第143話 怨霊討伐と冬の祭典2 ~side S~
「姫さま、今日は早めにお湯をいただいて下さいませ」
「大掃除後ですから、風呂を使いたい者が大勢居ます」
いつもは殿様が一番風呂だ。
だが今日は奥御殿の大掃除で風呂を使いたい奴が大勢いるって事で、都合がついた者から順次に使えってイレギュラーな状態になっている。
掃除に参加してないヒマな姫様が一番風呂の栄誉に預かり、俺は手拭いと着替えを持って、呼びに来た侍女の後について部屋を出た。
越後の風呂は、熱い蒸気を湯殿に送るサウナみたいな感じだ。上田や、たぶん今後の沼田では湯に浸かるタイプの風呂になるだろう。
俺としてはそっちの方がいいなぁ。
どうでもいい事を考えながら歩いていると、前を行く侍女がふと足を止めた。
その途端に、後ろから付いてきていた老女が俺の肩をがしりと掴む。
何事も無かったように再び歩き始めた侍女をよそに、老女は俺を抱え込んだまま、庭へと飛び降りた。
「!? !??」
老女は軽々と俺を抱え、滑るように庭を駆けていく。
突然の出来事に固まっていると、周囲からわらわらと侍女衆が湧いて出てきた。
風呂の先導をしていた侍女だけが静々と縁側の廊下を進み、他の侍女衆は足音を忍ばせて、庭から邸へとにじり寄っている。
庭には玉砂利が敷かれている筈なのに、どいつもまったく足音をたてていない。
やがて縁側まで辿り着いた侍女衆は、とある部屋を取り巻いて 耳に全神経を集中し出した。釣られて俺も耳を澄ましたが、こそこそとした小さな音しか聞こえない。
……あれ? 俺、何でこんな事に巻き込まれているんだろう。
室内の様子が判らない事に業を煮やした侍女のひとりが、匍匐前進で さらに部屋へとにじり寄り、障子にぷすりと指を突っ込んだ。それが契機になったのか、周囲の侍女衆も一斉に這い寄って、障子にぶすぶすと指を突き立て始める。
この障子、張り替え終わったばっかりなんじゃねぇの……?
老女に怒られるんじゃね?
ちらりと傍らを見上げると、こくりと頷いた老女は 両の人差し指をぶすりと障子に突き立て『見ろ』と言わんばかりに顎を抉った(しゃくった)。
う、うん。そうじゃなかったんだけどまぁいいや。
俺は各々自分が開けた穴に取り付いている侍女に倣って、老女が開けた穴から中を覗き見た。
薄暗い部屋の中に居たのは兼継と雪村だった。兼継が雪をバックハグしてるみたいな体勢で、どう見てもこっちを見て唖然としている。
そしてどう見ても、いいところだったのを邪魔したようにしか見えない。
やべえ、兼継に殺される!
そう思ったのと、雪村が兼継に向き直って何事か叫んだのが同時だった。
そして次の瞬間。
予想外に雪村の方が、脇差片手にこっちに突進してきた!
しかし老女は即座に俺を抱え込むと、雪村すらも凌ぐスピードで、華麗に縁側から退避した。
縁側の下に隠れた俺は、老女に口を塞がれたまま目を白黒させた。
縁側から即時撤退した俺たちは、ある者は縁側下のスペースへ。またある者は近場の垣根へ。またある者は隣の部屋へ飛び込んで、と各々姿を隠している。
「馬鹿な……」
そう呟く雪村の声と「くそ、冬之祭典か……!」と吐き捨てる兼継の声が頭上から聞こえてきて、俺は生きた心地がしなかった。
ばれてんじゃん。ってか下を覗き込まれたら一巻の終わりだ。俺、ピンチ!
「ふゆのさいてん?」
ぶつぶつ言ってる雪村の声が遠ざかって消えるまで、俺は手拭いを噛みしめて息を殺していた。
こわかった、マジで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます