第204話 バカみたいな時間

 いや、おっぴろげにも程があるだろうが!

 つか、フォルナが怖いから、マジで今はその話題はやめてくれ。

 備山自身もその気持ちだ。


「いやいや、あのさ~、ママン。なんで、あたしがこいつとヤルことになってんの?」

「その通りだ。俺だって願い下げだね、こんなガングロビッチ」

「は? だからビッチゆーなっつうの。リモコンだかヤリコンだかしんねーけど、あたしもヤだね」

「あ~ん? テメ、そんなに俺に何度も何度もドーテーだって、言わせてえのか?」

「はん、あんたがチェリーだって? 随分と薄汚れたのもあったもんだっつーの。まあ、私は新品のドピンクだけどな」

「何がドピンクだよ。黒く染まった股のユルそうなツラしやがって」

「ユルくねーし! 使ったことねーけど……つか、ゼッテーユルくねえし! つか、そんな疑うなら試してみっか?」

「おー、ジョートーだよ、テメエの化けの皮を剥いで―――――ごぶほっ!」


 と次の瞬間、何故か俺は宙を舞っていた。


「試すとはどういうことですの!」


 いや、じょーだんだよ……

 備山はこれでピュアビッチだから、本気じゃねえし……


「ヴェルト~~~、やはりあなたは封印しますわ! リーダーだか何だか知りませんけど、これは早急に封印する必要がありますわ! というより、ユーバメンシュ! なぜ、あなたの娘というこのダークエルフの方までヴェルトの伴侶にしようとしてますの!」

「あら~ん、結構お似合いだと思うわよん。息もピッタリだし」

「そういう問題ではありませんわ! というよりも、誰も彼も、どうしてヴェルトに複数の女性をまとわりつかせようとしますの? そんな不遜なマネは許しませんわ!」


 全身の痺れからまだ起き上がれない中で、フォルナがまくしたてる。

 なんか、ロアが苦笑して、タイラーは困ったように頭を抱えているが、まあ、なんだ? 俺も備山とヤレって言われてもな~……


「タイラー将軍。そしてユーバメンシュ。私も反対ね。政治や世界の情勢を抜きにして、一人の女性としてね」


 その時、フォルナを後押しするように、意外な援軍が口を出した。


「あら~ん? アルーシャちゃんはどうしてん?」


 綾瀬だ。


「亜人がどういう感覚かは分からないけど、いくら王族候補とはいえ、むやみやたらに結婚させればいいという流れが気に食わないわ。別に三種族の友好を深めるだけなら他にもやりようがあるはずよ? 心の無い結婚なんて、それこそハリボテの友好よ。これまで辛く過酷な戦争を歩んできたフォルナの幸せを汚すようなマネは、フォルナの戦友として看過できないわ」


 なんか、随分と感情がこもってるが、綾瀬はフォルナのことをかなり考えてるみたいだな。

 思わず「へ~」と唸ってしまった。


「備山さん」

「ん? あ、ああ」

「あなたも、『もう』彼のことを好きとか、結婚したいとかそういう気持ちではないでしょう?」

「えっと、あ、あ~、まあ、そう言われると、まあ……」

「だそうよ? あなたの娘が望まぬ結婚を強制するのは、親としてどうかしらね?」


 ……というより、なんか、フォルナのためというより俺と備山の結婚をガチで止めようとしてる?

 いや、それはありがたいけど、一気にまくしたてて、かなり怒っているように見えるのは気のせいか?

 だが、そう言われてママンは少し困った顔を見せた。


「う~ん、そう言われるとつらいわね~ん。私としてはヴェルちゃんが私の子供になったら、すごい楽しそうって思ったけどね~ん。それに、人間、魔族、天空族のお嫁ちゃんがいるヴェルちゃんには、やっぱり亜人のお嫁ちゃんは必須だと思うんだけどね~ん」


 おお、なんか、ママンのトーンが少し弱まっている? まあ、綾瀬の思惑は置いておいて、これは悪くないんじゃねえのか?

 綾瀬の言うとおり、俺もフォルナとウラならまあ、心のどこかで、いずれはそうなっても……という気持ちはある。

 だが、こんなバランスを取るための結婚とか言われても、全然気が乗らねえからな。



「ふむ、ヴェルト・ジーハの女性関係で思い出したが…………」



 その時、予想もしていなかった奴から声が上がった。 

 それは、サラッとこの場に居る、シンセン組のトウシだ。



「ヴェルト・ジーハ、お前は『ユズリハ姫』との祝言はどうなるのだ?」



…………………………………?



「………………誰?」



 いや、マジで、誰?

 フォルナ、マジで知らないから睨むな。

 んで、トウシは何を意外そうなツラしてんの?

 いかにも生真面目な朴念仁みてーなツラのあんたに、そんな冗談は似合わねえよ?


「なに? どういうことだ? ソルシよ……たしか局長の話では……」

「あ、トウシ副長! あれは、局長が勝手に言ってるだけで、まだ確定ではないんですよ」

「ほう、そうだったのか。てっきり、自分は既に決まっている話だと………」


 だから、何がだよ!


「あらん、そうなの? あの、ユズリハちゃんが~ん? ヴェルちゃんったら、なんて果報者なのかしらん!」

「なんと! あのユズリハ姫でござるか? あのユズリハ姫が殿と………」


 だから、ママン! ムサシ! 誰なんだよ、そいつは!


「ユズリハ姫は、局長のご息女でござる!」


 …………!?


「ヴェルト・ジーハ。ユズリハ姫は、局長が庇護している亜人大陸の小国、『クライ国』の姫。かつて、局長が紛争の鎮圧に派遣された際に、当時の姫と親密な関係になって生まれたのが、ユズリハ姫だ」

「そうなんですよ。それで、局長が『おもしろそーだから』の一言で、今そういう話が出てきてたんですよ。あっ、これ、まだ内緒ですよ?」


 なに? 俺、一回も婚活してねーよな?

 なんで、余計なお世話な嫁探しを周りがしてるわけ? 


「ふ、ふっざけんじゃねえ! なんで俺があの絶倫ジジイの娘といきなりそんな話になってんだよ!」

「あはは、そうかな? シロムで君たちと会った時、局長は言ってなかった?」

「言ってな……いや、……」


 そ、そう言えば……


――ヴェルトよ、武運を祈るぞ。今度会った時も変わっとらんかったら、褒美でワシの娘を嫁にくれてやる


 確かにそんな話をしていたような……

 頭痛くなってきた。頼むからマジでどいつもこいつも俺の人生狂わせんなよな。

 見ろ、フォルナがもはや白目じゃねえかよ!


「ほ~らん、あんたもウカウカしてると、取り返しのつかないことになっちゃうわよん?」

「はあ? だから、ママン、あたしはマジでいいって……」

「いつも言ってたでしょん。運は手で掴めって。あなたたちの輪廻転生の話は良く分からないけどん、前世で好きだった男の子に再会できたなんて、運命以外の何物でもないじゃないん」

「ん~、まあ、そう言われるとそうだけどさ~」

「それが、横から掻っ攫われるなんて展開どうん? おもしろくないでしょ~」


 そこで密談してんじゃねえ!


