第188話 お茶会出陣1
「雪村、ほんっとーに! 何かあったらちゃんと報告してよ。加賀の怨霊討伐に行って、政所様と知己になったなんて聞いてないよ!?」
政所様から届いたらしき文を握りしめて、兄上が沼田に乗り込んできたのは、怨霊討伐からひと月ほど過ぎた頃だった。
そもそも私を桜姫と誤認していたくらいだ。
連絡が来るとは思ってなかったから、また兄上への「報告・連絡・相談」を怠っていましたよ。
ところで私に何の用だろう? 名前も名乗ってないのに。
「桜姫宛てではないですか? あちらは私が雪村だとも知らないはずですよ?」
「……うん。『父の不貞で生まれた身ゆえ、詮索無用』って答えたそうだね? 父上、草葉の陰で泣いてるよ?」
吐息をつく兄上に、私はてへへと笑って誤魔化した。
そうか、そうかも。ええと……ごめん。父上、兄上。
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政所様からの文は、お茶会のお誘いだった。
それこそ「なんで私が? 桜姫じゃなくて??」って案件だ。
お茶会。いわゆるティーパーティー。
ティーパーティーって響きだけならケーキとスコーンと紅茶、って感じがするけど、戦国時代風のこの世界の『お茶会』がそんな訳がない。
茶道だよ茶道。
ごく少量の抹茶と指先くらいのお菓子を飲み食いするだけで、足の痺れと緊迫感に耐えるあのイベントだ。
この印象から判るだろうけど、私は茶道を習った事が無い。赤っ恥をかくのは目に見えている。私は改めて兄上に向き直った。
「私には茶道の心得がありません。お断りして下さい」
「何いってんの。政所様のお茶会だよ? そんな事、出来る訳ないだろ。『私は次男坊だから大丈夫です』なんて言っているから、こういう事になるんだよ」
兄上にぴしゃりと怒られて、私は兄上から茶道の特訓を受ける羽目になった。
茶道も武士の嗜みなんだそうですよ?
それで雪村も『あの雰囲気』を嫌がって、作法を覚えるのをサボってたんですって。……変なところで気が合うな、雪村。
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兄上からぎっちぎちに茶道の作法を叩き込まれ、私はげんなりしながら上方に向かった。
心の中では、まだ人違いじゃないかと疑っている。
お茶会の前に政所様のところに挨拶に行った方がいいんだろうけど、あっちは私の名前も知らない筈なので、ちょっと敷居が高い。
なので美成殿にお願いして、政所様に引き合わせて貰ったんだけど。
「まあ! 面白い子ね」
謁見した途端に政所様にころころと笑われて、私は美成殿と顔を見合わせた。
……何がなんだか解らない。
「ねい様、笑ってばかりでは話がまったく見えません」
昔馴染みの気安さからか、美成殿が政所様の本来の名を呼んで、ちょっと拗ねてるような声を出す。
「あらあら、美成も気付かないなんて。私がおかしくなったのかしら?」
「そのようですね」
美成殿が冷ややかに言い返す。政所様もそういう美成殿には慣れているのか、気にした風もなく目尻の涙を拭った。
「だって女子なのに、男の装いなのですもの。傾いているの? それとも最近流行りだという『とりかえばや』なのかしら?」
言われてやっと気づき、私と美成殿は思わず顔を見合わせた。
私も兄上も美成殿も『雪村は男』だと思っているから『男』の正装で違和感を持たなかったけど、他の人から見たら女に見えるのか。
「これは」
言葉が続かなくて、美成殿が黙り込む。
男だと言ったところで、天下人の正室だった人の目を誤魔化せるとは思えないし、ましてや今までの経緯を話す訳にもいかない。荒唐無稽すぎる。
もともと「詮索無用の隠し子です」って後ろ暗い設定にしているから、訳アリだとは思ったんだろう。政所様もそれ以上ツッコむ事は無かったけれど。
「明日は少し早くこちらにいらっしゃい? その様子だと女物の正装は用意していないのでしょう。可愛く装ってあげますよ」と女装の予約を入れられた。
女装……女装か。兼継殿はいないし、まあいいか。
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