第47話 機は熟した
俺は最近、新聞をよく見るようになった。
そこには、今では遠い世界の住人となり、世界のため、人類のために戦うかつての幼なじみの名前を良く見るようになったからだ。
「ほ~う。ギャンザ将軍の記録を塗り替えた歴代史上最年少将軍フォルナ・エルファーシアが、将軍職を離れて、『光の十勇者』に任命。ほ~、頑張るね~」
新聞の一面を飾るフォルナの写真。
最後に会ったときよりも随分と大人らしくなった。
あの時はおしゃまなマセガキだと思っていたが、キリッとした表情、輝くような金色の髪に、汚れのない真っ白い肌に、スラッとした細身の体。
「ずーいぶん、いい女になったな。まあ、生きていて何よりだ」
俺は、十歳の頃を最後にフォルナとは会っていなかった。
フォルナ自身、国に帰省することがなかったからだ。
風の噂では、飛び級で入学した帝国軍士官学校を更に飛び級主席で卒業し、人類大連合軍に入隊後、初陣で八面六臂の活躍をして、勝利に大きく貢献した。
手柄を立てるたびに昇進し、今では将軍の位よりも絶大な名誉とされる、人類最高戦力である十人の一人に数えられるまでになった。
それが、『光の十勇者』。
かつて少年勇者と呼ばれた英雄もその一人として数えられ、間違いなく人類史に名前を残して未来永劫語られるほどの名誉。
「くはは、まあ、もう俺のことなんて忘れてるんだろうけど、あいつの活躍は嬉しいような、どこか寂しい気持ちもするな。それに、他の奴らはどうしてるかな?」
この五年間、世界は相変わらず異種族の争いが続いているものの、時間は間違いなく前へと進んでいる。
ただの新聞だけで、それをよく実感できるようになった。
「テメエ、こんなところで何をしてやがる!」
あっ? 人が複雑な思いに駆られているときに、誰だ?
顔を上げると、そこには薄汚い鎧を纏い、悪臭と腐った目を漂わせる男たちが居た。
二十人ぐらいか?
「ここは俺たち、カムアセイヌ団のアジトだぞ!」
一団のボスらしい大柄のオヤジが俺を恫喝する。
それに気づいたとき、俺はようやく目的を思い出した。
そうだ。俺はこいつらを探すために、この魔獣の森の奥深くにあった洞窟に来たんだ。
「ああ、お前らか。落ち武者集団の噛ませ犬盗賊団は」
「噛ませ犬じゃねえ! カムアセイヌ団だ! テメエ、なにもんだ!」
「俺は、王都のラーメン屋店員だ。お前ら落ち武者共が戦から逃れてきて、王都近くの村を襲って農作物を奪ってる所為で、ちょっと駆り出されたんだよ」
「はあ? 店員? ふっざけんじゃねえ! 何でテメエみたいな奴に!」
話を聞く気も、話をする気もなかった。
俺は一団のボスの後ろに居るその他大勢に向けて軽く指さし、その指を空に向けて指した。
すると、
「っ! お、おおおおお! な、なんだ!」
「か、体が勝手に、う、うっ!」
「浮いた!? 何でだよ! か、体が動かねえ!」
別に大したことはない。全員の鎧や衣服に浮遊をかけただけ。
「喋るな。すぐ終わる。ふわふわパニック!」
それで終わりだ。
後は俺がちょっと指を動かすだけで、宙に浮いた二十人足らずの男たちが一瞬で気を失った。
呆然とする盗賊団のボス。顔を青くして震えだした。
「お、おま、えっ、な、なにを、今」
「別に大したことねーよ。ちょっと全員前後に高速で全身を振っただけだ。脳震盪程度だから、死んでねーよ」
「な、なな、なに!」
「もっともお前はこの程度では済まねえけどな。農家にとって農作物は汗と泥まみれの結晶だ。それを奪ったからには血まみれになってもらうぜ」
いつからだろうか。
俺が殺しを平然とするような連中を前にしても、昔ほど怯えなくなったのは。
いつからだろうか。
俺がこの世界の全てを自在に操れる気になったのは。
「ま、まさか、お前! その、ひねた目つきに、赤みがかった髪の色。そして、この能力! お前は、エルファーシア王国で、
やっぱりか。
俺は無性に悔しくなった。
「畜生、まただ! 誰だ、んなダッサイあだ名を俺に付けた奴は!」
別にさ、俺もガキじゃねえ。『金色の彗星』とか、『巨人殺し』とか、そこまで格好いいあだ名じゃなくてもいい。
でも、なんだよ、『リモコンのヴェルト』って。
全然、怖くねえし、何だ? エアコンか? テレビか? 何なんだよ!