「やめろ、ママン! 何を煽って……つうか、備山も真剣に考えてんじゃねえよ!」


 だが、備山自身、好きとか嫌いとかいうより「それはそれで面白くない」という感情が過ったのか。


「ん~、じゃ、いいや。そんじゃ、仮予約って感じでするよ。そんかわし、その間にあたしが他のイイ奴見つけたらそっち行くけどさ」

「レストラン予約すんのと訳がちげーぞ、コラア! フォルナを見ろ! 泡吹いたじゃねえかよ!」

「いや、まあ、あたしもさ、そこまではって思ったけどさ……な~んか、前世であんだけ落そうと思ってた奴がさ、アッサリ他の女と次々結婚とか、なんか面白くねーしさ」

「そういう考え方だからビッチなんだよテメエは!」

「ビッチじゃねえよ、ガチでそうなるまでは、あんたとは寝ないからさ。まあ、それは、ほら、本当の旦那さんになると確定しねえとやっぱあれだし………」


 ダメだ、こいつら。もうヤダ………


「まあ、愚妹が正妻なら、俺はどうでもいいが」

「ははは、ですね、王子。私も聖騎士とはいえ、そこはエルファーシア王国の将軍として譲りませんね」

「私は立場上……あまり言えないが……私の嫁入り確定であるなら……今は……」

「えっと、あの方もこの方もその方も殿の奥方様で、えっと拙者は、あの、あれ?」

「家族が多くてとても楽しそうです。地上世界の愛の繋がりって、とても素晴らしいですね。コスモスもそう思うでしょう?」

「ば~ぷ~」

「いえーい、おとーとくん、ハーレム~!」

「兄さん、男の極みッす!」


 フォルナが失神した以上、この場で反対してんのは俺だけか?

 ウラですら、「まあ、私の嫁入りが確実であれば……」と、なんだか妥協に入ってやがる。

 俺は今、詰みかけてるのか?

 いや、俺にはまだ最後の味方が残っていた。



「いい加減にしなさい! 備山さんも、仮予約ですって? そんなの許されるわけがないでしょう! フォルナや結婚という文化を侮辱するにもほどがあるわ」


 

 それは、唯一フォルナのためにと怒っている綾瀬だった。


「さっきから聞かせてもらったけど、あなたたちの言ってることは、世界のためでもなく、ただの勝手な決め付けでしょう? それは、決して本物なんかではないわ。本物でもないものに、人は集わない。言葉にだって信をおけない。仮に彼を矢面に立たせて三種族の壁を壊すというのであれば、そこに本物の絆がないようであれば全てが意味を成さないことになぜ気付かないのかしら? 彼は魔族や亜人とも本物の仲間という絆で結ばれているわ。その状況下でうらやまし……コホン……形だけの本物の想いのない安っぽい結婚は、彼らの価値を下げるだけにしかならないわ」


 綾瀬の熱弁は、誰にも文句を言わせないような雰囲気が漂っていた。

 だが、それが正論かどうかは別にして、とりあえず思ったことがある。

 多分、この場に居たほとんどの奴が思っただろう。



(((((なんでアルーシャ姫は、ここまでムキになっているんだ?)))))



 ………って、思ってんだろうな。

 ん~、まあ、こいつとしても色々と複雑なとこもあんだろうな。

 一応、ほら、前世でこいつは俺に対して色々あったわけだから……


「でもま、俺も、そんなとこだな」

「朝倉君………」

 

 俺もどうせなら本物の方がいい。偽物や形だけはイヤだって気持ちがある。

 だからこそ、綾瀬の意見に賛成だと、俺は立ちあがって綾瀬の隣に立った。

 すると………



「ヴゥエルゥトオォォォーーーーーーッ!」


 

 その時、泡吹いて失神してた俺の正妻が意識を取り戻し、目覚めと同時に俺に右ストレートを食らわした。


「ほぐうおおおお!」

「もう、もう、もう! なんなんですのーーーーー!」

「待てフォル……ぬおおおお!」


 軽々とぶっとばされて俺は隣に居た綾瀬に…………


「ちょっ、フォル、きゃ、きゃああ! ……………ちゅ…………ッ!!!!!」

「―――――――――――――――――!!!!!」


 事故って、とらぶるった。

 あまりにも変な音が聞こえて、恐る恐る目を開けたら俺は覆いかぶさるような形で綾瀬に倒れて込んでいた。



「ヴェルト………………アルーシャ………ああああああああああああっ!!!!」


「「「「「ちょっ、おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」



 封雷世界で俺は身動き一つ取れず、離れることもできない。

 綾瀬も完全に硬直して、顔を真っ赤にして目をパチクリさせたまま、俺たちは数秒間そのままだった。


 どうしよう……


 なんかもう、前世で好きだった女と再会する前にとんでもないことになってしまった。


 

 ただ、そんな悩みとは別に、これが……




 この場に居る全員がそろってバカみたいなことができる……





 最後の夜になった。

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