第45話 選ばれた子供たち
選ばれた子供たちは、全員がやがての国の英雄になる。
大帝国軍士官学校に飛び級進学が決まった子供達のため、この日の夜は国を挙げてのお祝いパーティーを行った。
王都の噴水広場を中心にテーブルがずらりと並べられ、その上には数々の料理や飲み物を置き、街の連中が手に皿やコップを持って、宴に盛り上がっていた。
「やりましたな、お宅の息子さん!」
「がっはっはっは、さすがは俺の息子よ! 俺と同じで優秀な血が流れてるってもんだぜ!」
「なーに言ってんだい、この宿六は。ほんと、あの子があんたに似ないで良かったよ」
「我が公爵家としてこの結果は至極当然。この程度で喜ぶにはまだ早い」
「ううう~、ウチの娘が~、帝国に行っちまうなんてよ~」
「こらこら、あの子は我が国の代表として行くわけなんだから、笑顔で見送ってやらないと」
選ばれた子供たちの親を、街中の人たちが祝福の言葉を送る。
親たちの輪からは、涙や喜び、酔っぱらいの騒ぎ声がよく響いている。
そして、その輪からさらに奥へ進むと、噴水を背にしたガキ達が何十人も集まっている。
それは、以前まで俺の学友だった連中だ。
「よっしゃあ! これで俺も世界の英雄たちの仲間入りだ! 俺の将来も確約されたも同然」
「うん、僕も国王様や人類のために戦うことができて嬉しいよ」
「ちょっと、私たちはまだ軍に所属が決まったわけじゃないわ。キッキリ軍士官学校での卒業をしなければ、落ちこぼれと同じよ」
「う~、私なんかが、選ばれていいのかな~」
「ほかの国の奴らも集まるんだろ? どんな奴らが来るか楽しみだ」
「俺は怖いな~、あんまり気が乗らないよ」
「だったら残れば? あんたの他に行きたいやつはいくらでもいるんだからさ」
「俺は英雄とか勲章なんてどうでもいい。この暗黒の時代を終わらせてやるのが俺の野望だ!」
「熱くなるのはいいけど、勲章は重要だよ? 名誉はちゃんと形あるもので評価されてこそだよ。あの『少年勇者・ロア様』のようにね」
そこに居るのは、平民、貴族、王族筋、身分の差はなく、その才能を評価されて選ばれた子供達だ。
エルファーシア児童魔法学校の成績上位者の子供たちが、自分たちの進路に喜び合い、野望を語り合い、僅かな不安を口に出しながら、パーティーの中心で、大勢のクラスメートや大人たちから祝福を受けていた。
その輪を外から見ながら俺とウラはエプロン姿でこのパーティー会場に足を踏み入れた。
目的はパーティーの参加ではない。
ただの、出前だ。
「おや、ヴェルト! ヴェルトじゃないか!」
俺が来ていることに気づいたのは、シャウトだ。
その声に反応して、元学友たちや大人たちも一斉に振り返った。
「よお、シャウト、おめでとさん」
「嬉しいな、来てくれたんだね、ヴェルト」
「お祝いに来たわけじゃねえよ。パーティー用の料理にウチから餃子を千個差し入れに持ってきたんだよ」
「おお、それはありがとう! いや~、実は僕も君の店の料理を食べてみたかったんだよ。ただ、なかなか行く機会がなくてね」
「まあ、忙しかったんだろ」
ついこの間、俺と戦って半泣きしていたシャウト。
しかし、今ではこの選ばれた子供たちの主席として、どこか貫禄が見えてきた。
その立ち振る舞いが、どこか自信に満ち溢れているように見えた。
すると、シャウトが何かに気づいて俺の後ろを見る。その視線は、俺の背後に立っているウラに向けられていた。
「おっ、ところで、その後ろに居るのは、ひょっとして噂の?」
「おお、ウラだ。おい、ウラ、こいつはシャウト。元クラスメートで、タイラー将軍の息子だ。挨拶しとけ」
「……」
だが、ウラはペコリと軽く会釈をするだけで、いつもの接客のサービス笑顔がない。
多分、これだけ大勢の人間の輪の中に居て緊張しているんだろう。
それに、多少は打ち解けて来たものの、ウラは店の常連客以外とはまだ関わりが少ない。
自分がどういう存在かを理解しているからこそ、あまり目立とうとしなかった。
だが、そんなウラの気持ちに関係なく、俺の周りに続々とガキどもが集まってきた。
「おっ、ヴェルト! 久しぶりじゃねーかよ!」
「ほんとだ、ヴェルトくん! どうしてここに!」
真っ先に駆け寄ってきた二人。
成績十位:シップ・トンロー。大工の親父を持つ平民の息子。
成績九位:ガウ・スクンビット。城の衛兵の父を持つ平民の息子。
二人は幼馴染らしく、良くつるんでいるのを見かける。
「あ、ヴェ、ヴェルトくんだ。あっ……元気そうでよかっ……あっ……ダレアノコ? ああ、魔族の……あの様子、ヴェルトくんに……はぁ……ヴェルトくん……『また』なの?」
「うん、学校辞めたときは少し寂しかっ……ペット? 怖いよ? どうしたの?」
成績八位:ペット・アソーク。公爵家の娘のお嬢様。
成績七位:チェット・アソーク。ペットの双子の兄。
