第178話 代わりはいない
「あんまり、うろつくなよ。あんたに何かあったら、姫様は戦いどころじゃないからな」
「分かってるよ。迷惑はかけねえ。お前らの邪魔はしねえよ」
ハウたちは、この間の帝国が初陣だった。でも、フォルナは数年前からアレを相手に戦っていた。
それを、帝国の戦いだけで俺は理解した気になっていたのか。
「何で、戦うんだ?」
「はあ?」
「どう見たって、勝てるわけねえだろうが、あんなもん。死んだら終わりだろうが」
気づいたら、俺は口をついて言っていた。
すると、ハウは切なそうにどこか遠くを見るような目で、
「バカだね。私らが死んだら、次に死ぬのが誰かなんて……分かりきってるじゃないか。それを守りたいからじゃないのかい?」
「………ったく、模範的な回答しやがって。少なくとも、テメエはそういうキャラじゃねえだろうが」
「………そうだね。あんたの言うとおりだよ……」
「ハウ?」
その言葉に、どこか消え失せそうな小声で、ハウは答えた。
「私はここの連中や、バーツのように熱いものは持ってないよ。人類大連合軍に入った理由だってくだらないことだしね。あんたのことをバカにすることだってできないよ」
「じゃあ、なんでだよ。何でそれでも戦うんだよ」
「……………さあ、それでも戦えって、自分たちのこれまでの人生を歩んできた心が、そう言ってんのさ」
俺には理解できねえ生き方だった。
いや、そもそも俺は戦争自体を下らねえと思っていた。
実際、朝倉リューマの時、どっかでテロが起ころうと、中東とかで戦争が起ころうと、俺の日常生活に影響なんて無かったからだ。
自らその世界に飛び込まない限り、永久に縁のないもの、それが戦争だった。
でも、今は違う。その戦争の刃が、今すぐにでも届きそうなぐらい、俺の世界に迫っている。
そして、その刃に、昔馴染みや家族が、切り裂かれようとしている。
「あ、そうか。それを理解してるからこそ、そうさせないために、こいつら戦ってんのか」
名声だとか名誉とか金とか、単純に戦好きっていうのも理由の一つではあったとしても、そういう思いを抱えて戦ってるやつらも居るわけか。
ああ、だから、本当に、しんどくて……メンドクセーな……
「って、あれ?」
その時、ボーッと考え事していた俺は、気づいたら陣営から抜けて森の中を歩いていることに気づいた。
「あっ、やっべ、ウロチョロすんなって言われたのにな」
まあ、いっか。あの空間に居たら、自己嫌悪とか、色んなことばかりが気になって居づらいからな。
こうして、ちょっと離れた静かな森の中で、星空眺めながら寝っ転がるのも悪くねえかもな。
俺は、テキトーな岩を見つけて、仰向けになろうとした。
だが、その時、
「ッ、うう、くっ、うう」
ん? 人の声?
「ううう、ううう! クソ! クソ!」
地面を叩く音と、何やら苦しんでんのか、怒ってるのかよく分からない声が聞こえた。
男の声だ。
誰だ?
「ッ、誰?」
俺の気配に気づいたのか、男が振り返った。
暗くて顔はよく見えねえが、何だか病人服みたいな白い服を着た、タメか少し年上ぐらいの男。
童顔で少しナヨっちいが、全身と頭に包帯が痛々しく巻かれている。
「怪しいもんじゃねえよ」
「あ、そう、ですか、ん? あれ?」
その時、男が俺の顔を見て、驚いたような反応を見せる。
「あれ? あなたは確か! そうだ、空の映像で見た! フォルナ姫と帝国を救った、ヴェルト・ジーハさん!」
うわお、俺って、変な有名人になったのか?
「どうして、ここに?」
「いや、まあ、色々あって、この大陸に飛ばされてな。フォルナたちはそれどころじゃなさそうだし、居づらくてブラブラしてたところだよ」
「そう、なんですか」
「で、あんたは? 見る限り、新米兵士って所か? 大分、痛い思いをしたみたいだが」
「あ、えっと、僕は……えっと……あれ? 知らないんですか?」
「はっ? いや、知らねえけど、有名人だったか? 新聞もフォルナたちのことしか見ねえからさ」
「あ、ははは、いや、うん、いいんです」
何か急に慌てて誤魔化し始めた男だが、何なんだ?
だが、男は急に何度か頷いたあと、小さく笑って、俺の隣に腰を下ろした。
「みっともないところを、見られてしまいましたね」
「あ? つか、何やってたんだ? 頭がイカレてたか?」
「ははは、噂通りのキツイ人ですね。でも、そういう飾らないところが魅力なんですかね?」
なんだよ、キモチワリーな。女みてーなツラだけど、男だよな?
紅茶色の頭に、モデルみてーな手足の長さ。
なんか、よく見ると、無駄にイケメンだな。アイドルみてー。
「あんた、歳いくつだ?」
「えっ、十七歳ですよ?」
おまけに年上かよ! いや、朝倉リューマと同じ年齢ではあるが、何で敬語使ってんだよ。
「まっ、いいや。とりあえず、俺はもう行くわ」
「って、あ、ちょ、待ってください!」
話すこともねえし、俺はその場を退散しようとしたら、服の裾を引っ張られた。
「あの、せっかくですし、少しお話しませんか?」
「はあ? 話ってなんのだよ? 戦争の愚痴でも聞いて欲しいのか?」
「まあ、そんな……ところですかね」
「は~~~~、あんま聞きたくねえな」
正直、いつもなら興味ねえよで済ませるところだった。
でも、ちょっと今は気分が違った。
フォルナたちの状況。ハウの言葉。そして人類の行く末を聞いた後だと、何だか俺も気持ちがグラついてた。
そんな時に、負傷した見ず知らずの兵士を見たせいか、何だか気まぐれに話ぐらいはと思って、俺は座り直した。
「僕は、この前の戦いで、どうしようもないぐらいの圧倒的な力の前に敗れたんです」
「別にあんただけじゃねえだろうが、みーんな負けたんだろ?」
「ええ。でも、僕は、勝たなくちゃいけなかったんです。みんなの期待が、信頼が、希望が、全て僕の所為で台無しになったんです」
おいおい、こいつ何様だよ。こんな若ェくせに、何を思い上がってんだ?
別にこいつ一人の勝ち負けがどうとかいうもんじゃねーだろうが、戦争ってさ。
それとも違うのか?
まあ、将軍とかの一騎打ちとかならそうなんだろうけどな。
「ふ~ん、それが耐え切れなくて逃げ出して苦しんでたってところか? なんともまあ、責任感の強いこった。俺みたいに自由に生きてるやつからしたら、恐縮しちまうね」
「それって、褒めてくれているんですか?」
「おお、褒めてるぞ。なんなら、いーこいーこしてやろうか? まあ、俺にそんな趣味はねえから、やらねえけどな」
なんか、年上なのに年下と話をしているような感覚がしてきたな。
だが、いきなり男は真剣な顔で前を向いた。
「僕は……分からなくなってしまったんです。昔から、英雄や勇者がカッコよくて、ただ憧れていた。大きくなるにつれて、戦争がそんな綺麗事だけじゃ済まないことは理解してましたけど、それでもみんなと出会って、みんなと戦って、期待されて、感謝されて、守りたいと思って、力を合わせて、そうやって自分たちは……でも、勝てなかった! キシンの強さは想像を遥かに越えて……そんな、僕をまた期待して、みんなが戦って、これ以上大切な人達が――――――」
とりあえず、一言。
「なげえ! 要点を絞れ!」
「はうっ! えっ、あ、え?」
「つーか、なーんで、俺が見ず知らずの男の愚痴と弱音聞いてなけりゃいけねーんだよ、ビビって戦いたくなくなったなら、やめりゃいいじゃねえかよ!」
ダメだった。やっぱ、俺には人の相談相手は無理だ。
そういうのは、先生の仕事だからな。
「や、だから、やめりゃいいじゃんって、だからやめるわけにはいかなくてですね。僕が負けたら、全部終わるんです! 僕にかかってるんです! だから、やめられないんです!」
「仕方ねえよ。そんなにボロボロになるまで戦ったやつに、逃げた俺が責めることはできねえし、戦えとも言えねえし」
「えっ、あの、もう、何が何だか……」
