第83話 モンスター能力

 四対四なら、少なくとも俺だけは戦う相手は限られる。

 特に衣類や鎧などの物質を纏っているわけでもないドラゴンに、俺の魔法は通用しない。


「ゴアアアアアアアアアアアアアアア!」

「クソが。生まれたてのガキを始末するのは気が引けるが、クソ瞬殺させてもらうぞ」


 ファルガが炎竜。


「ブワアアアアアアアアアアア!」

「闇が世界を凌駕するところを見せてやろう」


 ウラが氷竜。


「ギシャアアアアアアアアア!」

「その驚異が我が殿へと届く前に斬り捨てる!」


 ムサシが風竜に。

 別に示し合わせたわけではないが、自然とそういう形になった。

 ならば俺は?

 残り物じゃない。そういう組み合わせになっただけ。

 というより、そもそもは俺が売った喧嘩だ。

 だから当然俺の相手は一人しかいない。


「いくぜ、クレランお姉さんよ!」

「いただきます、弟くん!」


 警棒を構え、周りの環境、相手の姿を見て、俺の力がどうやって活かせるかを確認しながら、俺たちはぶつかる。


「うるあああああ!」


 まずは、お手並み拝見。

百キロ警棒を二本まとめてフルスイング。

 相手は女? 関係あるか。綺麗なツラをグシャグシャにする気でやんねーと、俺が喰われる。 

 だが、


「見せてあげる。トランスフォーメーション、『ラバースライム』」


 全力で振りかぶった警棒。クレランに避ける様子もなく、顔面を普通に捉えた。


「げっ! な、何でよけねえ!」


 しかも避けないだけじゃねえ。顔面が恐ろしいぐらい変形して、美人だったツラが面影もねえ。

 

「ッ、いや、こ、これは!」


 すぐに異変に気づいた。何だよ、この感触は。人間をぶっ叩いた感触じゃねえ。

 まるで柔らかいゴムでも殴ったかのような感触だけが手に伝わってきやがる。


「最弱の攻撃力でありながら、最高クラスの防御力。ラバースライム。全身が柔らかいゴムのような体質を持ったラバースライムは、いかなる打撃や衝撃が通用しないの」


 変形した顔のまま、優しく解説してくるクレランに寒気がした。

 そして、ゴムも伸びればすぐに元に戻る。変形した顔が、何事もなかったかのように、そして傷一つなく元に戻った。

 さらに、俺が戸惑った一瞬で、クレランは即座に反撃に移った。


「トランスフォーメーション、『サーペントマン』!」

「げっ、うおおおおっ! ふわふわエスケープ!」


 クレランの首が……伸びた!

 まるで、ろくろ首の妖怪みたいに、首だけ伸びて、俺に噛み付こうとする。

 瞬間的に後方に高速で俺自身を浮遊で飛ばして避けられたが、微妙にチクリとした痛みが俺の腕に残っている。

 見たら、二本の牙での噛み跡から血が流れていた。


「いって、な、なんだ今のは!?」

「へ~、よく避けられたね、弟くん」

「つか、首が蛇みたいにな……んだそりゃ」

「ふふふ、二足歩行の蛇、サーペントマン。その特徴は、首を自在に伸び縮みさせること。面白いでしょ?」


 いや、全開で気持ちわりいよ。


「弟くんの血………けっこう美味しいよ」


 すげえ、鳥肌。

 ここ数日で人間がグチャッと潰されたり殺されたり蹂躙されたりのグロい光景を見て多少の免疫がついたが、これはストレートに気持ち悪くて、また吐き気がしそうだぜ。

 だが、今更吐それは問題じゃねえ。

 問題なのは、クレランの能力が多過ぎて対処ができねえ。


「うふふふ、おとーとくーん! まだまだいくよ~!」

「ちっ、ふわふわ飛行!」

「がぶー! がぶー! がぶうううう!」


 歯、牙、あぶな! 

 縦横無尽にうねりながら伸びてくる首から逃れるべく、俺は全力で飛行を駆使して飛び回る。


「あはははは、弟くん速い速い! にっげろー!」

「けっ、バカが! ふわふわブーメラン」


 カウンター気味で警棒を回転させてぶん投げる。

まあ、首を捻ってアッサリと回避されるわけだが、狙いは顔面じゃねえ。

 それだけ胴体から離れたら、自分の体に何が起こったって反応が遅れるはず。

 俺はぶん投げた警棒を更に加速させ、クレランの胴体めがけて命中させた。

 だけど、


「あはははは、ざーんねん!」

「げっ、ご、ゴムの体になって衝撃が……テメェ、複数の能力を同時に出すこともできんのかよ!」

「おねーちゃん、出来ないなんて一言も言ってないんだけどな~」


 しまった。てっきり、一個の能力使ってる最中は他の能力は使えないなんて根拠もなく勝手に思い込んでいた。

 つまり、こいつに俺のふわふわ技の打撃は一切通用しねえってことだ。

 だけど、それならそれでやり方はある。

要するに、打撃による衝撃じゃなくて、脳みそぐるんぐるん回すような衝撃を与えりゃいいってことだろ?


「なら、世界を暗転させてやるよ!」

「うん?」

「見せてやる。デートでカップル定番で見る景色」

「ん? あれ? あれれ? 私の体が浮いてる! なんで?」

「ふわふわメリーゴーランド!」


 服でも着てりゃ、それを本体ごと浮遊させることができる。

 俺はクレランの胴体を浮かせて、その場で超高速回転させてやった。



「うおおお、に、兄さん、すげっす! すげっす! あの姉さん、ヒモパンっす!」



 てめえ、このドラ野郎。

神乃の手がかりじゃなけりゃ、普通にクレランの口の中にぶち込んでやってたところだ。

 回転させてヒラヒラとめくれるクレランのトーガの下を目に焼き付けてやがる。

 もっとも、見られている本人にそんな余裕はねえだろうけどな。


「っしゃあ、百回転! どうだ、世界が違って見えるだろうが!」


 意識がブッ飛ぶほどの回転だ。目を回してゲロ吐いてフラフラになりやがれ……と叫ぼうとしたら……


「あ~、楽しかった」

「なっ、なんだと!」

「も~、それにしても、弟くん! 私の……見たでしょ? えっちぃ~♪」


 な、なんともねえだと? ケロッとしてやがる!


「弟くん! グロイのはいいけど、エッチなのはダメなんだからね! 彼女さんに言っちゃうぞ?」


 回転不足? いや、そんなはずはねえ。

 人間なら、絶対に目を回してたはずだ。

 何でだ?


「ふふーん、ひょっとして、私が目を回すと思ったのかな? 弟くんは」

「……回んなかったのか?」

「へへ~ん、ざーんねん。それはあくまで人間での話でしょ? 三半規管の優れたモンスターの体質になりさえすれば、私には楽しいお遊戯だよ」


 対人型の身体の力を持っている奴にしか、通用しない?

 今、正にそう突きつけられたようなものだ。

 打撃も、脳や器官への揺さぶりの攻撃も、通じない?


「トランスフォーメーション、『パンサーリオン』!」

「や、やば、ふわふわエスケーッガッアアア!」


 反応が一歩遅れた。

 強靭な瞬発力と、鉤爪が、俺の胸の皮を切裂いた。


「つっ、あああ、いて、くそ!」


 血が! やべえ、傷がスゲエ熱い。


「うおおおお、に、兄さーん! 血が、血が! ああ、オイラ、血はダメなんす~!」


 完全に回避できなかった。だが、掠っただけでこの威力かよ。

 まいったな。


「う~ん、残念。今、絶対に仕留めたと思ったんだけどね。さっきから見ていたけど、どうも弟くんの動きは変だよね。体の筋肉の動き方とは別に体が動いてる。まるで、外から誰かに操られているみたいに」


 おまけに、俺の力にまで何かを感じ取り始めてる。


「それと、弟くん。君、属性魔法は使えないんでしょ? 普通は私と戦うなら能力を恐れて遠距離からの魔法で様子を伺うはずなのに、まるでそんな様子が見られないもん」


 正解。


「最初、弟くんは無詠唱で飛行の魔法を使ってると思ったけど、違うみたいだね。基礎的な属性魔法も使えないのに、そんなことができるはずがないもん」


 それも正解。俺は基礎の浮遊をとことん極めただけ。

 使えるのは、それ一つだけだ。

 そう、一つしか使えない。だからこそ、本来ならクレランと戦うために色々あるはずの手段が俺にはない。


「弟くん、さてはよっぽど勉強嫌いだな~、学校の勉強を疎かにするなんて、ダメな子だぞ」


 はあ……ほんと、恐ろしい姉さんだぜ。でもな、残念だが……


「残念だが、それは不正解だな」

「ん?」

「俺は勉強嫌いで学校の勉強をしなかったんじゃねえ」


 そう、そこだけは違う。


「全部、俺が自分で選んだ道だ!」


 疎かにしたんじゃねえ。自分で退路を断ったんだよ! 

 才能ねえ俺は、一個のことだけを極めることしかできねえと分かったから。

 他の魔法を覚えられなかったんじゃねえ。覚えることをやめたんだ!


「一つ教えてやるぜ、クレラン。属性魔法が使えないから、あれこれ色々対策考えて戦うことが俺にはできない。でもな、それは言い換えちまえば、俺にできることは限られてるから、ウダウダ考える必要はねえってことさ!」


 こういう時に、火とか氷とか属性魔法使えりゃ、確かに他にやりようがあるんだろうけど、仕方ねえ。

 どうせ、出来ることは限られてるんだから、出来ることだけで戦ってやるよ。

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