公爵家のエリートだが、二人共性格は臆病で、素行の悪かった俺とはあまり話したことが……ペットとはまぁ、数年前に色々とあったが……
「ふん、彼ね。自分勝手に生きて、のんきなものよね。まあ、彼が国王になったとき、私たちがしっかりとしないといけないわね」
「くだらない。キョーミなし」
成績六位:ホーク・ナナ。戦争孤児で教会育ちの娘。
成績五位:ハウ・プルンチット。騎士団所属の父を持つ娘。
ホークはメガネをかけた委員長タイプでクラスのまとめ役で、よく俺をウザがっていた記憶がある。
ハウに関しては、子供では珍しい誰にも媚びない一匹狼タイプで、一人で行動していた奴で、あまり話したことはない。
「そう言うなよ。あいつ、結構面白いよ。それに一緒に勉強した仲間じゃないか」
「うん。魔法使えないけど喧嘩は強いしね。でも、一番強いのは不幸があってもメゲない心だって父様が言ってたよ」
成績四位:シー・チウロム。現在国王相談役で元大臣の孫
成績三位:サンヌ・エカマイ。王都の商会トップの娘。
シーは同期の中で一番特徴がないのが特徴。というより、名前が張り出されて今日初めて名前を知った。
サンヌは同期の中で一番可憐で可愛くて優しい金持ちお嬢様。まあ、俺とはあまり関わりがなかったけど。
こうして見ると、全員が同じ学校で学んでいたのに、ほとんどが別に友達というわけでもない……が、色々と思うところがあって、俺も感慨深い。
そして……
「ヴェルト、お前、学校辞めて魔法もロクに覚えないで何やってんだよ!」
俺を見るやいなや、非常に不愉快そうな顔を浮かべながら俺に近づいてくるガキ。
相変わらず、ガキのくせにその目は野生の獣のように鋭く、熱い光を帯びている。
「よう、バーツ」
先日俺にへこまされたものの、成績だけなら学年二位:バーツ・クルンテープ。酒場のマスターの息子。
座学ではシャウトに及ばないため、成績こそ二位だが、実戦での実力は実質同期の中でもトップと言ってもいい。
まあ、フォルナよりは弱いだろうけど……
「ヴェルト、お前は本当に来ないつもりか? 姫様や国王に頼めば、お前も推薦で来れるかもしれないぞ?」
「はあ? なーに言ってんだよ。さすがにそれは無理だろ。大体、学校行ってたころも成績ドンケツの俺が、天才児たちの学校に通う? 初日でギブするね。つか、そもそも興味もねーし」
「ッ、お前、それで本当に何も思わねーのかよ!」
その時、バーツが俺の胸ぐらを掴んで怒鳴り声を上げた。
自然と会場がその声に反応し、静寂が流れた。
「ヴェルト、お前は今のこの世界を見て、何とも思わねーのかよ」
「はあ?」
「お前はいずれこの国の王様になるんだろうが。なのに姫様だけを戦場に行かせて、自分はこの国で気楽に暮らす? 情けねーと思わねえのかよ。お前はそれでも、男かよ!」
純粋な目で、結構痛いところをついてくる。
まあ、魔法学校をやめた瞬間から、俺はこの世界で戦うことを放棄した人間と見られても仕方ないんだけどな。
「なあ、バーツよ。お前はよく、暗黒の時代を終わらせるって言ってたが、それって戦争を無くすってことだろ?」
「そうだ。魔族と亜人と人類の三竦みの時代。どの種族も途方もない犠牲と悲劇を生み出してきた。それを一刻も早く終わらせることが、この時代に生まれた俺たちの使命なんじゃないのか!」
バーツの瞳と心は、俺が既に忘れてしまった純粋さと、真っ直ぐな正義が篭っている。
俺にはそれがバカらしいと思う反面、心の中ではこいつを結構気に入っていた。
「ヴェルト、お前は魔法が使えなくても喧嘩だって強い。口が悪くて勉強もできないけど、頭の回転だっていい。友達少ないけど、誰にも物怖じしないから、一度関われば色んな人と仲良くなれる。フォルナ姫や、そこにいる魔族の子みたいに!」
「何だよ、ボロクソ言った後はベタ褒めか? よせよせ、照れるじゃねーの」
「そうじゃねえ! お前にやれることだって幾らでもあるはずだ! その役目さえ見つければ、きっと俺たちの大きな力になってくれる! それなのにお前は、興味ねえとか関係ねえとか言って、この世界を見て見ぬ振りするのかよ!」
ああ、そうだ。俺はこの先、こいつと同じような目は絶対にできない。
どこまでも純粋で打算も裏表もない。
こういう奴が、いずれ呼ばれるんだろうな。
世界が認める「英雄」とか「勇者」と。
俺には一生縁のない言葉だ。
「バーツ、お世辞じゃなくて、お前はマジでカッコイイな」
「な、なんだよ、いきなり!」
「だからこそ、正直に言うぞ」
俺は所詮、その程度なんだ。
戦争なんてものは、遠く離れた世界のものにしておきたい。
魔王との出会い、ギャンザとの対峙、洞窟内での惨劇。
これから先、何度も命をかけて、ああいう場面を乗り越えてでも世界を変えようとか、全然そんな気持ちになれない。
「俺には興味ねーし、他にやりたいことがある」
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