第149話 やっぱ驚いた

 俺たちの知らない間に、この数日間、世界ではかなりの激動があったようだ。

 人類大陸有数の巨大な組織、ラブ・アンド・マニーの副社長であるマニーラビットが脱獄。


「とにかく、そういうわけでして、どこの国も海域も今はピリピリしているのです。我らの警備が厳重だったのもそれが原因です」


 歩いて移動しながら一連のニュースを知った俺たちに、警備隊長らしきサメの半魚人がそう言ってきた。


「ラブ・アンド・マニーも、マニーラビットの指示の下にどのようなことをするか、分かりませんから」


 まあ、あのマニーとかいうフザけたやつが何かをするほど狡猾なやつかと聞かれたら微妙なところだ。

 少なくともあの、ヘンテコな着ぐるみ女と会った時を思い出すと、ただのバカにしか見えなかったからな。


「殿。恐れながら進言させていただきますが、ラブ・アンド・マニーを社長や副社長ばかり警戒していれば大丈夫ということは、決してないでござる」

「ムサシ? そうか、そういえば…………お前も、奴らには因縁があったよな」


 そのとき、神妙な顔をしてムサシが口を開いた。

 思い出した。ムサシは故郷や家族や、親が仕えていたエルフたちも、全てラブ・アンド・マニーに奪われたんだったな。


「ハンター達を引き連れて拙者の故郷を襲撃したラブ・アンド・マニーの幹部実行部隊。大ジジの天賦と剣を受け継いだ父すら敵わなかった…………」


 昔を思い出し、悔しそうに拳を握り締めるムサシの目にはウッスラと涙。

 トラウマだろうし、聞いた話だ。無理に話す必要はないと、ムサシの頭を撫でてやろうとしたが、ムサシは首を横に振った。

 いや、撫でてやろうとした俺の手をムサシから掴んできた。


「殿。あの時の拙者は限りなく無力でござった。しかし、今は違います。必ずや殿をお守りします。それゆえ、殿も……決して無茶をしないで欲しいでござる。殿まで失えば、拙者……生きる意味を失ってしまいまする」


 力強く握っているものの、少しだけ震えが伝わってきた。

 改めて聞いたラブ・アンド・マニーの名前に、少し感情的になっているのが伝わってくる。

 だが、こいつの過去を聞く限りは、それは間違ったことじゃねえ。

 だから俺も、テキトーに流さずに、ちゃんと握り返して、頷いた。


「あびゅ! あぶう! あぶう!」

「あら、どうしたの? コスモス」

「あば! あぶう! あぶる!」


 突如、コスモスが興奮したように騒ぎ出した。

 手を伸ばして何かを訴えている。

 その方角を見ると、海岸線並ぶ森を越えたその先に、広野の上に立つ、非常に不自然な固まりを見つけた。


「ッ! お、おお……」

「あ、あれが……」

 

 遠目でも分かるが、それは都市だ。街だ。

 そして、俺は正直、亜人の文明をナメていたことに気づいた。

 亜人は獣の血を引き、人間のような知恵や、魔族のような魔力もない。

 街といっても、せいぜい石器時代のような藁や木造の家が並んでいる程度だと思っていた。



「あれが、亜人大陸一の若者の都市。ジェーケー都市です」



 だが、目の前に見えてきた景色はその思い込みを根底から覆すほどの文明だった。

 そして、何よりも意外すぎて目を疑った。


「な、なんじゃありゃあ!」

「なんだ? あのクソみてえなのは」

「そうか? 私は嫌いではないぞ?」

「拙者も初めて見たでござる」

「うんうん、私もいいと思う!」

「へえ、なんか珍しい形っすね」

「まあ、とても可愛らしいですね」

「きゃーきゃ!」


 さて、何が珍しいのか? 俺とファルガ以外は好印象。

 それは、遠目から見ても分かるように、外壁が巨大な城郭で囲まれているのだが、その壁が非常にカラフルなのだ。

 なんか、青だのピンクだの黄色だの、とにかく虹のようにごっちゃり描かれているのだ。

 さらに、外壁の端から端にアーチがかかっており、そのアーチの頂上には、何故か巨大なハートが飾られていた。



「隊長、本当にこいつらを連れてきて良かったんすか?」


「ガッバーナの名を継ぐ者を信用しないわけにもいくまい。それに、一応、不法侵入でも客人でも、『黒姫』様にお通しするのが決まりだ。都市には休暇中のシンセン組隊士も居るだろうし、大丈夫だろう」



 呆気にとられている俺たちの背後で、半魚人たちが何やらコソコソ話しているが、その言葉にムサシが反応した。


「な、なんと! 拙者たちは、噂の黒姫様にお目通りできるでござるか?」


 黒姫様? なんだよ、またお姫様か?

 ムサシが驚いているから、相当なお姫様なんだろうが、帝国の姫様やら天空皇女やらが続くと、そこいらのお姫様じゃ、もう俺も驚かねえぞ?


「おい、クソ亜人。その、黒姫ってのは何者だ?」

「う、うむ、拙者もお会いしたことはないでござるが、黒姫様とは、地方の田舎町であったこの地を発展させて、ジェーケー都市を作り上げたお方。その正体は、既に滅亡したと言われる、ダークエルフの王国の姫君でござる」

「なに? ダークエルフだと」


 わお、また来たよ。ザ・ファンタジー。

 ダークエルフと出会うことになるとはな。



「ちょっと待て。ダークエルフといえば、亜人族の中でも呪われた一族として忌み嫌われていたはず。現にダークエルフの国に関しては、ラブ・アンド・マニーなどの人間はまったく絡まず、亜人族の内乱で滅んだはずだぞ?」


「うむ、ファルガ殿の言うとおりでござる。確かに、ダークエルフの国は亜人大陸内での戦争で滅び、この大陸ではダークエルフもほぼ絶滅しているでござる」


「おい、どういうことだ? それなら、何故、その黒姫様とやらは生きて、しかも『様』なんて付けられて称えられてやがる?」


「う~む、それは歩きながら説明するとして……隊長殿、ちょっとよろしいでござるか?」



 何やらワケありそうな国と姫様と亜人の事情があるようだが、ムサシは一旦切り上げて、半魚人に尋ねる。


「隊長殿。拙者も噂でしか聞いたことないでござるが、ジェーケー都市に入るには、衣装に着替えねばならぬでござるか?」


 ……ハッ? 衣装?


「ええ、その通りです」


 ちょっと待て、衣装って何だ?


「おい、ムサシ、衣装とは何だ?」

「私たち、着替えなきゃいけないの? 何に?」


 つーか、街に入るのに、審査があるとかじゃなくて、服を着替えなきゃいけない? どうしてだ?

 ウラとムサシが尋ねると、ムサシも慌てて答えた。



「いや、拙者も詳しくは知らぬが、黒姫様の趣味だとのことでござる。三十代からは免除されるようでござるが、十代から二十代以下の若者は強制とのことでござる」


「趣味?」


「うむ。黒姫様が定めた規定によると、ジェーケー都市に入る場合………『ブレイザー』『ガクゥラン』『セイラァ服』、特に女子は『ミニスカ』というものを履かねばならぬ規則があるそうでござる」


「な、なんだ、それは。私はそんなの聞いたこともないぞ?」



 ウラの反応が正常。


「………はっ?」


 俺の反応がこの世界では異常。

 まったく頭の中身が整理できていない状況だが、これだけはハッキリしてる。


 何だか、ビックリしねーよ? なんて身構えていたのに、別の意味でビックリした。


 ビックリし過ぎて、さっき聞いたニュースが頭から抜けてしまうほどに、俺は驚いていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る