何でただでさえ俺の気分が下向きなのに、余計に暗い話をしなくちゃいけないんだよ。
「なあ、あんたさ、まるで自分の代わりはいねーみたいなこと言ってるけど、意外と世界はそういうもんでもねえぞ? 自分の代わりはいねえって思っても、イザという時は代わりの人間は出てきたりするんだからよ」
よく聞く話だ。そいつと同じだけの仕事をする奴が他にいなくても、代わりにやらなきゃならねえって事態になったら誰かがやるしかねーんだよ。
「だから、別にいいんじゃねえのか? あんた一人やらなくても、ここまで追い詰められたら、いつか必ず誰かが代わりをしようと努力するさ。そいつに任せりゃいい」
「ッ、そ、そんな、無責任な!」
「ああ、そうだ。たかが、他人から無責任って言われるだけで解放されるんだ。安いもんさ。それぐらいの罵倒ぐらい屁でもねえだろうが」
あっ、なんか、絶望しまくってた男の顔が、急に呆気に取られたかのような顔してやがる。
もう、言葉も出ねえって感じだな。
まあ、俺に相談されてもこんなことしか言えねえからな。
ただ、
「正直な、五年前、フォルナが戦争に行く時、もう俺はあいつとは会わないだろうって思ってた」
「……えっ?」
「あいつはもう手の届かない世界に行く人間だ。それこそ、どっかの貴族や英雄や勇者や、あいつの隣にふさわしい奴があいつを幸せにするんだろうな……俺の代わりにな……そう思ってたよ」
そうだった。だから、十歳の別れの時は、今生の別れになることを俺は覚悟していたし、もうただの幼馴染には戻らないと勝手に思い込んでいた。
でも、違った。
「帝国で再会した時に気づいたよ。もし俺が戦争に参加してもしなくても、俺の代わりに戦うやつはいくらでもいる。でも、フォルナにとって、俺の代わりになる奴は居ないんだな……って、思った。代わりができねえものってのは、多分そういうことだ」
わあ、俺って今、かなり恥ずかしいこと言ってんな。
フォルナに聞かれたら小躍りしそうだ。
「だからよ、なんつーかあんたは、今、これだけは最低でも自分の代わりになる奴はいないってことだけをやればいいんじゃねえの?」
フォルナにとって、俺の代わりになる奴はいない。
多分、ウラにとってもそうだろうな。
そして、この世界で神乃を探し出せるやつも、俺しかいねえ。
鮫島でも宮本でも綾瀬でも加賀美でもねえ。
クラスメートにバレバレだったぐらいあいつに惚れてた俺にしかできねえことだ。
「とりあえず、戦えねえ俺がこの場でできることと言ったら、せいぜい、フォルナに何かしてやることぐらいだな。俺はとりあえずそれをやるさ。頭なでてやるし、あいつの話も聞いてやるし、ご褒美でも欲しけりゃ濃厚なのをくれてやる」
そうだ、もう答えは出てた。
俺は、フォルナのために何かしてやろう。
帝国での戦いも、それだけのために参戦したんだから。
「僕が死んでも代わりは居る。でも、その代わり、僕のすべきことは、誰かの為とか、世界の為とかではなく……今、自分にしかできないことを……ですか?」
「まあ、何をあんたができるのかは知らねえけど、あんまゴチャゴチャ考えるよか、シンプルだろ?」
とりあえず、みんなも心配しているだろうから、もう戻ろう。
フォルナと少し話をしてみるか。
「俺はもう行く」
何だが俺自身も少しだけスッキリした気持ちになり、俺はその場を後にした。
一方で、少し振り返ってみたが、男は動かない。ただ一点を見据えていた。
そして、風に乗って、男の呟きが聞こえた。
「僕に……今、僕にしかできないこと……そんなもの……もう、決まってるじゃないか!」
何か答えが出たのか、かなり覇気のある声に聞こえた。
そーいや、誰だったんだ? あいつ。
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