「あんまり言うなよな。全然気に入ってねーんだよ、そのあだ名。つか、さっさと終わらせてやるよ」
だが、俺の異名を知っていた割には、男は徐々に落ち着きを取り戻してきた。
その表情は、何か奥の手を隠し持っている感じだ。
「ちっ、まさかテメエがこんなところに現れるとはな。だが、バカが、終わりはテメエの方だよ!」
「ああ?」
「俺たちカムアセイヌ団には、あの『魔人百人斬りのザウコ兄弟』が居るんだからな! テメエはもうおしまいだよ!」
何だ。他にもまだ仲間がいたのか。
それならここで終わらせとかねえと、またメンドクセーな。
「ザウコ兄弟? ああ、さっきの奴らか。気絶しているぞ」
いや、心配する必要はまるでなかった。
森の茂みをかき分けて、そこから良く見知った男が出てきた。
昔から変わらない、鋭い眼光と夕日を思わせる緋色の髪が特徴的な男。
「よお、ファルガ、俺が一番早くアジトを見つけちまったぜ」
「ちっ、まさかこの程度のクソ連中とは思わなかったぜ。お前らに話を持ちかける必要はなかったな」
ファルガ・エルファーシア。
大陸最強ハンターにして、エルファーシア王国最強王子だ。
あまりのビッグネームを前に目の前の男が大きく取り乱した。
「ファルガ? ひ、緋色の
そんで、何でこいつはそんなに格好いい異名で、俺だけダセーんだ?
少しガッカリな気分だ。
すると、目の前の男は震えながらも、まだ何かをやりそうだ。
「くっ、ザ、ザウコ、兄弟まで、くそ! くそ! くそ! だが、こんなところで捕まってたまるかよ!」
今度は何だ? そう思った瞬間、男は首から提げている小さい象牙のような笛を大きく吹いた。
なんだ? まだ仲間が居るのか? いや、そうは思えねーけど。
「くくくく、テメエらはもうお終いだよ。俺たちが『ブラックマーケット』で大枚出して購入した、魔国でも獰猛な魔獣パンサーリオン!」
パンサーリオン? 聞いたことがあった。
確か、魔国に生息する肉食魔獣。
図鑑で見たことあるが、強靱な脚力で獲物を捕らえて引き裂く、黒ヒョウにライオンの鬣を生やしたような、かなりメジャーな獣だ。
すると、森の奥から大きな足音と揺れが伝わってきて、奥から真っ黒い巨大な獣が涎をたらして俺たちの前に現れた。
「うわ~、こわ」
「クソ獣が」
いかにも俺たちを喰いそうだ。
鋭い爪に触れたら引き裂かれ、鋭い牙で噛まれたら簡単に砕かれるだろう。
俺たちが身構え、その瞬間パンサーリオンが俺たちに飛びかかろうとした。
だが、
「おすわり!」
「グルッ!」
突如聞こえた女の声。
「おっ♪」
「ふん」
その声に反応したパンサーリオンは急に姿勢を正して、お座りをした。
「な、なにいいい! ど、どうしてだ、パンサーリオン! こいつらを殺せ!」
パンサーリオンの思わぬ行動に動揺しまくる男。だが、俺たちには何が起こったのかすぐに分かった。
「行儀が悪いぞ」
「く~ん、ぐるう、く~ん」
再び聞こえた女の声と共に、パンサーリオンの背後から誰かが現れた。
いや、誰かと言っても一人しか居ない。
犯罪者の男が状況を忘れて見惚れるほどの美しさ。流れる銀髪と赤い瞳。
何故か、その服は白いエプロン姿という奇妙なギャップ。
しかし、その身に纏うオーラや気品は、凶暴と言われている魔獣が腹を見せて服従のポーズを見せるほどの威厳に満ちていた。
「むっ、ヴェルトとファルガが既に居るということは、私が最後だったか」
「よう、ウラ。お前、いつから魔獣使いになったんだ?」
「なっていない。森で偶然出会って、一睨みしてやったら、すぐに甘えてきた」
すっかり大人の女の仲間入りを果たすほどに成長した、ウラ・ヴェスパーダ。
その名に、目の前の男は完全に萎縮して腰を抜かしてしまった。
「ウラ? ウラだとおおお! あの、銀の
だから、何で俺だけダセー異名で、こいつらは格好いいんだよ。
「何で、何で! 緋色の竜殺し、銀の魔閃光、リモコン、……何でこの三人組が!」
だから復唱すんじゃねえよ! リモコンて何だよ!
