第199話 アカン

 辺り一帯から、種族に関わらず驚きの声が聞こえた。


「おいおい、ちょっと待てよ! よく見たらどいつもこいつもとんでもない奴らだぞ!」

「なんなんだ! なんであんな奴らが突如………しかも一緒に現れてんだよ!」

「ファルガ………なぜ奴がここに?」

「おい! シンセン組、武神イーサムの右腕と左腕、ソルシとトウシまで居るぞ!」

「おい、シャウト! タイラー将軍がいるぞ!」

「パパ! な、なんで、パパが居るんだい?」

「あれって、カラクリドラゴンじゃないの!」

「鳥人? 違う、あれは、まさか………まさか、伝説の天空族!」

「ダークエルフまで居るぞ!?」


 生まれて一度も使ったことの無い言葉。

 意味は知ってるが、使い道はなかった。

 でも、恐らくはこういう状況のことを言うんだろう。

 だから俺は言ってやった。



混沌カオスだな」



 その言葉に頷いたのは、ファルガ、ママン、タイラー、ソルシ、トウシ、クレランだけだった。

 あとは、正に混沌中のために、それどころじゃなかった。


「うわ、ああ、ヴェルト! ヴェルト! もう、もう、私は、私はお前が急に居なくなって、どれだけ! どれだけ!」

「うぇ~~ん、との~~~、との~~、せっしゃ、ひっぐ、せっしゃ、かんじんなどきにおそばにいられず………」

「ふふ、ヴェルト様♪ 私のヴェルト様! 私とコスモスのヴェルト様!」

「ぶりゅ、おぱあ! おぱあ! だだ、ぱあ!」

「あはは、つかマジ? 朝倉、あんた行方不明になったと思ったら、なにやってんのさ」

「にいさああああん、にいさああああん、オイラ、オイラ~、心配したっすよ~!」


 コアラみたいに抱きついて号泣する、ウラとムサシ。

 目じりに僅かな涙を浮かべながら、そっと俺に寄り添うように微笑むエルジェラに、俺の頬をペシペシ叩くコスモス。

 そんなやり取りを爆笑して見ている、備山。

 そして、泣いているドラ……って、ちょっと待て。何でお前は涙が出るの? その、液体の成分は何だ?



「ヴェルト……このおん、この女性はどちらさまでやがりますのでしょうか? そして、このとても可愛らしい赤ん坊はどなたの子でしょうか? ねえ、どうしてワタクシと目を反らしますの? ねえ、ヴェルト、ねえ、ねえ、ねえ?」


「赤ちゃんの人形を使う腹話術師が新しく仲間になったようね。君はそうやっていつも私たちを驚かせてくれるのね。そういうところ、嫌いではないけれど、限度というものがあると思わないの?」



 なんか、フォルナと綾瀬が、ロボットのような感情の無い表情で俺を見てくるが、今はそれどころじゃねえ。


「丁度よかった、ウラ!」

「ぐしゅ、うう、な、なんだ?」

「俺と来い、そして手を上げろ」


 クシャクシャの表情のウラの手を引いて、俺は叫ぶ。


「おーい、お前ら! お前たちのウラはここに居るぞ!」


 ウラが首をかしげてキョトンとした。


「ヴェルト……?」

「ウラ。俺と再会した喜びの涙を、更なる喜びの涙へと変えてやる」

 

 すると、俺が大声を出して叫んだ瞬間、人類大連合軍の隊列をかき分けて、数千の兵達が前へ出てきた。

 それは、人間ではなく、魔族。


「ん? ヴェルト、これは一体…………っえ……………」


 ウラが絶句した。そして、全身を大きく震わせた。

 今にも走って駆け寄りたいその魔族の一団は、それでも堪えて隊列乱さず、ゆっくりと、そして堂々と、俺たちの前まで進んできた。


「うそだ………うそだ………だって、みんなは、ヴェルト、だって……あの時に……なあ。ヴェルト!」


 ウラは目を大きく見開き、その瞳には更なる大粒の涙が溢れ、全身を激しく震わせている。


「ウソじゃねえ。あれは、お前のみんなだ」


 俺はそう言って、ウラの背中を軽くたたいた。

 その身に纏う彼らの衣装は囚人服。

 しかし、その振る舞いと堂々とした進軍ぶりは、正に正統なる王直属の兵士たち。

 そして、目の前まで歩み寄ってきた彼らは、一切の乱れなく、片膝ついて頭を下げた。



「ウラ姫様。ロイヤルガード及び以下ヴェスパーダ魔王国軍残存兵。長らくお傍を離れた無礼をお許しください。我ら、今、帰還しました」



 先頭で頭を下げるルンバ、ジョンガ、バルドたち三人。

 震えるような唇で、握った拳から血が出るほど今にも飛びつきたい気持ちを堪えながら、彼らは言った。

 それに対してウラはどうする?

