第203話 改めての話
「ヴェルト……ワタクシはそれでもあなたを愛してますわ」
いや、そんな「お前を殺して自分も死ぬ」みてーな言い方やめてくれ。
冗談だよな? 冗談だよね? 俺、体まったく動かねーから、よけられないんだけど。
「あはははは、とても仲良しですね、お二人共」
そんな時、随分とのんきな声が聞こえた。
この状況でどう見ればそう思える? と思って、振り向いたそこには、一人の優男が立っていた。
だが、それがあまりにも意外な人物で、夜叉フォルナが慌てて人間に戻った。
「こ、これは、ロア様。お、お見苦しいところを」
「いいえ。むしろ、ここまで感情を全面に出すフォルナ姫を見ることができて楽しかったです」
その男は勇者ロア。俺たちのやり取りを微笑ましいように柔らかい笑みで見ていた。
そして、その男は仰向けに倒れる俺にまで、微笑みかけた。
「ゆっくり。自己紹介できていませんでしたね」
「あ、あ~………だな。つか、あんた勇者だったのか」
戦争前の川での出来事を思い出す。
相手の強さや戦争への重圧に押しつぶされそうになり、川で一人いじけてたこいつと会った。
そんときは、ただの新兵だと思ってたけど、まさかガキの頃から有名だった勇者とは思いもしなかった。
「ふふ、僕はあなたの正体はすぐに気づきましたけどね。帝国を救った英雄。フォルナ姫の生涯の伴侶ですから」
「その二つは組み合わせかよ……あ~、良かったな、フォルナ。どうやら世界は俺とお前の組み合わせを認めてるみたいだぞ?」
「その言い方は何ですの! というよりも、何でロア様とヴェルトが知人のような接し方をされますの?」
俺たちのやり取りに驚いたのは、フォルナだけではない。
「兄さん。朝倉くん、いつの間に……」
「ああ、そういえば、彼、アルーシャの友人だという噂は聞いたけど、そうだったのかい?」
「え、ええ、まあ、色々あって……」
そういや、こいつの兄貴だったんだな。
何だか色々と複雑っていうか、奇妙な縁が色々と繋がってるもんだな。
もっとも………
「ッ…………」
「あっ………」
いい繋がりだけとは限らねえけどな。
「五年ぶりですね、ウラ姫」
「……真勇者ロア……」
ウラが複雑な表情を浮かべて唇をかみしめている。
そうだった。
ギャンザのことばかりに気を取られて、すっかり忘れていた。
かつて、魔王シャークリュウは勇者ロアと一騎打ちをして打倒された。
それはつまり、こいつがウラの父親を倒した張本人でもあり、俺からすれば、鮫島に引導を渡した男でもあるわけだ。
因縁の再会ってことか………
「いこう、ヴェルト」
だが、ウラは、小さく勇者に会釈しただけで、俺の手を取ってすぐにその場を離れようとした。
「お、おい、ウラ!」
「いいんだ」
一言だけ言って、仰向け状態の俺を引きずって……いや、背中イテーよ!
だが、ウラは決して振り返らなかった。
「…………ウラ姫……」
「っ…………」
その時、立ち去ろうとしたウラを、ロアが呼び止めた。
さすがに、フォルナと綾瀬の表情にも戸惑いが見られる。
だが、ウラがアッサリと立ち去ろうとしたのに対して、ロアは……
「ヴェルトさんと一緒に、あなたもマーカイ魔王国の帝国襲撃の際に、国を守ってくださったと聞きました」
ロアが口にした意外な言葉。それは予想もしなかった感謝の言葉。
「帝国を守ってくださり、ありがとうございました」
過去のわだかまりは水に流せないだろう。
ギャンザの件、鮫島の件、そしてこいつのおふくろの件や国の件。
だが、それでも言わなくちゃいけない言葉があった。伝えなければいけない気持ちがあった。
勇者は、正にその言葉と気持ちをウラに伝えていた。
「…………父上は……あなたとの戦いを誇りに思っていた」
振り返らないが、俺の手を握るウラの手は震えている。
微かに涙が頬を伝っているのが見える。
「戦争なんだ。そう言ってしまえばそれまでだ。とは言っても、私も、ギャンザの件などはそう簡単にそれだけで済ますことはできないのも事実………」
だが、それでもだ。それでもとウラは顔を上にあげた。
「それでも私は今、幸せだ……ヴェルトが居て……エルファーシア王国で過ごして、みんなが受け入れてくれて、家族と出会えて、そして……また、みんなと出会えたのだから。だから、私に礼を言うのは間違っている。礼を言うならヴェルトに言え。もしヴェルトが帝国の敵であったなら、私はヴェルトと一緒に帝国を滅ぼしていた」
涙が入り混じりながらも、笑顔を見せてウラはようやく振り返った。
「や、やめろ、照れくせえ」
なんだか恥ずかしくて、俺はソッポ向いた。
だが、そんな俺をクスクスと笑いながら、ロアが俺に近づき、ただ俺の手を握って頭を下げて来た。
「改めて、ヴェルト・ジーハさん。ありがとうございます」
「ッ、だ、いや、それならタイラーやママンに言えよ。俺だって、あんな決着は考えてなかったよ」
「それでもです。いえ、たとえ、あんな形の決着を考えていたとしても、やはりあの場面にあなたが居なければ実現しなかったでしょう。あなたは僕たちに、新しい世界を見せてくれました」
おいおい、べた褒めかよ。勘弁しろって。
「まあ、俺は思うがままに生きてるからよ。あんたと違ってシンドイもんは抱えてねえしな」
「あら? ふふ、兄さん、彼は照れてるわ。ねえ、デレ倉くん?」
「はっ倒すぞこのやろう」
「ふふ、女性関係は最悪なのに、そういうところは相変わらず可愛いのね」
ウソだ。照れていた。表彰されたり褒められたり、ラブコールされたりと色々あったが、やっぱ面と向かって深々と感謝されるのはどうしてもなれねえ。しかも、今回は俺はあんまり活躍しなかったし、タイラーやママンが居なけりゃ死んでたかもだしな。
「こーらこら、ヴェルちゃん、女の子にそんな乱暴なこと言っちゃダメよ~ん」
「礼儀作法は相変わらずだね、ヴェルト」
その時、打ち合わせが終わったのか、ママンとタイラーが揃って現れた。
さすがにこの二人が揃うと、陣営全体の空気も変わる。
「終わったのか?」
「ばっちりね~ん。これで、しばらくは休戦が続くわね~ん」
「だが、ヴェルト。事後報告になって申し訳ないが、もはや今回の件で一層お前がリーダーであることが重要になってきた。早急にお前が上に立ち、声を上げて欲しい」
出たよ……サラッとこのオヤジは……
「待ってくれないか、パパ。ヴェルトがリーダーとはどういうことだい? それに、話して欲しい。どうして帝国を襲撃したラブ・アンド・マニーと、パパが関係しているんだい?」
「シャウト、その事情については後ほどゆっくり教えてやる。しかし、今はヴェルトの処遇についてが先決だ。ヴェルトがリーダーとして組織を変え、そして率いてくれるようであれば、世界が大きく変わる」
もちろん、他の連中からしてもそう簡単に流せる話ではない。
その戸惑いの中、ロアが冷静に問いかけた。
「タイラー将軍。大まかな話だけは聞きました。事情や、ヴェルトさんがリーダーである理由などです。『聖王』の話というのも、事実なのでしょう。ですから教えて頂きたい。この休戦は………いつまで保てばよろしいでしょうか?」
意外なことに、ロアはただの優男ではなく、ちゃんと現実を見ていた。
「ジーゴク魔王国とは休戦しても、他の七大魔王国家、そして亜人軍のエロスヴィッチの軍勢もまだまだ十分な軍備を兼ね備えています。あなた方の計画は、いったいどこまでを見通しているのですか?」
休戦したとはいえ、これはいつまでも続かないだろう。仮に神族の話をしたところで、この世の戦が全て無くなるとは思っていない。
今回、巨額の金を支払ってでも歴史を捻じ曲げたタイラーたち。
だが、その目指すところはどこにあるのか?
「ロア王子。現実を言えば、三種族が滅ばぬ程度の小競り合いを半永久的に繰り返すこと。理想を言えば、三種族が手を取り合って共生することです」
随分と理想と現実がかけ離れているもんだが、正にそうなんだろうな。
その言葉には、誰もが微妙な顔を浮かべた。
「三種族が手を取り合う……実現できれば何とも素晴らしい世界ですね」
「はい。理想です。夢物語です。私もそこまでできるとは思ってはいません…………しかし……」
「そうですね。だからこその、ヴェルト・ジーハさんですか」
「そうです。ヴェルトは無自覚にそれを実践していた。何の打算もなく、本人の思うがままに生きてこのような結果になっている。これは、私や戦争に長く身を投じている英雄にもできないこと」
その時、その場に居た全員が俺を見て来た。
いや、前も言ったけど、俺にそこまでのことは…………
「もう、だからあなたはそんな顔をしなくてもいいのよ~ん、ヴェルちゃん!」
「ぐほっ!」
その時、場の空気を壊すように、ママンが俺の背中を叩いた。
「むしろ、ヴェルちゃんはそういうことを考えないで、今まで通り生きて、気の合う友達と種族の壁を分け隔てなく過ごしてくれるだけでいいのよん。それで、みなの考え方や見方が少しずつ変わっていくものよ~ん」
「ママン…………いや、そうは言っても…………」
「も~ん、問題児らしからぬ頭の固さね~ん。男が固いのはアソコだけにしろって~のん。あなたは黙ってその固くなったものをん、フォルナちゃんやウラちゃんや、ウチの娘に出し入れしてればいいのよん」
セクハラだ!
「「「「ぶほっ!!」」」」」
さすがに、思わず噴き出した。
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