第233話 小夏姫見参9
「この度の事は、お礼のしようもありません。助けて下さったこのご恩、必ずお返し致します」
打撲の治療が終わるまで、真木邸に滞在することになった小夏姫が、布団から身体を起こして深々と頭を下げる。
私と桜姫はぶんぶんと首を振った。
「お助けしたのは兄上ですよ。私たちは何もしていません」
「いいえ。化け狸のせい、として下さったおかげで、私はこの先も生きていけます。本当に何とお礼を申し上げて良いか……」
真木家に押しかけて居座っていると聞いて、本間殿は特に大激怒だったんだけど。
狐狸妖怪に取り憑かれていたのなら仕方が無いって事で話が収まりそうで、とりあえずはめでたしめでたしって感じです。
『耐えられないようなショックを与える』。
この方法で『転移者』を追い出せるかどうかは賭けだったけれど、上手くいって良かったよ。
思い返せば、女の身体になった夜に雪村が居なくなったのは『兼継殿に迫真の演技で迫られた』から。
耐性のない事態に直面した時だ。
それなら現代人の『転移者』なら、『殺される』シチュエーションが一番耐性がない。
私が『兼継ルートにエロはない』と思っていたから耐性があったように、小夏姫は転移者のせいで『死ぬ覚悟』が出来ていたから耐えられた。
そういう事なんじゃないかなと思う。
峰打ちの打ち合わせなんてしている暇は無かったけれど、アイコンタクトで兄上に伝わって良かったよ。
「お二人も”あの声”と同じ世界からいらした、とおっしゃいましたね。雪様は私とは逆に『雪村殿』を戻したい、と」
「はい。小夏姫だからこそお話ししました。この事は兄も知りません。どうか内密に願います」
私と桜姫が異世界人だとバレているので、私たちは『本来の雪村は男』だという事。そして『雪村』を、この身体に戻す為の方法を探している事を話して、小夏姫の協力を仰ぐことにした。
ゲームの小夏姫はしっかりした強い女性だから、きっとこの世界でも心強い味方になってくれる。
「解りましたわ。私に出来る事でしたら何なりと」
きりりと顔を上げた小夏姫が、ぴくんと身体を跳ねさせた。
「小夏姫、今、よろしいですか?」
障子の向こうから兄上の声がして、今まできりりとしていた小夏姫が、頬を染めておろおろしだす。
でも兄上の前では、やっぱりきりっとした小夏姫に戻るんだよ?
だから今のところ、こんな風に可愛い姫を知っているのは私たちだけだ。
「兄上、どうぞ」
私は笑って、兄上に声をかけた。
*************** ***************
「いやあ、一時はどうなる事かと思ったな」
「そうだね。上手くいって良かったよ」
兄上も戻った事だし、そろそろ私たちも沼田に戻ろう。
隣で私を見上げて、桜井くんがにやにや笑っている。
「雪、嬉しそうだな」
「うん。優しいお兄ちゃんもいいけど、かっこいいお姉ちゃんもいいかなーと思って」
私も笑い返して、桜姫の肩をとんと突いた。
いやあ 春ですね。
~おまけの後日談~
後日、上田の侍女頭から文が届いた。
それには先日、侍女に酷い事を言った家臣があの時の侍女に「この前は、わざわざ俺のために水飴を準備してくれてありがとう。気が利く娘は好みだよ。君にその気があるなら付き合ってあげてもいいけど?」と手の平を返して言い寄ってきたと書かれてある。
けれど侍女はきょとんとして「え? 貴方は化け狸が好みなのでは?」と撃退したそうだ。
どうやら侍女は家臣の喉を、ただの同僚として気遣っただけみたい。
そして家臣はフラれると思ってなかったらしく、大勢の前でやっちゃったらしい。
『雪村様にもご心配をおかけしましたので、ご報告まで』と文は締められている。
大変な目に会ったけれど、あの侍女が、ちゃんとざまぁ出来て良かったよ。
でももうこれ以上、引っかき回す系のイベントは起きて欲しくないな。疲れるし。
文を畳みながら 私は遠い目になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます