第286話 痴話喧嘩

「パナイ痴話喧嘩」

「終わったら起こしてくれるかのう?」

「リヴァイアサンを倒した後に、何をしているのかしら、彼らは……ねえ、アルテアさん、私も家出したら彼も私を……」

「多分、何とも思わねーんじゃね?」


 ドッと疲れたかのような溜息を吐く仲間たちを尻目に、急に鼻息荒くしだしたウラが、人目もはばからずに叫んだ。


『私は誰とも結婚する気は無い! どいつもこいつも私を嫁扱いなど、無礼にもほどがあるぞ! 大体、貴様は私の何を知っている! 私のことを何も知りもしないくせに、人を勝手に自分のモノ扱いするな!』


 何も知りもしないくせにか。まあ、ウラからすればそうなのかもしれねえな。

 ウラは俺のことを覚えてねえ。魔法で記憶が消えているということは昨日教えてやっても、俺がそこまでウラにとって近しい存在かまでは分からねえからな。

 でも、それでも俺はウラを知っている。


「確かに、この二年……お前に何があったか、どういう気持ちで過ごしていたのか、どう心変わりしているかも分からねえ。でもな、それでも俺はお前を知ってる。だから、試してみたらどうだ?」

『なんだと? どういうことだ』

「お前に関することなら、何でも答えてやるよ」


 俺の提案に、マッキーたちは「ワクワク」と楽しそうにしている。


『はははは、これは面白いな。魔族の姫に求婚する人間も、魔王の嫁を奪おうとする人間も、歴史上初かもしれぬな。余も見届けてやる。ウラよ、あの人間の言葉を少し聞いてみたらどうだ?』


 うわ、どこからそんな余裕が出てくるんだ、ネフェルティ。

 だが、俺の提案というより勝負を申し込まれたウラは「上等だ」と鼻で笑った。


『いいだろう。ルンバ、決して助言するなよな! 私を、亡国の姫としか認識していない人間なんかに、私のことが分かってたまるか!』

「ウラ姫様、あの、どうか落ち着いて欲しいであります!」

『では、言ってみろ! まずは、一つ目だ!』


 大丈夫。俺なら答えられるはずだ。俺がウラのことを理解し切れているならな。



『私の一番好きな食べ物を答えろ』


「とんこつラーメン、こってり!」


『……わ……私の将来の夢は!』


「とんこつラーメン屋二号店の経営!」


『むぬっ! ……なん、だと? ッ……い、いや! その程度、私の動向を少し調べれば分かること! その程度で私を理解した気になるなど、片腹痛いぞ!』



 例え俺の記憶や想いを失っても、それに纏わって得た想いまでは消えねえ。

 まあ、ウラが何でとんこつラーメン屋二号店を将来やりたいと思うようになったのかは、ウラ自身も分からねえだろうけどな。


「じゃぁ、お前の得意技は………」

『ふん、くだらん。私の得意技? そんなもの、一度でも私の戦いを見たことがあれば、誰だって分かる!』

「くっ、そ、れなら……」

『いい加減にしろ、見苦しい! その程度で、私の家族になろうなどと思うな! お前のような軽薄でいい加減な男など、私は眼中にないと知れ!』


 この程度じゃダメか?

 二人だけの思い出は忘れてるだろうし、パッと思いつくのは………………



「……こ、子供の頃のお気に入りは水玉パンツ! 初めてのヒモパンデビューは、十三歳の頃! 当時、勝負パンツとして一部穴あきのものの購入を店の前で真剣に二時間悩んだものの、いざ購入しようとしたら店長に年齢制限があると断られた!」


『……な、にゃ……』


「初めてのオナ―――――――――」


『うきゃあああああああああああああああああ!』


「―――――――風呂場」



 真っ赤なお顔のお姫様が大絶叫した。


「……つまり、俺は何でも知ってると言いたかった……」

『………………………………キサマ………………………………』


 ウラが、無言のまま項垂れていると、ウラの背後が急に「ゴゴゴゴゴ」と効果音が聞こえてきた。


「姫様……おいたわしいであります」

「ひはははははははは、このネタ、パナイ使えるね。風呂場か……まあ、ヴェルト君が知った経緯は置いておいて……」

「ぎゃははははははは、いえーい、ウラウラ、いえーい!」

「よく……ヴェルト君、手を出さなかったわね………ある意味で、そんな光景を目の当たりにしても、耐え切ったということかしら……」

「お兄ちゃん、デリカシーというものを………」

「おい、ゴミ、初めてのなんだ? オナってなんだ?」

「マッマ、ウラちゃんどうしたの?」

「さあ、初めての……一体何があったのでしょうか?」


 やめて、そこを掘り下げてあげないで。

 かなりダメージを食らったのか、ウラはブツブツと言いながら、下を向いたままだった。


『ふははははははははははは、中々、愉快な人間ではないか』

『笑うな、ネフェルティ!』

『いや、ウラよこの男、確かにお前のことは知っていそうだぞ? 未だに初恋がまだだというお前が、幼少からそのようにマセていたとは初めて知った』

『ち、ちが、いや、そのあの時は、何でか分からないが、その、なんだ? く、とにかく黙れ!』


 そんな時、ウケたのか、ネフェルティも笑っていた。

 だが、それでも愉快そうに笑いながらも、急に声のトーンが下がった。


『しかし、それでもウラの望みを叶えることはできぬであろうな』

「あ? ウラの望みだと?」

『そして、余は叶えることができる。それだけだ』


 ルンバが言っていた。こいつの嫁になるのなら、ウラの望みを叶えると。

 そして、この国がどういう国なのかを知ったとき、俺が真っ先に思いついたことがある。



「おい、ウラ。その望みだが……先生や、カミさん、……ハナビでは満足できなかったのか? お前の寂しさを埋めるのに」


『ッ……な……ぜ……』



 やっぱ、そういうことか。ウラが激しく動揺しているのを見れば、一目瞭然だ。

 ネクロなんとか様が、ウラの望みを叶えるだと?



「血の繋がりがなくたって、本物だ。向こうはそう思ってるはずだぜ? 例え、お前が俺のことを覚えていなくても、それでもお前には本当の家族がちゃんと居るのに、バカなことを考えてんじゃねえよ!」



 だから、俺や先生たちや、親友を悲しませるようなことを願うんじゃねえよ。俺はそう言い放った。

 だが、その言葉を受けながらも、ウラは唇をかみ締めた。



『……分かって……いるさ……だが、だが! それでも……それでもたまに思ってしまう……メルマさんたちは、本来であれば、他人でもあり異種族でもある私なんかと関わらなければ……三人家族で……幸せで』


「だから言ってんだろうが! つか、お前が居てこそ幸せとか考えねーのかよ! ハナビだって、お前の本当の妹だろうが!」


『私だけ違うんだ! それでも、私だけ、違うんだ! 私だけ………』



 かつて、ウラはそんなことを悩んだりしなかった。

 それは簡単だ。同じように居候扱いだった俺も一緒に住んでいたからだ。

 俺が居たから、ウラはそんなバカなことを考えなかった。

 だが、俺を忘れたウラは違う。あの家族の中では一人だけ他人で異種族だというのが重くのしかかってるんだろう。



『エルジェラを……コスモスを見て……思い出した………私にだって……家族は居たんだ……血の繋がりのあった……かけがえのない……』



 ウラと一緒に暮らすようになって、ウラは家族を失ったことで悲しみで泣くことはあまりなかった。

 こいつが寂しいと思う暇も無いぐらい、俺たちは一緒だったから。

 でも、その記憶を無くしたこいつは違う。



『ふっ、そういうことだ、人間よ』



 その時、ウラの前を遮るように立ち、ネフェルティが言った。



『言葉で考えを改めさせようというのは、それは単純にウラの望みをお前は叶えてやれないということだ。だが、余にはできる。倫理や道徳や常識など、何の足しにもならぬ。そういった枠組みを超えた願いを、余は叶えてやることができる。ウラには必要なのだよ……例え、『物言わぬ屍』と言えどもな』



 言葉じゃ無理? なら、やることは決まってる。 



「ふざけるんじゃねえよ。そんなクソみたいなこと、『あいつ』が哀れすぎる」



 させるわけがねえ。『死んだあいつを人形のように』なんて……


「国際的な問題を無視させてもらうと、私もそれだけは認められないわ」

「ロックではない」

「成仏した者の器を辱めるマネは許さぬ」

「ひははははは、趣味が悪いね」


 俺だけじゃない。

 ここまでの会話の流れから、ウラの望みを感じ取った奴らは、みんな前で出て、ネフェルティを睨み返した。

 そんなことはさせねえと、皆が一致した。

 すると……



『フハハハハハハ、なら、海を越え、墓場を越え、我が墓城までたどり着いてみよ!』



 その瞬間、半漁人たちが一斉に銛を俺たちに向けて投げてきた!


『我が国のアンデットたちよ! 国家警戒レベルを上げる。愚か者どもを始末せよ!』

『ま、待て、ネフェルティ! お前たちも、やめろ! 頼むから、私に構わないでくれ!』


 開戦か。上等だ。


「姫様、心を強く持つであります! あの方たちも、それを望んでいるであります!」

「むっ、ヴェルト君! 上を見るゾウ! 空からも来ているゾウ!」

「あれは……骨やけど……ドラゴンやないか! 結構おるで!」

「スカルドラゴンか……手ごわいね」

「ふっ、Are you ready!」


 海からだけじゃなく、ネフェルティの合図と共に、いたるところからアンデットの怪物たちが現れる。

 この全部を片付けてたどり着けってことか? やってやるよ!

 俺たちの気持ちがヒートアップし、俺たちは拳を強く握り締めて、駆け抜けた。



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