第129話 相模遠征3
「そう。そんな事があったの」
私の話を聞いていた安芸さんも、やっぱり他のみんなと同様に『女になる病』って説明には不思議そうな顔をした。
こんな人混みで立ち話も何だから、と安芸さんは馴染みの商家の一室を借りてくれて、私たちは向かい合って座っていた。
やっぱりこんな大きな城下町でも、そういう話は聞かないんだなぁ。そりゃそうか、ゲームの特殊イベントだもんね……
「荒唐無稽な話ですよね。安芸殿は信じてくれますか?」
「信じるも何も。今の貴女は昔の雪村の外見そのままよ? 雪村がそう言うなら信じるわよ」
笑いながら安芸さんはそう言ってくれたけど、私はちょっと心配だった。
これから安芸さんに『郷間』のお願いをしなければならない。
郷間とは、敵国の住民を間者として使うこと。
本当に安芸さんに『真木の間者』をお願いしなきゃならなくなったけど、安芸さんは今の私でも頼みを聞いてくれるかな。
安芸さんが好きなのは『男の雪村』だから。
「この度は、あのような文に話を合わせて下さって ありがとうございました。本日はお願いがあって参りました」
じっと見つめてそう切り出すと、安芸さんもしっかりと見返してこくりと頷いた。
*************** ***************
「解ったわ。東条家内で沼田に関する噂が出ていないか、調べればいいのね?」
「はい。どのような話でも良いので教えて頂けたらと思います。ただ何かあった場合、文を直接沼田宛てに送っていては危険です。越後の『雪』宛てに送って下さい。桜姫が取り次いでくれる手筈になっておりますので、追って私から文を差し上げます」
直接文に書けないぶん、間に越後を挟むぶん手間がかかるけれど、安芸さんの安全を考えるならこれがベターだと思う。
私が今、身元不明な外見なのも含めて。
「いよいよ私も間者のお仕事再開ね。期待していてちょうだい」
緊張している私を気遣ってか、安芸さんはにこにこと請け負ってくれた。
そんな安芸さんに はい と返事をして、私も少し表情を和らげる。
久し振りに会う安芸さんは、隠しごとが無いぶん晴れやかに見えた。
「そうだわ! せっかく相模に来たんだし市を案内するわよ。その病、いつ治るか分からないんだから、女子同士の雪村と遊べる機会はそうないもの!」
ぱちんと手を打って安芸さんが立ち上がる。
切り替え早いな! 安芸さんも元・越後の侍女だからなのかな。私がこうなった事にあまり驚いていない。
市を連れ立って歩きながら、私たちは醤油のいい匂いに釣られて「お俵せんべい」という俵模様の煎餅を購入した。小田原とひっかけたネーミングだと気づいたのは、結構あとになってからだ。
歩きながらひとくち食べてみると、お米と焼けた醤油の香ばしさが口に広がって すごく美味しい。
「おいしいですね。沼田や上田の領内では、市が立っても歩きながら食べたりはしないので新鮮です」
煎餅ならそこそこ日持ちするよね? 今回お世話になったし、桜姫たちへのお土産に買っていこう。
近いうちに届けなきゃ。
焼きたて煎餅をご機嫌で食べている私を見て、安芸さんが口の端についた欠片をとってくれる。さすがにこれは 子供扱いが過ぎる兼継殿にもやられた事がなくて、私はびっくりして安芸さんを見返した。
ゲームや漫画ではお約束でも、実際にやられると照れるなぁ。女同士だけど。
ごめん、そういうの、本当は男の雪村にやりたかったよね……
「私が出会った頃の雪村にそっくりだもの。構いたくなっちゃうわ」
そんな気配を察したのか、安芸さんが苦笑気味に笑う。そしてふと気が付いた表情になって首を傾げた。
「そういえば白粉はつけているのに、紅は差さなかったのね?」
「紅は兼継殿に取られました。女装するなと」
最初は差してたんですよ? せっかくのおめかしを、コスプレ呼ばわりする男に こそげられただけで。
苦笑してそう返した私に、安芸さんが口元を押さえてくすくす笑う。
「そりゃこれだけ可愛く装われては兼継様も心配するわよ。まして相模に来るのだし。紅ひとつの犠牲で越後から脱出できたのだから、儲けものよ?」
「そうではありませんよ。兼継殿は私を見て『仮装』呼ばわりしましたよ?」
ぶーたれる私に、安芸さんがあははと朗らかに笑う。
「そんなの照れ隠しに決まってるじゃないの。あなた、他の方達から「女性になっている自覚を持て」って言われたことない?」
「……」
すごいな安芸さん。前半はともかく、思考回路が兼継殿にそっくりだ。
*************** ***************
何かあれば越後の『雪』宛てに文を出す。そしてその後、私が変装して安芸さんに会いに行く。
情報の受け渡しはその時に。
とりあえず小田原征伐関係の網は張った。あとは今後の展開を見て考えよう。
手を振って、別れを惜しんでくれる安芸さんに手を振り返しながら、私は帰路についた。
よそ見をしていたせいで、前から来た男の人の肩口にぶつかりそうになり 慌てて避ける。
「失礼しました」
ちょっと顔を上げて謝り、横をすり抜けてから、私はもう一度安芸さんの方を振り返った。
人込みの間に見える安芸さんが、中途半端に手を上げたまま、ぎょっとした顔でこっちを凝視している。ぶつからずに済んだけど驚かせたみたい。
『大丈夫でしたよ』って分かるように笑顔を作り、私はもう一度元気に手を振ってから 相模の城下町を急ぎ後にした。
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