しかし戦いはクールにこなしていきやがる。
「くっ……やはりアルーシャは強いですわ……流石に攻守のバランスの良さで言えば十勇者最高峰ですわね。なら……」
遠距離攻撃は分が悪いと判断したフォルナは、雷のエネルギーを一瞬爆発的に増幅させ、そのエネルギーのまま直線上に突き進んでくる。
「雷帝降臨!」
アルーシャはすかさず、氷のドームで屋根を作って防御しようとするが、攻撃一点に集中させたフォルナの方が威力は上。
氷の屋根を粉々にくだいて突進してくるフォルナがアルーシャにそのまま飛び込もうとした。
だが、そこは任せろ。
「待ってたぜ、魔力を爆発的に上げるその瞬間を!」
「ッ!」
「ふわふわキャストオフ!」
その時、遥か上空で巨大な雷光が拡散して破裂した。
そして、
「えっ……なっ!」
身に纏っていたはずの魔装がいつの間にか剥ぎ取られて生身の体になったフォルナはそのまま空中で俺が動きを止めて確保!
「こ、これは、どういうことですの! なぜ!」
「フォルナ姫! ……ヴェルト……お前!」
動揺するタイラー。今ならいけるか?
「ふわふわキャストオフ!」
「ッ、ぬっ、こ、ぐっ、……つおおおおお!」
……ん? できなかったか。さすがはタイラー。そう簡単にうまくはいかねえか。
「どうなってんだ! 何が起こったんだ? フォルナ姫の魔装が解除された?」
「いや、でも、俺は見たぞ! フォルナ姫が纏った魔力が、いきなり釣り上げられたかのように上空に飛ばされて、破裂したのを!」
シップの言うとおり、ヒントは「釣り」だ。
チロタン戦で学んだ、相手の魔力に干渉して抜き取っちまうこと。
ただ、これまで何度もやろうとしても、途中で気づかれて相手に無理やり拘束を解かれたりした。
しかし、ようやくやり方にコツを掴めた。
それは釣りと同じ。泳いでいる魚に手を伸ばしても、素手では掴めねえ。だが、餌を取ろうとしている隙だらけな奴なら話は別。
チロタンが爆発しようとした瞬間に一瞬意識が逸れたのと同じ。
フォルナが全身の魔力を漲らせて、攻撃のみに意識を集中させたおかげで、ゴッソリと魔力を抜き取ることができた。
「くっ、か、体が。離しなさい!」
身動き取れずにジタバタするフォルナをゆっくりと降ろしながら俺は歩み寄っていく。
俺に敵意を丸出しにするこの感覚は、出会ってから初めて見せられた表情でもあり、悲しくもある。
だが、その時、俺は見ちまった。
「ん?」
フォルナの髪に、お姫様には似つかわしくない安っぽいリボンが結ばれていた。
「……なんだ、随分とダセー『青いリボン』つけてんじゃねえか……十七だろ」
「なっ、お、大きなお世話ですわ! これはワタクシの宝物ですわ! これは、これは……これは……どこで……いえ、忘れましたが、とにかく幼い頃より苦楽を共に乗り越えたワタクシの宝物! 侮辱は許しませんわ!」
お前の中では、もう俺は居なかった存在になっている。
でも、なんでだろうな。
それでも、俺がお前と共に確かに居たという証拠が、ここにあったんだな。
かつて、俺が初めて自分で稼いだ金でお前にプレゼントした……
「ヴェルトーっ!」
「タイラーッ!」
背後から迫るタイラー。伝説の剣を振りかぶり、振り下ろす。
俺は振り向きざまに魔力を凝縮収縮、そして解放させた二本の警棒をクロスさせて受け止める。
「く、はははは、は」
「ぐっ、ぬぬぬ、ヴェルト……」
重い……だが、受けきれねえ重さじゃねえ!
「どうだ、タイラー……」
「ヴェルト……」
「今の俺は、勇者にも負けねえ。伝説の剣すら受け止められる……。二年前はできなかったが……今なら背負えるぜ……」
俺の言葉に、タイラーは目を見開いた。
そう、あの日、あの時、俺はあまりにも重すぎる世界の真実を背負いきれずに、タイラーを肯定も否定もできずに腐った。
でも、今は違う。
「タイラー……俺はもう逃げないぜ。たまに凹んだりしたとしても……寄り添ってくれる奴らや、殴ってくれる奴らも居るしな」
「やめろ……どうせなら……私をもっと憎め! 私をそんな目で見るんじゃない、ヴェルト!」
タイラーの剣が荒っぽくなり、強引に俺を弾く。
鋭さや落ち着きのない、まるでガキのように振り回す。
「パパ! 一体どうしたというんだ!」
「くそ、俺たちも……」
取り乱したタイラーは、俺でも心が痛む。
でも、あんたまで、もうそこまで壊れる必要もねえ。
「なんだよ、それは。偽り続けたことへの罪悪感か? 人類の運命との板挟みで、俺への罪悪感に押しつぶされそうになるも、どうにか堪えないといけないという想いの限界か? なんだろうな……そういう大人……最近見たばかりだよ」
「何のことだ、何を言っている、ヴェルト!」
その時、俺はタイラーの姿を見て、ある男を思い出していた。
「でも、罪悪感に押しつぶされ、壊れちまっても、それでもあいつは、これからは生きようと思ってくれた。……アウリーガはな」
「ッ!」
手に伝わる感触。
その名前を聞いたタイラーが思わず武器を落としそうになるほど、驚いているのがよく分かった。
「ヴェルト……お前……どうして、アウリーガのことを」
「あいつは、今でも生きている。まあ、俺たちが会いに行くまでは、死にたくても死にきれず、ただ腐っていただけだったが……それでもあいつは、もう死のうとうは思わない。生き続けると、俺たちに言ってくれた」
そう、アウリーガは、かつてママやタイラーたちが若かりし頃の世代だったと聞いている。
だから、タイラーもアウリーガのことを知っていたし、俺が知っていたことにも驚いている。
だが同時に、アウリーガが再び生きようとしているということにも驚いていた。
「私は、あいつがどんな過去を歩んだのか全く知らなかったが……それでも、あいつが何かの罪に心を押しつぶされたのは知っている……あの時のあいつが……」
「ああ。別にだからどうだってわけじゃねえ……ただ、俺はテメエに今更恨み言を言う気もねえ……だからよ、テメエはここまでのことをやらかしたんだ。せめて、堂々としろよ。罪悪感にまみれて、逆にテメエが俺をそんな情けねえ目で見てんじゃねえよ! あんま俺を見くびるんじゃねえ! タイラー!」
巨大な剣も、鎧も、槍も、全て膨大な集中力と魔力によって作り上げられたもの。
戦えば無敵と化すその武器だが、形態を維持するには大変な作業が必要となる。
「まさか砕かれるとはな……本当に強くなった……ヴェルト」
弱った心を突かれて、いつまでも保っていられるはずもなく、俺が警棒を振り抜いた直後には、タイラーの装備はバラバラに砕け散っていた。
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