第31話 俺は既に一回死んだことがある
魔王の最後の大暴れは収まったとはいえ、場の混乱はまだ続いている。
「危険だ、今すぐ魔王の首を刎ねろ!」
「ま、待て、通常であれば公開処刑に踏み切るべきだ。残る七大魔王への牽制にもなるぞ」
「そうだな。それに、まだ利用価値もあるだろう」
「何を悠長な。生かしておいて、何かあっては遅いのだぞ?」
意見が分かれている。
今すぐ首を切り落として勝利の勝鬨をあげるか?
それとも、しかるべき場所で裁きを行うか?
どちらにせよ、俺たちには好都合だった。
「ギャンザ様! ご意見を、お願い致します」
だが、ギャンザは何も言わない。
呆然としたまま、何を考えているかわからない表情で、動かなくなった魔王と折れたサーベルを見ていた。
あと一歩で負けていたということに対するモヤモヤか?
だが、どーせこの女の思考を考えようとしても時間の無駄だ。
「ウラア!」
だから、俺は考えない。
「ッ、ギャ、ギャンザ様!」
誰も警戒していなかった。
戦いは終わりだと思って気が抜けていたんだろう。お粗末なものだ。
俺は、呆然としているギャンザめがけて、警棒を回転させながら後頭部目掛けてぶん投げた。
まあ、だからって、そう都合よく当たるわけないが。
「なっ、つっ! 新手ですか?」
僅かな気配で察したんだろう。アッサリ避けやがった。
まあ、当たるとは思ってなかったけど、これで俺はこの場に居た人類大連合軍に一斉に注目されてしまった。
「な、なんだ、あの小僧は!」
「ま、魔族じゃないぞ! 人間の子供だ」
「坊主、こんなところで何している。いや、お前は今、とんでもないことをしたと分かっているのか!」
人間の子供が現れた。
何でこんなところに? それどころか将軍に攻撃をした。
思っていた通りにどよめきが走っている。まあ、一部殺気がスゲー怖いが。
だが、覚悟していたことだ。
俺は両足の震えや、心臓のバクバク音をさとられないよう、ただ、強がりで叫んだ。
「俺の名前はヴェルト・ジーハ! テメェら全員、その魔王から離れろ! そいつは、俺が連れて帰る!」
そんなキョトン顔するなよ。まあ、予想していたことだけど。
だが、一番最初に反応するのが、この女になるのは想定外だった。
「魔王を連れ帰る? ボク、何を考えているのか、お姉さんに教えてくれませんか?」
子供のイタズラすら気にしない優しいお姉さんを全面に押し出すギャンザだが、やっぱり怖い。
笑顔の後ろで闇の瘴気が溢れている。
ビビっちまう。
だが、ビビったら負けだ。
「そいつは俺のダチだ。だから、テメェらに喧嘩売ることになっても、俺はダチを助けることを選ぶ」
「ダチ? ボク、何を言っているの? 人間の子供の君が、怖い怖い魔王の友達? 嘘はいけないわね」
「ふん、嘘か本当かなんて、あんたにはどっちでもいいだろ? だって、あんたの節穴の目と残念な頭は、都合の悪いことは全部、たとえ白でも黒にしちまうんだから」
おっ、ちょっと笑顔の口元がピクリと動いたな。頭にきたか?
生意気なクソガキの悪口に、簡単に反応しやがった。
「あのガキ、なんて無礼なことを……」
「殺されるぞ?」
「つか、魔王とお友達って……子供なんだから、嘘をつくなら『自分は勇者だ』とか、そういうのにしとけよ」
いや、勇者は無理だろ。だけどまあ、これで、逃げることはできなくなったわけか。
「うっ……つっ……ぐっ、あ、あさ、くら?」
その時、瀕死のシャークリュウが僅かに動いた。
今にも閉じそうな瞼の奥の瞳が俺を捉えた瞬間、奴は声を張り上げた。
「って、あ、あさく、馬鹿野郎! おま、お前は、何でここにいる! 何で逃げてねーんだよ!」
魔王が意識を取り戻して叫んだ。
当然、人類大連合軍は咄嗟に武器を構える。
だが、魔王にトドメを刺そうとする一部の兵士たちと、その兵士たちを止めて、魔王と俺のやりとりの様子を窺おうとする者たちに分かれた。
「よー、生きてっか、魔王様? 二度目の転生はまだしてないようだな」
「ぐぅ、ば、ばかや、何のために俺や皆が命を懸けたと思ってやがる! お前とウラに生きていて欲しいから……」
「あー、安心しろ、ウラはとっくに逃げてるから。それを確認して俺はここに戻ってきたんだよ」
まあ、嘘だけどな。
今、俺が注目を集めている中で、ウラはドサクサに紛れてこの大空洞に忍び込み、隠れてあるチャンスを待っているんだけど。
「ッ、そうじゃねえ! 何でお前も逃げなかったんだ! 俺が頼んだのは、ウラを逃がして、そしてこれからは俺の代わりにあいつをお前に守ってほしいってことだ!」
「だから、なーんでそれを俺がやんなくちゃいけないんだよ。俺は了承してないぜ?」
「あ、あさくら……おま、お前!」
おお、ガチ睨み。やっぱ怒ってるわ。
「お、おい、なんだこのやり取りは?」
「魔王の性格が変わってないか?」
「そ、それより、あの小僧、さっきから魔王とやけに親しげで……ダチって本当なのか?」
「何者だ、あの小僧は!」
人類の脅威でもあり、宿敵でもある恐怖の魔王。
それが、人間の子供とタメ口で言い合っている。
確かに、この光景を理解できるのは俺とシャークリュウ以外誰もいないだろう。
「ボク、何者? どうして、魔王とそこまで親しいの?」
ギャンザの笑顔が消えた。まるで罪人を問い詰めるかのような物言いだ。
まあ、気になるのはわかるが、どうせ言っても信じてもらえないだろ?