ったく、どうしてこうなっちまったんだ? 俺とウラの本職は、今でもラーメン屋だ。
なのに、たまーに、ファルガがハンターとしての仕事を俺たちに手伝わせるようになってから、俺たち三人はいつの間にか三人組のパーティ扱いになって、エルファーシア王国の周辺では、俺とウラにまで異名がついてしまう始末。
小遣い稼ぎにはなるし、実戦経験も積めるから利点もあるけど、めんどくせえ。
――そして
「これで、クソカムアセイヌ団討伐か。さっさとタイラーでも呼んで、全員連行させて報奨金を貰うか」
気を失って倒れている一味全員を見下ろしながら、ファルガが一人一々に縄をしていく。
「まったく……私とヴェルトの本職はハンターではなくラメーン屋だ。昼時の忙しいときに連れてこられてこれでは、文句も言いたくなる」
「暇つぶしにはなっただろ」
「お前一人で瞬殺できただろうに」
「この間、クソタイラーがぼやいていたんだよ。俺が自由に動くのはかまわねえが、一人で行動されるのは困る。今後もそうなら、監視役をつけるってよ」
「お前は王子だから仕方なかろう」
俺は十歳の時以来、フォルナや同期の連中とは会っていない。
その代わり、気づけばファルガとウラの三人でよくツルむようになった。
ハンターの真似事したり、時には三人で組み手をしたりで鍛えられてる。
ファルガは相変わらず国に居たり居なかったりと自由奔放に生き、ウラはとはもう家族同然になっている。
ただし、ウラ自身も思春期からなのか……
「まぁ、いい。ところで、ヴェルト。せっかくだし……そ、その、ちょっと、デートでもしてから帰らんか? フルーツジュースでも……あ、そのあと宿屋で休憩もドンと来いだぞ! あっ、ファルガはさっさと帰れ。しっし!」
以前にも増してマセてしまい、というか俺も油断したら襲われて喰われてしまうほどベタベタだ。
「なぁ、よいだろ? ヴェルト。家ではなかなか二人きりになれんのだし……そ、その、お前が嫌なら一線だけは越えなくていいから……さ、先っぽ……だけでも……そろそろ……というか……」
まぁ、家には先生たちもいるし、何よりも鮫島への義理からも俺は最後の一線だけは超えずに逃げ回ってる……一線だけは……
「というか、そろそろいいのではないか? 私もお前ももう十五……成人として認められる年齢なのだし……父上もお前なら認めてくれるに決まっているし……」
そう、もうマセガキでは済まされない年齢にウラはなった。
そして、俺自身もようやく十五歳になった。
「聞いているのか? どうした、ヴェルト。お前は最近、一緒に居てもどこか遠くを見ている……ボーッとして……キスするぞ?」
さすが、ウラ。察しがいい。
確かに俺は最近、物思いにふけるようになっていた。
正直、今の俺の生活は満たされている。不満なんて一つもない。
戦争にも関わらず、安全なエルファーシア王国でずっと過ごし、ラーメン屋続けて、まあ、さすがにもうフォルナと結婚てのは無いだろうが、誰かと結婚してガキでもつくって、ジジイになって余生を迎える。そういう幸せもあるかもしれない。
いや、エルファーシア王国に居る連中は大半が、俺はそういう人生を過ごすと思っているだろう。
俺自身ももう少し先の未来ということであれば、それでもいいのかもしれないと思うときがある。
でも、もう駄目だ。俺は十五歳になってしまった。
「ずっと考えていた。フォルナたちと違う道を進んで五年。ああ、ようやく来たんだなって」
この世界で十五歳というのは大きな意味がある。
社会的な責任ある立場として、結婚もできるし、正式な就職もできる。
「来た? 何がだ」
「お前の言う通り、俺も十五になった……」
「ん、ん?」
「俺の生きる目的。ついに、俺はこの世界で自由に生きていける年齢になったんだっ。渡航や他国への入国。魔国の大陸や亜人国の大陸にも渡航の申請を一人で出来る。一人で行動が出来る。言ってみれば、ようやく俺も独り立ち出来るようになったってな」
「ヴェルト、お前、何を?」
俺の本当にやりたいこと。いや、やりたかったことは、一緒に居たウラやファルガも知らない。
フォルナですら正確には教えていない。
知っているのは、先生だけだ。
そして、俺は確信した。機は熟したと。
「ウラ、ファルガ。俺はな、国を出て、世界を旅しようと思っている」
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