第275話 そこには行かない

「ぼ、ぼ、ボルバルディエ! それって、あのトンネルの!」

「うそ………あ、あの国の先祖に、地底族が居たっていうの?」

「それは、小生も知らなかったゾウ」

「しかし、ボルバルディエ、確かSeven years agoに………」

「うむ、そうじゃ。滅んでおる」


 まさか、ここでその名前を聞くとは思わなかったな。

 紋章眼を持ったお姫様ってのが、よりにもよって、あのボルバルディエのとはな。


「アルーシャ、ウラ、お前ら知らなかったのかよ」

「ボルバルディエが滅んだのは小さい頃だし、それにあの国はかなり特殊だったから、それほど親交がなかったし。でも、『クロニア姫』……名前だけは聞いたことがあるような……家出したとは知らなかったけど………」

「まさかあの国に……父上はそれを知っていたのか? それとも、偶然か?」


 アルーシャなら帝国の姫としての絡み、そしてウラはそのボルバルディエを滅ぼした張本人だし、二人が知らなかったとは意外だ。

 だが、それはそれでアウリーガも驚いていた。


「なに? ボルバルディエ国が滅んだ? それは、本当ですか?」

「ああ。七年ぐらい前にな。ヴェスパーダ魔王国に襲撃されてな。まあ、そのヴェスパーダもすぐに滅んだけどな」

「そ、それは……むう……この十年でそこまで世界に変化が……」


 確かにアウリーガからすれば、二年間牢獄に居た俺よりも浦島太郎状態だろうな。

 七大魔王も十勇者も四獅天亜人も、どんどん時代が変わってきているからな。


「で、そのクロニアって姫? どういう子だったん? あと、持っていた紋章眼って、やっぱり『聖命』の眼だったん?」

「あっ、そーだよな。つか、マッキー。紋章眼って種類が三つあるみたいだけど、どう違うんだ?」

「ああ、それね。まあ、ザックリ言うと、『真理の紋章眼』、『創造の紋章眼』、そして、『聖命の紋章眼』の三つだね」


 うお~~、中二だ~~~



「兄さんが持っている『真理の紋章眼』は、その瞳で見たあらゆる物の分析解析を一瞬で行うの。戦闘で使えば、その目で見た魔法や能力を一瞬で分析し、そしてそれを自分で使うこともできるわ。他にも魔道書を一回読み上げるだけで、魔法を覚えられるとか、珍しい道具や武器でも、見ただけで用途や効果を理解するなどね。ゆえに、兄さんが使えない魔法や武具はこの世には存在しないの。ただし、あまりにも脳に負担がかかりすぎるため、長時間発動できないという難点もあるけどね」


「コスモスちゃんの『創造の紋章眼』は、俺も話で聞いたとおり。自分の頭で描いたものを現実化する。想像を創造する。さっきみたいに、ゴミ溜めのゴミを素材にして一瞬でダンガムを創り出したようにね。パナイよね~。ただ、リスクがどうなのかは分からないね。今のところ、特に変化はなさそうだけどさ」



 確かにそうだ。そしてロアの背負うリスクを知った瞬間、俺はコスモスが途端に心配になった。

 今のところ体も問題なさそうだし、何かあるわけでもなさそうだが、そういうリスクが分からない以上、今後は滅多に使わせるわけにはいかねえ。

 エルジェラに抱っこされながら無邪気に笑うコスモスを見て、俺はそう心に決めた。

 そして………


「それでよ、その最後の眼ってのはどういう奴なんだ?」


 真理と創造。そして最後の聖命。その内容は、アウリーガの口から語られた。



「クロニア姫の『聖命の紋章眼』。それは、物質に人格……つまり、物質に命を吹き込むことができる。剣でも、食器でも、家にも、物言わず動かぬ物に、クロニア姫は命を与えて、自分の意思を持たせることができた」



 ここに来て、なんともとんでもない能力だ。


「そんなこと、可能なの?」

「俺も話では聞いたことはあるけど、本当なんだ? まあ、パナイぐらいファンタジーな世界だから、喋る武器とか食器とか、そういうのあってもおかしくないとは思ってたけどさ」

「小生は初めて聞いたゾウ。まさか、三つ目の紋章眼にそのような能力が……」

「ふむふむ、ファンタスティックだな」

「まあ、だからファンタジーなのじゃのう」

「しかし、もしそれが本当だとしたら、戦闘に使われたら厄介だな。剣や大砲が、自分たちの意思で動いて攻撃するのだとしたら、兵だけを倒せばいいわけではないからな。私や父上がボルバルディエと戦った時に、そんなものがあれば結果は変わっていたかもしれんな」


 確かにな。というよりも、そのクロニアという女とコスモスが手を組んだらと思うとゾッとする。

 たとえば、コスモスが能力をもっと上手に使えるようになったら、それこそ精巧なダンガムなんかに命を吹き込んだら………

 ん?



「……物質に……命を吹き込む?」



 その時、俺はウラと顔を見合わせていた。

 まさか……

 そう思ったとき、突如その空気を壊すような声が上がった。


「ウラ姫様、出航の準備が出来たであります」

「天空族も引き上げる準備ができたようなり」

「我々もいつまでもここに居ても仕方ないでしょうが。任務は失敗でしょうが、サミットもありますし、一度、戻ったほうが良いでしょうが」


 ウラの仲間のロイヤルガードたち始め、天空族たちも支度を整えたのか、次々と顔を出してきた。


「んじゃ、俺らも帰るよ。あの魔王と戦いに来たつもりだったけど、もうこれ以上は無理だろ? つーわけで、婿殿! エルジェラとコスモスのことはしっかり頼むからよ」

「ウラ姫。我らは一度本国に帰ることにする、避難させたスモーキーアイランドの住人たちをどうするかは、そちらで決めて欲しい」


 天空族のレンザとロアーラも、部下を引き連れてこの場は引き下がるようだ。

 まあ、こいつらはチロタンを始末するために来たんだろうが、肝心のチロタンはすっかり俺らにフェードインしたような感じだし、それを相手にするのは無理だという判断のようだ。

 ってか、チロタン、まさかラガイアと一緒で、俺たちの仲間にサラッと入る気か?


「そ、そうだな………確かに、事後処理が色々とあるが、ここから先は我々でやった方がよさそうだからな………」


 言われてウラも状況的に同意のようで、特に異存はないようだ。

 まあ、俺たちも全員一網打尽とか言われてここから戦うのは嫌だからな。たとえ、結果が分かっていたとしても。

 少しホッとした。

 だが、俺たちの中で、一人だけ何か失態したかのような顔で固まっている奴がいた。


「………………あ………………し、しまったわ………」


 アルーシャだった。


「ん? どーしたんだよ」

「アルーシャちゃん?」


 俺たちが顔を覗き込むと、次の瞬間、アルーシャは頭を抱えて叫んだ。



「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ、わ、わ、忘れていたわ!!」



 アルーシャの絶叫が響いた。

 

「ウ、ウラ姫! さ、サミットって、い、い、い、いつだったかしら?」


 急にどうした? なんか顔面蒼白状態。ウラも驚いているが、急に事情が分かったのか、ハッとしたような顔になった。


「今から三日後だ。と言うより、そうだ。あなたはこんな所で何をしているのだ! 帝国の姫であり、しかも光の十勇者であるあなたは出席が義務付けられているはずだ!」


 あ、ああ、そういうことか。

 つか、そうだよな。

 こいつはそういう世界でも超VIP的な存在なんだし、出席するに決まってるか。


「あ~~、もう、色ボケしていてすっかり忘れていたわ。そうよ、地下カジノの鎮圧が終われば、そのまま神族大陸に行って兄さんたちと合流する予定だったのに………って、そもそも私は今、行方不明とかになっているわけで、………どうしよう………何だかみんな大騒ぎしているような………」


 ここで俺たちは全員同じ思いだった。「今さらかよ」と。

 つか………


「え、つか、アルーシャちゃん、まさか、それに出席するつもりなの? え、それはパナイまずいんじゃない?」

「え、ええ。勿論、今の私の立ち位置として出るのはまずいわ。………う~、でも~、どうしよ、………事前の段取りをみんなとすごい頑張って調整していたから………あ~、なんか悪いことしちゃったかしら………」


 何だか真剣に悩みだしたアルーシャ。

 まあ、ノリで俺たちの仲間として行動しだしたものの、だからと言って自分がこれまで積み上げてきたものをそう簡単に捨てられるかと言ったら、こいつの場合はクソ真面目だから、そう簡単じゃないのかもな。


「じゃあ、俺たちの仲間から抜け―――――」

「それは絶対にありえないから黙りなさい、ヴェルト君。次に変なこと言ったら、氷漬けになると思い知りなさい」

「――――る……お、おお」


 どうやら、俺たちの仲間から抜けるという選択肢はないようだ。

 すると、その時だった。


「ああああ! し、しまった!」


 今度はバルナンドも声を上げた。


「わ、ワシも頼まれて、会場の警備を指揮する予定だったんじゃ! 現地集合にしておったが……うむ~」


 おいおい、お前もかよ。


「OH~、ミスター・バルナンドもだったか」

「いや、ワシだけじゃないぞ。亜人側を調整していたラブ・アンド・ピースのユーバメンシュも出席する予定じゃから、アルテアさんをついでに送り届ける予定だったんじゃ」

「ユーバメンシュ! なぜ、ユーバメンシュとアルテアが関係するゾウ?」

「ああ、カー君は知らねーのか。アルテアちゃんの育ての親って、ユーバメンシュなんだよ。パナイ驚きだよね?」

「ッ! な、なんと! そ、そういえばずいぶん昔に、ユーバメンシュが、自分で滅ぼしたダークエルフの国の姫を拾って育てていると聞いたことはあったが………あ、あんなゴッチャりした娘になってしまったのか?」


 となるとだ。正直俺たち側にも、アルーシャ、バルナンド、そしてアルテアの三人は、そのサミットに関係しているわけか。

 まあ、こんだけのメンツがいりゃ、そんな奴が居てもおかしくないといえば、おかしくないわけだが。


「ただ、ミーたちが行くわけにも行かないからな。ジーゴク魔王国が来ているなら尚更だ」

「俺もパナイ危ないっしょ」

「俺もだな。エルファーシア王国は参加しねーみたいだけど、多分、タイラーは来てるんだろ?」


 今更、タイラーと会っても口論になって、力づくで取り押さえにくるに決まってる。

 どうせ、お互いの意見が重ならないのなら、もう無理に会いたくもないからな。


「おお、なんの話ししとんのや兄ちゃん達」

「例の、サミットとかいうのっしょ? バルじい、それだよそれ。あたし、ママンと会う約束してんだよ。どーすんの? ママンの約束ブッチしたら、マジ激こわじゃん!」

「まあ! まあ! 例の会議のことですね? 今回、天空族は参加しないことになっていましたが、みなさんそちらへ向かわれるのですか?」

「お兄ちゃん……その……マーカイ魔王国も参加しているなら、僕は行きたくないんだけど……」

「けっ、俺様にはお誘いの話はなかったぞ?」

「騒音ゴミ。お前は死んだことになっていたからだろ?」

「パッパ、マッマ、どこいくの~?」


 つか、このメンツ連れて行けるわけねーだろうが。

 うん、行かない。これは決定事項だ。うん。

 行ったら、テロだと思われる。

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