「さーな。なんでも分かるあんたの思った通りでいいんじゃねえの? 魔王に誑かされてるとか、実は俺は見かけは人間だけど中身は魔族とか、人類の裏切り者、なんでもいいよ。好きなレッテル貼りな。不良にレッテルはつきものだから、慣れてるさ」
「な……にを、馬鹿なことを」
「そうさ。人間、亜人、魔族、この世界には色んな種族がいるようだが、俺はその中でも最も愚かでバカな種族、不良だ。覚えておきな!」
両親を襲った亜人に無我夢中で襲いかかった時とは違う。
俺が生まれて初めて体験する、命をすり減らす戦い。
言葉や気持ちで覚悟は決めたが、やっぱり怖いことには変わりねえ。
ほんの僅かな手違いで、簡単に殺される。
でも、やるしかない。
「ウラ…………ゼッテーこいつの隙を作る…………俺が合図を出したら、頼んだぞ」
自分の目的を小さく呟いて確認しながら、俺は前を向く。
でも、大丈夫。
死への恐怖を感じたら……
――俺は既に一回死んだことがある
こう思えばいい。
「行くぞ!」
俺は走る。
「やめないか、坊主!」
「まったく、どこから入ってきたんだか」
「おとなしくしなさい!」
兵士たちが仕方なさそうに「落ち着いて」と優しく俺を止めようとする。
ギャンザまでの道に壁ができた。だが、それは想定通りだ!
「そんな壁じゃ、俺は止められねーぜ!」
俺はジャンプした。
十歳の子供のジャンプ力ではない。
大人の背丈を軽々飛び越えて、空中を歩くように駆け抜けた。
「なっ、ととととと、飛んだ!」
「なんて、なんてジャンプ力だ、このガキ!」
「ただものじゃねえ、演技してやがったのか!」
もちろん、俺の通常のジャンプ力で人垣を飛び越えることはできない。
なら、どうやって超えた? 答えは簡単だ。
「あれは、
もちろん、空を自由自在に飛び回る超高等な飛翔の魔法なんて、俺は使えない。
俺の使える魔法は一つだけ。
俺は、自分の靴にレビテーションをかけて、俺ごと浮かせて前へ進んでいるに過ぎない。
こいつらが、勝手に勘違いしているだけだ。
「いくぜ!」
斜め下に向かって、俺はもう一本の警棒をギャンザに向けてぶん投げた。
真正面から工夫なく。まあ、これも当たるわけがない。
「ッ、愚かな! あっさり武器を投げ捨てるなど……」
簡単に回避された俺の警棒は地面に直撃した。
だが、その瞬間、激しい音を立てて地面を砕く。
「えっ……」
ギャンザの表情、そして、人類大連合軍が目を疑うような表情で固まっている。
子供が投げたただの棒が、地面にめり込むどころか、砕くほどの破壊力を秘めていたからだ。
「な、なんだ、あの威力は! あ、当たったらとんでもないことになっていたぞ!」
「どうやったんだ? あの武器に、何か仕掛けでもあるのか?」
そうだ、実は俺ってケッコースゲー奴? って、せいぜい思っていてくれよな。
「いくぜ、ギャンザ!」
兵の壁を飛び越えた俺は、素手のまま、一直線にギャンザへ走った。
これで、俺たちを阻むものは誰もいない。
さあ、どうする?
――あとがき――
せっかくの休みなので、唐突に深夜更新です。これからも唐突にやるかもしれませんので、いつ更新しても分かるように、作品フォローよろしくお願いしますです~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます