あなたと私 73日目
午前七時を告げるアラーム音が騒がしく鳴り始め、九月に入って最初の朝を知らせてくれる。
それより五分ほど早く目が覚めていたので、慌てることはなくワンフレーズだけ耳にしてから片手できちんと止める。
季節の変わり目なのに加えて今日からいよいよ新しい子が入社してくるのもあって、今までと少しずつ環境が変わり始めていることに僅かに億劫さを感じ始めていた。
その変化と一緒になって鈴音の言葉も混ざり始め、徐々に胸の奥を締め付けだしていく。
彼女から直接時間の猶予を貰ったあとは、今までと同じ偶然知り合った『友達同士』の関係を続けていて、昨日の帰りは鈴音と会うことすらなく一日を終えていた。
これは鈴音なりの配慮ということには気づいていて、それには感謝していると同時にいつまでも待たせるわけにはいかないので、早く納得のいく答えを見つけ出さなければならないことも分かってはいた。
けれど、心の中でつっかえているものが、その先へ進むことを未だに拒み続けている。
その正体は未だに見えてくる気配はないけれど、それが今の私にとって大きな障壁になっていることだけは確かだった。
答えを出しあぐねいていることに頭を抱えながらふと時計を見れば、その事を考えているだけで十五分も経っている。
本当はもっとそのことを深く考えていたいけれど、今日からしばらくは新しく入ってくる子のために今日は少し早めに出ないといけないので、この事を一旦端に寄せて急いで家を出る準備を始めていた。
もし、学生の頃に少しでも人に興味を持ったり誰かを好きになっていたりしたら、今抱えているこの感情の正体が何か分かったりしたのかな……。
* * *
「初めまして、小松です。今日からよろしくお願いします」
会社の朝礼で全員の前で新入社員が順に挨拶をしていき、私の部下に当たる子に回ってきて彼女は深々と頭を下げていた。
自分にもこんな時があったのかなとぼんやりと思いながら、初めて対する彼女を拍手と共にじっと見つめてみる。
背丈は鈴音に近いけれど彼女の方が少し高めで、体つきもこの新入社員の方がほっそりとしている。
顔つきは鈴音より輪郭がはっきりしているけれど、目元から感じる柔らかさは何処か通じるものがあった。
それから、声の方は——。
……と、ここまで観察していて、その全てが自然と鈴音と比べてしまっている自分がいることに気付かされる。
別にそういったつもりで見ていたわけではないが、背格好だけが少し似ているだけで何処か彼女と勝手に重ねようとしてしまっていた。
「では、小松さんはしばらくの間三ヶ島さんの元で頑張ってもらいますので、後はお願いします」
我に返ったところで、工場長から呼ばれたのもあって慌てて彼女の前に急いで立つ。
「分かりました。では、すず——」
これはきっと焦りとさっきまで彼女のことを考え続けていたせいなのだろう、危うく新入りの子に対して『鈴音』と呼びかけてしまう。
「……小松さん、ですね。まずは工場内を案内するから、ついてきてください」
咳払いを一つして言い直し、何事もないかのように振る舞いながら工場の案内し始めていた。
いきなり名前を呼び間違えられそうになり、小松さんも困惑してしばらくおろおろしていたけれど、置いていかれそうになるのを察して慌てて後ろをついて来てくる。
最初からこんな失態をする羽目になってしまい、彼女に対する申し訳なさとプライベートを切り分けられていない自分の不甲斐なさに、頭痛がしてしまう。
こんな調子でこれからやっていけるのか、その不安はお互いの心に宿ってしまうことになってしまっていた。
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