文永の役 及暮乃解

 午後になり戦いは完全に膠着した。


 麁原山と愛宕山に堅い守りを作る<帝国>軍。


 それでいてあえて一部の部隊を突出させて誘うような布陣。


 対して垣楯を並べて堅い守りにはいる<島国>勢。


「ここで突撃をしたら勝てると思いますか?」


「ふむ、無理でしょうな。奴らの音から大まかな行動は読めますが、撤退が罠だと疑念が生じた時点で攻め手が無くなりましたわい」


「それは仕方がありませんね」


 それ以外に赤坂山の報告から敵は山の後ろに隠れるように大軍を配置していることはわかっていた。


 いかに鎌倉武士といえど負け戦を興じるような趣味はない。


 堂々と罠を張る<帝国>に対して、大将少弐と野田は麁原から百道原一帯に<帝国>を封じ込めるように兵を展開した。


 もちろん相手の矢が尽きるように垣楯で前進するが、<帝国>はほとんど矢で反撃しなくなった。


 そこで騎兵による突撃すると一気に矢の嵐が巻き起こる。


 つまり完全に<島国>の戦術に対応したのだった。


 さらに防備に関しても楯を二重、三重に張って矢を防ぎきっている。


 このような状態で干潟から攻め入ったところで、今度こそ包囲されて殲滅するかもしれない。


 一度目で相手のやり口を理解し、二度目で同じ手を喰らうなど末代までの恥。


 少弐以下家臣団はそこまで検討してできる事がなくなったと悟る。


「それから愛宕山に向かわれた大友殿も動きがなくなりましたな」と野田がごちる。


 ふぅ、とため息をつく少弐。


「結局、麁原の騎兵は動かなかった……」


 あの時、一部の騎兵は突撃をしてきた。


 しかし麁原山の山頂の騎兵は一切動かなかった。


 少弐を含めた武士にとって、合戦とは勢いに乗じて、反撃の機会を与えずに、打ち倒すものだと理解していた。


 南に避難する時、たしかに<帝国>に勝機があった。


 損失を覚悟した大突撃をすれば容易に分断ができたはずだ。


 それなのにしなかった。


 しなかったのだ。


「ふむ、地の利がある我らに対して、初日に地形を読み、自らを囮に麁原包囲を誘導する、途中で罠と気づかれて殲滅が無理と見ると手堅い防衛戦を行うと……そのような将がいるとすれば、それは――」


「――それは化け物の類ですね」麁原を眺めながら少弐が言う。


「ほっほっほ、ではその<帝国>の化け物がこの後どう動くか見せてもらいましょう」


 軍師野田、この時代には珍しい漢文が読めて内容を理解できる武士である。


 彼は博多大宰府を治める少弐家に仕えている。


 その出自から幼少期より大陸由来の書物を読みふける乱読家でもあった。


 しかし彼の知識が活用されることはなかった。


 鎌倉時代とは、騒乱は多くても万の大軍がぶつかり合う一大決戦はほとんど起きない――そういう時代だった。


 どれほど知識を得ようとそれを披露する機会がなかった。


 それがついに知略を駆使するべき強敵が現れた。


 それに少なからず歓喜していた。


 「さあ、ワシに大陸の軍略、次の一手を見せてくれ」


 野田は相手から全てを学ぶつもりだった。


 そして――。






 夕方まで膠着状態が続いた。


「くっはっ! まったく動きがありませんでしたわい!」


「仕方ありませんね。今より陣を解いて大宰府へと移動します」


 それは言ってしまえば水際での上陸阻止が失敗に終わったのだ。


 ならば次の手はどうするか?


 少弐や大友たちが出した答えは当初の予定通り持久戦をすることだった。


 大将少弐たちは他の沿岸からの増援の上陸と夜襲の可能性を考慮して大宰府を防衛することにした。


 今の状況は麁原と愛宕に各二千の兵を張り付けて二か所同時の攻城戦。


 その上で兵站基地である博多を守る。


 それは初日に動員可能な兵力からみて不可能と考えた。


 それよりも博多に四千を布陣して敵およそ二万前後に攻城戦をさせる。


 この持久戦の間に鎌倉から援軍十万が来れば一気に形勢が逆転する。


 少弐たちは味方が必ず来るという前提で籠城戦を始めることにした。


「お前たち、これより大宰府守備のために住吉神社と筥崎宮そして息の浜の三手に別れて近くの川に陣をはるのだ! 川を渡られたら九州の終わりと思え!!」


「えい! えい! おう!」と皆が三度叫ぶ。


 大友が活を入れて、戦闘に参加しなかった兵たちを夜間の防衛につかせた。




 ――住吉神社。


 五郎たち怪我人は住吉神社の救護場へと移っていた。


 兵站基地であるここには物資が集まっている。


 兵たちの手当てをする場所を併設したのだ。


 筥崎宮にしなかったのはここが赤坂の薬院に近いというのも理由にある。


「五郎、お主も無茶を続けるな」


「無茶苦茶ですよ。オイラもう死ぬかと思った」


 今日一日の行動を振り返り三郎は呆れ、籐源太は顔が青ざめる。


 夕暮れまでには麁原の化け物の話は一般兵にまで知れ渡り、明日は何を仕掛けて来るのか戦々恐々となっていた。


「拙者も……反省している……それでも勲功を二つ上に報告してもらえるはずだ」


 包囲殲滅阻止の後、五郎は少弐に手負いの功と先懸の功の二つを申請した。


 それに対して少弐は『先懸の功に関しては上に確認を取らせてもらいます』といわれた。


「まあまあ、生きていてなによりですよ。それより父上、武器防具の類がほぼ使えなくなりましたがどうします?」


「それから馬も一頭亡くなり、三頭は怪我で無理はさせられません」


 と息子二人が問題点を指摘する。


「……かくなる上は皆の矢に名を書いて、恥を忍んで座りながら矢戦に参戦するしかないか」と三郎。


「父上ぇ……母上に殺されますよ」


「…………オイラ帰っていいですか?」


「なんにしても戦う手段がもうほとんどないな」と五郎もつぶやく。


 旗指をしていた三郎二郎の馬が射殺されいる。


 他には季長の黒馬、三井三郎の白馬、そして籐源太の馬も負傷していた。


 怪我に関しては季長と三郎二郎そして籐源太の三人だ。


 弓は予備の数丁があるが、この矢戦の応酬具合いだと翌日には全て壊れるだろう。


 ついでに五郎は太刀も失った。


 つまり翌日以降は矢傷手負いの身で、座りながら矢戦をする。


 それ以降は投石ぐらいしかできない状態だった。


「うーん……こうなると石に名を書いて投石するか……」


「父上ぇ……」「母上が黄泉の国まで追いかけてきますよ」


 投石が当たる範囲というのは乱戦一歩手前の事だ。


 怪我で動けない中での乱戦など討死確定だった。


「ははは、流石に冗談だ、冗談だ――」


 明日以降は功績をあげられない。


 そうなると果たしてこれだけの損失を埋めるほどの恩賞――領地を得られるだろうか。


 その現実がのしかかり始めた。


「ん? なにか外が騒がしいような……」


 五郎がそう言った時に、「火事だー!」と叫ぶ声。


 五郎は片足で跳びながら外に出る。


 周りのすべての怪我人も同様に外に出る。


 火事の場所によっては焼死してしまう。


 傷の悪化で亡くなったら討死の功だ。


 しかし火事で亡くなったら、ただの事故死だ。


 恩賞がもらえない可能性がある。


 生死を彷徨ってる場合じゃないと言わんばかりにほとんどの怪我人が外に出る。


 住吉神社は燃えてない。


 博多も燃えてない。


 だがその先の筥崎宮が――。



 初日に寝泊まりした筥崎宮が燃えていた。




 ――――――――――

 やっと布陣図ともお別れだ。

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