第197話 沼田視察と真田紐


「ほむらってこんな事が出来たんだね。お館様も知らなかったんじゃない?」


 兄上が足湯に脚を浸からせて感心している。

 やっぱり一番風呂は当主だよねって事で、温泉施設を含めた領地視察がてら、兄上が沼田に来ています。

 私も久し振りの兄上来訪を楽しみにしていたんだけど……


 後方からいきなり小柄な人影が飛び出してきて、兄上の側に跪いた。


「信倖さま! 俺、お背中流します!」

「「「足湯だぞ」」」


 家臣たちの総ツッコミを受けたこの子は、新参の家臣の息子で門馬くんと言う。

 年齢は十八だって言うから、雪村より少し年下になる筈だけれど、私よりも身長が低くて まだまだ子供に見える。

 怖いもの知らずなところもあって、何だか危なっかしい子だ。


 どれくらい危なっかしいかと言うと……


「兄上。城近くの南の森に療養所を作りました。そちらも是非、見て頂こうと思って」

「おい。信倖さまに媚びてんじゃねーよ。弁えろよ」


 隣を歩く兄上を見上げて話していた私を、外野から野次ってくる。

 媚びてないよ。兄を相手に弟が媚びたって、いったい何になるっていうのさ。

 頓珍漢な暴言に、家臣たちが一様にぎょっとした表情をした。


「「「ご兄弟だぞ! お前が弁えろ!!」」」


 一門や譜代の家臣たちがいっせいに吠え掛かる。

 とにかく常にこんな感じで、苦笑いしながらも「この子、だれ?」って目で聞いてくる兄上に、私も苦笑いで返すしか無かった。



 ***************                ***************


 元々、沼田城の門番をしていた門馬家は、沼田城を調略した折に降った新参の家臣だ。

 沼田城の調略戦が初陣だった門馬くんは、その時に戦で見たかっこいい兄上に心酔して、沼田城の城主として兄上が来るのをとても楽しみにしていたんだそうだ。


 しかし、城代として赴任して来たのが私だった。


 それも『二十才の男』には到底見えない、女みたいな奴の下につくなんてヤだって、そりゃもう食いつかれまくりましたとも。


 この世界では、家臣は『一門』『譜代』『外様』に区分けられる。

『一門』は当主の親族。真木家で言うと筆頭家老の矢木沢がそれに当たる。

『譜代』は昔から代々仕えている家臣。六郎の宇野家や小介の奈山家、根津子の根津家がそれ。『外様』は家臣になったばかりの家臣たちを指す。

 当然年功序列的に、一門→譜代→外様の順で地位が高い。


 そうなると門馬くんちは現在のところ ピラミッドの一番下だから、本来なら兄上の視察の同行なんて許されない。

 それが許されたのはひとえに『兄上へのリスペクト』で情にほだされた私の口添えなんですよ!? 


 でもこの子、そこらへんの感謝のキモチがいまいち足りていない……


「今は私が殿と話をしている。門馬、控えろ」


 私は門馬くんに向き直って、精一杯の虚勢を張った。

 私の見た目に威厳がないのは自覚しているし『兄上かっこいい』と尊敬されれば悪い気はしないけど、この辺のけじめはしっかりつけなきゃ示しがつかない。


 今日は新参者のこの態度を良く思っていない、譜代の家臣たちが大勢同行しているんだから。


 しかし私に叱られたのが面白くなかったらしく「いつも家老代理に叱られまくりのくせに! こんな時だけ偉ぶってんじゃねーよ」と口をとがらせて文句を言う。


「門馬、控えろと言われたのが聞こえなかったか」

 図らずも兄上に、普段の私への所業を密告されるかたちになった六郎からげんこつを食らい、襟首を掴まれた門馬くんは、家臣たちに引き渡されて連れていかれた。


 ……雪村なら、こういう時はどうしたんだろう。そもそもこんなに舐められないんだろうな。

 どれもこれも私に『滲み出る威厳』がないのが悪い。

 威厳、威厳……今度、影勝様に、威厳の出し方を聞いてこようかな……



 ***************                ***************


「そうだ。沼田に派遣するって言っていた医者だけどね。ちょっと戻るのが遅れているみたいなんだ。もう少し待ってくれる?」


 薬草を陰干ししている小屋を視察しながら、兄上が申し訳なさそうな顔をした。

 それは全然かまわない。こっちも薬草の採取を始めたばかりだし。

 ちなみに特典付与が功を奏したのか、領民からの薬草の集まりは上々だ。


「はい、分かりました。そうだ兄上、この春から農作業と並行して養蚕を始めようと思うのです。採った生糸を使って紐を作りたいと思うのですが、どうでしょう?」

「へえ、紐か。面白いね。上田でもやってみようかな?」

「はい、是非! 行商を装わせた忍びに紐を売らせれば、一石二鳥です」


 これは史実の真田さんが『真田紐』を売った時のまねっこだ。忍びは敵地の状況を探るから、目立たない行商人などに偽装する。

 本当は関ケ原で負けた後で、九度山に流刑になってから始めるんだけど、せっかく養蚕の手筈を整えたんだから、前倒しで始めてみよう。


「では兄上、お蚕様の卵は上田の政庁に届けるよう手配しておきますね。そうだ! 先ほど案内した休憩所で出す予定の薬湯を、試飲してみてくれませんか? 甘草茶と薄荷水を用意したんです」


 兄上から、薄荷水はもう少し甘い方がいいんじゃない? とコメントを貰ったので、ちょっと工夫してみよう。

 でもこの時代の砂糖は輸入品だから、簡単には使えないんだよね。

 一般的な甘味料は甘葛か蜂蜜かな? 

 後で御台所頭と厨勤務の家臣たちに試作品を作って貰おう。

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