第239話 正宗再来12
病み上がりにこんな手紙を書いたせいか、また熱が上がってきた気がする。
ほっぺたに手を当てて少し休もうかな、と思っていた矢先に遠くから「困りますぅ」と引き止める根津子の声が聞こえてきた。
続いてどたどたと廊下を踏み鳴らす音がして、ぎょっとして掛けふとんを掻き抱く。
前に腹痛を起こして桜姫のお迎えをサボったら、兼継殿が乗り込んできた事を思い出したからだ。
ま、待って待って!? 心の準備が出来てない!!
追いすがる根津子を振り切り、すぱんと障子を開いて顔を出したのは 正宗だった。
寝間着姿の私を見て、さすがにぎょっとした顔になる。
「何だ、本当に病だったのか? ははは! 馬鹿でも風邪を引くんだな!!」
「なにィ!?」
この世界の男どもはどうしてこう、相手が病気となったら攻め寄せてくるんだろう。敵の弱いところを突くのが戦の基本とはいえ……!
「援軍を呼んできます!」
根津子が一時退却したのを目の端で捉え、私はぎりりと正宗を睨みつけた。
びくびくした分、怒りが三割増しで正宗に向かう。
「正宗殿。言っていい冗談と悪い冗談がありますよ?」
「馬鹿だろうが。お前は」
正宗が真顔で返して来て、私の怒りに更に拍車がかかった。
文句を言おうとしたら、正宗が膨れたほっぺたを潰すように私の顔を鷲掴む。
「何しゅんですか! 離してくらさい!!」
「お前は、あれだけ言われても解らない大馬鹿だ。だが馬鹿だったおかげでまだ間に合う、そう思えば悪くないかも知れん。これからは馬鹿でも解るように教えてやるから覚えておけ」
「は?」
真剣な顔で馬鹿馬鹿連呼しているけれど、喧嘩を売りに来たんだろうか。
顔をぶんぶん振って手を振り解いた私を覗き込み、正宗がにやりと笑った。
「今日はお前に、頼みがあって来た」
「断る」
*************** ***************
怒れる私にはお構いなしで、正宗が遠い目になる。
「俺の乳母が出羽の山麓に住んでいる。乳母は母上とも懇意にしておるのだが、病に罹ってな。母上が見舞いに来るらしい」
「帰れ」
「母上は出羽の伯父貴のところで暮らしている。もう何年も会っておらん」
「帰れと言ったのが聞こえませんか」
「……俺は母上にお会いしたい。しかし出羽の国境は伯父貴の霊獣・妖狐が守護している。だが妖狐退治ともなると、俺ひとりの力ではどうにもならん」
「親戚の霊獣なのに、何で倒す気満々なんですか」
「館と茂上は、昔から折り合いが悪いからな。ましてや伯父貴は警戒心が強い」
「正宗殿が野心満々だからでしょう。土下座でもしたら通してくれますよ、きっと」
「そこで戦狂いのお前の力を借りたいという訳だ。どうだ? 妖狐退治に興味は無いか?」
「……」
こんなに平和主義な私を“戦狂い”とは何事か。
そうツッコミたいけれど、茂上の霊獣『妖狐』に興味があるのは確かだ。
兼継ルートの最終戦『長谷堂城撤退戦』は、兼継殿が霊獣・妖狐と戦うことになる。ゲームでは右近と左近・二体の妖狐が居て、同時に倒さないと片方が回復させるという、RPGでありがちな面倒くさい戦闘をしつつ撤退する。
こっちでも二体いるなら、片方倒しておいたら楽になるんじゃないかな……?
それが無理でも妖狐と直に対戦出来たら、何か弱点を見つけられるかも知れない。
「……母上様にお目にかかりたいのなら、仕方がありませんね」
「よぉし、決まりだな!!」
ぱん、と手を打って立ち上がった正宗の背後でばたばたと音がして、六郎を筆頭とした数名の家臣たちが正宗を取り巻いた。
怒りを押し殺した表情の六郎が、正宗を見据える。
「館殿。先日こちらからお送りした文は、まだご覧になられていませんか?」
「おおそうだ! それで来たんだ。お前、何だこれは!?」
正宗が懐からくしゃくしゃの紙を取り出し、大声で怒りながらばっと私の前に広げてきた。それには墨痕鮮やかに「出禁」の二文字が記されている。
「出禁、と書かれているのが読めませんか? 出入り禁止という意味です」
「俺のところに間違えて送られてきたぞ!!」
「間違えてなどいませんよ。あれだけ我が邸を破壊して帰ったのです。当たり前でしょうが」
ぐぬぬ、といった顔つきで、正宗が押し黙る。私はちょいちょいと六郎を呼び寄せ、持ってきた文を受け取り正宗に差し出した。
「ちょうどそちらに送るところでした。先日の損害をまとめた請求書です。龍が破壊した障子が四枚、果実酒をぶちまけて使い物にならなくなった畳が二枚。耳を揃えてこれらを弁償して下さい!」
罪状を突きつけるようにばっと文を広げると、正宗がそれをひったくって高らかに笑った。
「ははは! この程度か。よぉしこの邸すべての障子と畳を張り替えてやる! その代わり先刻の件を忘れるな。月の半ばに迎えに来る。逃げるなよ!!」
高笑いしながら独眼竜を呼び寄せた正宗は、張り替えたばかりの障子をぶち破ってそのまま帰って行く。
「こらあ待てい!!」
その声は、上空高く逃げた正宗には届かない。
龍の衝撃から庇ってくれた六郎を見上げ、私はぎりぎりと歯ぎしりした。
「……もう一度、『出禁』の文を出しておいて」
「御意」
+++
「何だこれ? 誰宛てだよ」
文を仕分けしていた門馬は、宛名が書かれていない城代の文を手に首を傾げた。
一緒に渡された方の文には、越後の姫君の宛名がある。ならばこれも越後行きの文だろうか。
封がされていないのを幸いに中を覗くと、「私も好きです」と一言だけ書かれてある。ご丁寧に城代の花押入りだ。
なんだよ、いきなり干し柿の感想か?
いや、干し柿がお好きなのは信倖様だったな。
「……後で確認するか」
ただの書き損じかも知れないしな。
門馬は宛先不明の文を懐に仕舞い、仕事に戻った。
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