第293話 ヤヴァイ

 問題なのは、乗り込むのか乗り込まないのか。

 仲間を待つというのも一つの手。バラバラになった仲間たちだが、俺がこうしてここまでたどり着いている以上、それほど時間差もなく、他の連中もたどり着くはずだ。

 底知れない魔王に加え、何故かユズリハがビビるほどの謎の集団。一体何者かは分からねえが、ここは慎重に行くべきか?

 ウラが寝取られるかもしれないが、慎重に? まあ、無理だ。

 その前に俺が取り戻すんだからな。


「おい、ユズリハ。ヤバイ奴ってのは、どういうヤバさだ?」


 ここで気になるのは、そのヤバい奴。しかし、ヤバイって言葉も、色々なヤバさがこの世にはある。

 キモくてヤバイ、変態すぎてヤバイ、強すぎてヤバイ、ギャンザすぎてヤバイ、ママンすぎてヤバイとか、何も強さだけを表した言葉じゃねえ。


「分からない。こっちに気づいたが……動きを見せない」


 分からない? まあ、分からないからこそ怖いというのも分からんでもないが、ユズリハはそういうものに恐れるタイプか?



『怯える必要はない。堂々と来るがよい』



 で、こいつもまた現れた。しかも丁度いいタイミングで。


「ネフェルティ、テメェ!」

「また現れたし。暇なん? 普通、結婚式前とか忙しいもんじゃね?」


 俺たちが次に何をどうしようかと考えた途端に現れる。まるで、俺たちを誘っているように。


「あいつ……こっちに気づいたのに、無視した。私たちを興味ないゴミのように……」


 俺にしがみついて怯えるユズリハは、段々と呼吸を落ち着かせていく。

 よく見ると、さっきまで城砦前に居た二つの軍は特に攻める様子も戦う様子も見せず、一部の連中が城の中へと入ったが、他の連中はその場でテントを張ってキャンプのようなものを始めている。

 ユズリハが誰に気づいたかは分からないが、どうやらそのヤバイ奴はこっちにはそれほど関心は持っていないようだな。

 味方じゃないんだろうが、敵でも無さそうだな。だからって、安心できるわけでもないが……


『さあ、来るがよい』


 その時だった。最初からそこに設置されていたのか、それともこいつが出現させたのか?

 地面が僅かに揺れたと思ったら、砂が地中に吸い込まれていき、よく見るとそこには地下へと続く階段が出現した。


『驚いたか? 地中に多くの通路を隠しているのでな。それを使えば、余の元まで直接来ることができるぞ?』


 ここまで、ナメくさるか? 

 嫁奪いに来た俺たちを足止めするかのようにバラバラにして、七つの大罪なんて奴らを宛がったかと思えば、気づけば俺を誘うように手招きしてくる。


「お前、何を企んでやがる?」


 ここに来るまでにも感じた疑問を含めて、俺はストレートに聞いてみた。

 

『企む? さてな。余はただ、ウラを幸せにしてやろうと思っているだけだが? 安心しろ。命までは取らん。ただの遊びだ』


 結局、答えは出さず、まるで「答えを知りたければさっさと来い」と言っているかのように、ネフェルティは言った。


「うは~、何かやだな~。なあ、ヴェルト~、あと一人ぐらい誰か来るのまたね? せめて、カー君とかさ」

「コクコクコク」


 実はツエーんだが、アルテアは苦笑いし、ビビリまくったユズリハは激しく同意している。

 まあ、気持ち分からんでもないが、しかし俺は逆に少し落ち着いていた。


「かなり甘い考えだが……殺されはしねーんじゃねえのか?」


 特に理由はないが、俺は何となくそう思った。


「は? なんでだよ、いきなり罠とかあったら、どーすんだよ!」

「いや、今更、罠とかもな~。なんつーかさ、ネフェルティがどんだけ強いか知らねーけど、もうちょいやろうと思えば俺らをどうにかできたんじゃねえの?」


 そう、休むまもなくアンデットを出し続けてりゃ、俺らを苦しめることぐらいはできたんじゃねえのか?

 あの七つの大罪だって七人いるんだったら、複数で来られたら、もっとまずかったはずだ。


「でもさ、それはただ単純にこの城にもっとスゲーのが居るからとかじゃね? ユズッちがビビッたみたいに!」

「うん。せめてゴミ兄が来るまで待つべきだ」


 確かに、ネフェルティの奥の手的なのがこの城にあるなら、アルテアの言うことも考えられる。

 ユズリハがビビるような奴が居るなら、誰かが来るのを待ったほうがいいかもしれない。

 ただ、このとき、俺にはどうしてもそうだと思えなかった。

 そう、この感覚は嫁を奪おうとする男を倒そうというよりも、むしろ俺を試しているかのような……



「ねえ、遅くない? ダラダラと何をしようとしているか分からないけど、動いたら? 気になって殺しちゃうよ?」


 

 全く気づかなかった。


「げっ!」

「ッ!」

「ひっ!」

 

 俺たち以外の何者かの声。

 ゾッとして思わずその場を飛び退くと、いつの間にか俺たち傍に一人の男が立っていた。


「せっかくほったらかしにしようと思ったのに動かないから? 来ちゃったけど? でも、その驚き方は失礼? ボクを的確に傷つけて、どうする気?」


 その男の瞳の形は、異質だった。

 暗闇に包まれた中に、うっすらと三日月の模様と光が入った瞳。


「へ~、見事にバラバラな種族だね? バラバラにしちゃう? その方が、後腐れなくていいでしょう?」


 こいつか? この淀んだ気だるげな笑みとは裏腹に、片目を覆い隠すような形の頭は、灼熱のように燃えている。

 全身はユラリとした白い外套で覆い隠し、何故か片腕だけ、黒いギプスのようなものを嵌めている。

 だが、何よりも特徴的なのは、その背中。

 エルジェラと対照的な、蝙蝠のような悪魔の翼。


「誰だ?」

「…………ん~?」


 思わず口をついて出た俺の問いかけに、男は爪を噛みながらゆっくりと俺に顔を向けた。

 ゆったりとしたその動作が、何故か一つ一つ敏感に俺たちは反応してしまう。


「あれ? なに? 誰だ? だって? タメ口? ボクに? なに? なになに? 殺しちゃうよ? でも聞かれたことには答えなくちゃダメだよね? ね? だから、言っちゃうよ?」


 なるほど。頭がヤバイほうだったか?

 俺がそう思ったとき、俺にしがみついたユズリハが小さく呟いた。


「こいつだ!」


 やっぱこいつか。


「なーに? チビちゃん。最期の言葉はそれでいいの?」


 ユズリハがガタガタと震えだした。

 そんなにか? 確かにツエーと思うし、異質な感じがするが、それほどか?


「ん? ああ、そうなの? ひょっとして、その子…………混血ドラゴン? 『ボクと同じ』かな?」 

「ッ!」

「まあ、喰らった血肉の数は…………ボクには遠く及ばないみたいだけどね」


 明らかに空気が変わった。

 ゾワっとした寒気。

 三日月のように鋭利な口元の笑みが向けられた。

 すると、そのときだった。



「こらこら、怖がらせてどうする、『ジャレンガ氏』」



 いつの間に? もう一人、そこに居た。


「ジャレンガ氏から殺気が漏れただけで非常事態だからね。思わず飛び出してしまったよ。やんちゃは構わないが、俺が居る限り、悲劇は起きないよ?」


 その男は、ジャレンガと呼ばれた男の右腕のギプスを掴み、非常に爽やかな笑みで、力強い言葉で、そこに存在するだけで眼で追ってしまいそうになる、キラキラした雰囲気を放っている。しかも、くせっ毛の無駄にイケメンだ。

 そして、他人から見ても分かるほど自信に満ち溢れた堂々とした佇まい。

 年齢も俺より年上だろうが、それほど離れているようにも見えねえ。二十代? 下手したら十代か? 

 だが、ジャレンガ同様に特徴的なのは、その背中。

 エルジェラと同じ天使の翼と、ジェレンガの悪魔の翼、左右異なる翼が背中にあった。

 身に纏うのは、黄金に輝く騎士の鎧。目が痛くなるほどド派手。


「わーお、危ないな~………」


 すると、ジャレンガと呼ばれた男は、もう俺たちに興味を無くしたかのように、血走った瞳で笑みを浮かべ、男に振り返った。



「無闇にボクに触れると、………後悔しちゃうかもよ? 『ルシフェル』さん? せっかく、『あの女』のおかげで封印が解けたのに、今度は永眠しちゃう?」


「ははは、いいねー、ジャレンガ氏。その身に納められぬ闘争心、嫌いじゃないよ。さすがは、魔族大陸最強混血種の王子といったところかい? だが、俺は構わないよ? 俺と戦うなら、その熱き血潮を抑えることは約束しよう」



 王子? は?

 爽やかなツラして、こいつらは何を言ってんだ?


「……こいつも……なんだ? この二人は」


 そして、何故か全身を大きく震え上がらせて、俺の後ろに隠れるユズリハ。

 どういうことだ? 俺がもう一度口を開こうとした、その時だった。


「やあ、初めまして。人間、ダークエルフ、獅子竜人族、実にバラエティに富だ来訪者だが、安心したまえ。俺たちは決して怪しいものではない」


 あれ?

 男に差し出された手に対して、俺は自然と握手をしていた。

 力強く握られた手は、どこか熱い情熱的なものを感じた。

 爽やかだ……

 そして、男は名乗る。



「俺はルシフェル。ネフェルティ氏が差し向けた俺の戦友、七つの大罪のベルフェゴールのアンデットを倒したみたいだね、見ていたよ」


「お、おお……」


「ジャレンガ氏がいじめようとしているが、心配要らない。俺が君たちに手出しはさせないから」



 爽やかだ……


「あ、ども、あ、ルシフェル……」

「なんだい? 友よ」

「……と、友?」

「おいおい、何を言うんだい。お互い握手を交わし、名まで呼んでくれた。君はもう俺の親友だ。それで、何だい?」


 爽やかだ……

 友情を押し付ける、クラスの中心人物に居そうなウザイ奴の典型。

 無駄に友達が多くて、女子にモテるタイプだね、こりゃ。

 だが、ただの爽やかくんじゃねえ。


「…………うう………うう……」


 怯えるユズリハを見りゃ、明らかだ。

 こいつは只者じゃねーな。この、何とかさんは……ん?


「なになに? ボクは無視系? ルシフェルさん、君も七つの連中同様に、葬っちゃうよ? 君の仲間の『あの女』……『クロニア』が父さんの友だからって、関係ないよ?」


 だが、血の気の多そうなのは、こっちの方か?

 ジャレンガという名の男は、ニタリと笑みを浮かべて俺たちを見下ろしている。

 すると、ルシフェルは力強い笑みを浮かべた。



「おお、すまないな。君たちも、覚えておくといい。彼の名前は『ジャレンガ・ヤヴァイ』。ヤヴァイ魔王国の第二王子。七大魔王と同等とも言われる、ヤヴァイ王国の王子将軍、『月光の四王子』の一人だ」



 王子? あのさ、何でおれはこんなに王族遭遇率が異常にたけーんだ?

 ん? ヤヴァイ?

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