第237話 初めての贈り物3


 ……は? 


 頭が真っ白になる。びっくりし過ぎて身体が動かない。


 だ、だって兼継殿の好みのタイプは「賢い女の子」で。

 私は兵法も生薬の事も教えて貰ってばっかりで、全然賢くない。それに今は桜姫が兼継ルートに進んでいる筈なのに。どうして。


「か、かねつ……」


 我に返って身動みじろぐと、兼継殿の腕に力が込もる。


「お前はどうだ。少しでも、私を想ってくれる気持ちはあるか?」

「え……」


 そりゃあ私は『雪村』ですもん、兼継殿は好きに決まっているじゃないですか? 

 子供なんて好きじゃないのに 面倒見が良かったところも。

 困っている時は黙って助けてくれるところも、怒ると怖いところも。全部。 


 ……兼継殿が好き。大好きです。

 でもそれを伝えてどうなるっていうんだろう。だって


「あはは。やだなぁ兼継殿、私は男ですよ?」

「私はお前に言っている。雪」

「雪村が男なのですから、ここでは私も男です」


 肩を強く掴んで、兼継殿が正面から私を見据えてくる。


「誤魔化さないでくれ。そしてこれは先に告げておく。もしもお前が私の想いに応えてくれるのであれば、私はお前を男に戻すつもりは無い」

「え……」

雪村もとに戻さぬのは私の咎だ。お前は何も悪くない。だからこのまま、私と共に生きてはくれないか」

「……」


 どうしてそんな事を言うんだろう。


 兼継殿はまだ、私が『雪村に戻れた』事を知らない。

 そして雪村に戻ったら、もうこの世界には居られないって事も。


 私は兼継殿に、それを知られるのが怖かった。

『契る』以外で戻る方法があった、それを兼継殿に知られたら、きっとその方法を早々に見つけ出してしまう。 

 それは兼継殿に、『ここに「雪」は必要ない』と言われたのと同じ事だ。


 それを知るのが怖くて、だから言えなくて。


 桜井くんを巻き込んで、『雪村を戻す方法』を自力で見つけようと足掻いていたのは、本当はそんな浅ましい理由からだ。


 だから兼継殿がこんな事を思っているなんて 考えもしなかった。

 でもそのせいで、また負担を掛けた。

 私の罪悪感を肩代わりさせたいんじゃない。そんな事は出来ない。


 どうしていつもこうなんだろう。

 いつもいつも迷惑をかけて、報いる事も出来なくて。


 黙っていようと思っていたのに。望むべきじゃないって、それなのに。


「そんな事を言われたら……元の世界に戻れなくなるじゃないですか…………!」


 ここに残りたいと思ってしまう。兼継殿に 会えなくなるのが辛くなる。 

 雪村の人生を、奪うことなんて出来ないのに。


「元の世界に戻るとは、どういう事だ……!?」


 小さく呟く声が聞こえて。

 涙が出て来て止まらなくなって。どうしていいか解らなくて。


 気が付いたら、私は兼継殿の手を振り解いてお邸を飛び出していた。



 ***************                ***************



「お熱は下がりましたけれど、まだ具合が悪そうですねぇ。もう少しお休みした方がいいですよぉ」

「もう大丈夫だよ。心配かけてごめん」


 額に手を当てた根津子が、心配そうに羽織をかけてくれる。まだ少し怠いけれど、熱は下がったから大丈夫。

 布団の上で身を起こし、私は苦い薬湯を飲みながら笑い返した。


 お風呂上りに雨に当たったのは、やっぱり拙かったみたい。本当はそろそろ桜姫を迎えに行く時期なんだけど……


「でもまだ本調子じゃないな。少し休むよ」

「それがいいです! 桜姫にはあたしから文を出しておきますねぇ?」


 空のお椀をお盆に載せて、根津子が出て行く。


 真田紐を持って飛び出していって、濡れ鼠で戻ってきて倒れたから。

 何かあったと察してくれたらしい根津子は、何も聞かないでいてくれる。


 それに感謝しつつも理由を話せず、私はもやもやした気持ちのまま、ころんと横になった。



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