 この五年間、王としての立場からずっと離れ、ただの女の子になったウラ。

 だがそれでも、今、彼らに懸けてやる言葉を、震える唇で一言答えた。



「みなのもの……………よくぞ、もど、った」



 もう、顔もボロボロだ。

 そんなウラの背中を俺は強く押し出して、次の瞬間ウラは駆けだして、みんなの元へと飛び込んだ。


「あああああああああああ! うわああああああああああ!」

「ッ、ウラさまあああああああああああ!」

「ウラ様! ウラ様! ウラ様!」

「よくぞ、よくぞ、よくぞ御無事で!」


 二度と会えなかったかもしれない、五年間分の再会。


「ヴェルト、パーパってなんですの?」

「ねえ、朝倉君、ねえ」


 心おきなく、泣いて笑え、ウラ。


「ヴェルト~、みんなが! 私のみんなが! みんなが!」

「ああ! お前のみんなだ」


 ウラが何を言ってるか分からないが、言いたいことは分かる。

 俺は頷いてやった。



「ウラ様、我々はこの五年間、ジーゴク魔王国軍に囚われていましたであります。しかし、しかし! その我々をヴェルト様がお救いくださいましたであります!」


「そうだったのか………ヴェルトが、みんなを、みんなを!」



 偶然だ。たまたま俺が運よくそこに居ただけだから、褒められるのも気が引ける。



「ウラ姫様。我ら今日より再び命尽きるまでウラ様にお仕え致します。いえ、ウラ様と…………そして、大恩あるヴェルト様に!」


「「「「「ウラ姫様とヴェルト様と共に、この命尽きるまで!!!!」」」」」



 失ったと思っていた主を取り戻した、ルンバたちヴェスパーダ魔王国軍は天地を揺るがすほどの声を上げた。

 それは、突如敵軍のど真ん中に現れた士気最高潮の第三の軍として、人類及び鬼たちに衝撃を与えた。


「ああ、みんな。頼む。そして、もう知っているかもしれないが、私の口から改めて紹介させてほしい」


 ウラは涙を拭いて、キリッとした表情で、俺の手を掴んだ。


「みんな、この男はヴェルト・ジーハ。父上の友人であり、私の命を救い、今日にいたるまで傍に居てくれた………私の夫になる男だ。まあ、愛人が何人か居るが、そこはあまり気にするな」


 ったく、こいつはドサクサに紛れて……



「ヴェルト、サキホドカラドウシテワタクシトメヲアワセマセンノ?」


「モウ、ダメジャナイカシラアサクラクン。コンナモノゴコロツクマエカラオトウサンゴッコナンテシテタラ、スリコマレテトリカエシノツカナイコトニナルワヨ?」



 ああ、俺には何も聞こえない。

 今重要なのは、こいつらの再会を喜び、そして新たに誓うこと。

 もう絶対に手放さない。もう絶対に失わせないようにと。


「なあ、ウラウラ~、つかさ、あんたのいうそいつの愛人の中にさ、あたしって入ってるのか?」

「あら、素敵ですね、ウラさん。そうですか、ウラさんがヴェルト様のお嫁さんなのですね? でも、私は愛人などではなく、ヴェルト様の奥さまです♪」


 お~、火に油どころかニトログリセリンを注ぎ込んだよ、備山とエルジェラ。

 つか、備山も乗り気じゃねえくせに、笑ってんじゃねえよ。つか「ウラウラ」ってあだ名か?

 それに、エルジェラもそんな笑顔で対抗しなくても……


「………なあ、綾瀬」

「あら、なにかしら? なにか言いたいことでもあるのかしら? 浮気倉くん」

「………この黒いのが備山だ」

「はっ? おい、朝倉! こい、こいつ、綾瀬なのか? あの、エラそーだった」

「ああ」

「あのねえ、朝倉くん。何を誤魔化し……えっ、備山さん? じゃあ、この人、やっぱり備山さんなの?」


 とりあえず、綾瀬はこれでよし。



「ねえ、ヴェルト? ねえ。ヴェルト? ワタクシは信じていますわ。あなたが後ろめたいことをしているはずはないと。ねえ……………そうですわね?」



 ……………こっちは、アカン……

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