第119話 正宗邂逅2
北之領域を抜け、深い森の繁みを掻き分けて進んだ先に、少し開けた場所があった。
少し開けた場所というより、木々が薙ぎ倒されてスペースが出来た、って言った方が近い。
そこには立木を盾にして攻撃を防ぎながら、脇差一本で八本の脚を蠢かせた濃茶色の蜘蛛と渡り合っている男の人が居た。
何でそんな脇差一本で、と思ったら、振っているのは途中から折れてしまった刀だ。それで渡り合えているんだから腕に覚えはあるんだろうけど、いくら強かったとしても あんな刀では止めは刺せない。
「桜井くん、隠れてて」
「大丈夫なのか、その身体で!?」
「兼継殿に鍛錬して貰ったのは、こういう時の為だよ!」
大丈夫も何も、この身体になってから実戦は初めてだ。だからこそ試したい。
ちゃんと今まで通りに動けるのか。
土蜘蛛は男の人への攻撃に夢中でこちらに全く気付いていない。私は死角から一息に飛び出し、動きを封じるべく右後脚を斬りつけた。
少し頭部を捻った土蜘蛛の、五つの赤目が私を映す。
男の人は、土蜘蛛の注意が逸れた事で私に気付いたらしい。
「余計な事をするな馬鹿! とっとと逃げろ!」とがなり立てる。
「助太刀します!」
男の人に声を掛け、私は振り下ろされた右前脚を避けて飛び退いた。同時に腰に差した刀を抜いて、横薙ぎに襲ってきた左前脚を斬り付ける。
今のところは昔通りに動けてるけど、やっぱり力不足で傷が浅い。
今までだったら最初の一撃で、脚の一本くらいは斬り落とせていた筈だ。
「よし」
私は鍛錬で習得した『掌から放出した霊気』を刀に纏わせてみた。
ふわりと煙るみたいな霊気が刃に宿り、刀が格段に軽くなる。
やっぱり違うわ。これは鞘から出すのと同時に出来るようになった方が良さそう。
今や土蜘蛛の注意は、完全に 男の人から私に移っている。
耳障りな奇声。
振り下ろされた左前脚を踏み台にして跳躍し、土蜘蛛の頭部に飛び乗る。
そのまま刀を持ち替えて逆手持ちし、ひと際大きな額の赤目に 切っ先を力いっぱい突き入れた。
*************** ***************
「大丈夫ですか?」
振りむいて声をかけたけど、男の人はすたすたと私の横を通り過ぎ、木の陰で様子を窺がっていた桜姫に歩み寄った。
「これは麗しい姫君、従者をお貸しいただき恐悦至極に存じます。刀を折られて難儀していた折にこの出会い、天の差配としか思えませぬ」
仰々しい身振りで桜姫に近付き、さりげなく手を取ってちゅっとキスまでしている。
さすがとこれには桜井くんもびっくりしたらしく、慌てて手を引っ込めて私を見た。何か言いたげに目配せしている。私は慌てて桜姫のところに駆け戻った。
「姫に何をする! 無礼ではありませんか」
姫との間に割り込んで抗議すると、男の人は見開いた片目を鋭く眇めて「黙れ、童」と罵倒してきた。
助太刀して貰ってこの態度ですよ、どうなの?
でも桜井くんが目配せした意味が解った。
乱雑に跳ねた明るめの髪に、右目を覆う黒い眼帯。整った顔立ちよりも、鋭い眦の左目の方がより印象に残る。
そして、そこはかとなく漂う俺様感。……館正宗だ。
これ、正宗との出会いイベントだったのか。
思い返せばゲームでも『怨霊に襲われている正宗を助けた』って出会いだったけど、ゲームの正宗は髪が赤いから気づかなかった。
「姫君。私はこの地の領主、舘正宗と申します。是非ともお礼がしたい。我が邸へご同道願えますか」
ゲーム展開通りに正宗が桜姫をナンパしてくる。これは私もノらねばならない。
「姫、このような無礼な男の口車になど乗る必要はありません。戻りましょう」
「出過ぎるな童! 俺は姫をお誘いしている。帰りたくば貴様ひとりで帰るがいい」
「そうはいきません。私は姫の護衛を任されている。お帰りになるなら貴方ひとりでお願いしたい」
そう言って私と正宗は睨み合った。
そんな私達に、桜姫が「やめて!」とぶりぶりしている。
「童」発言以外は、ゲーム中での正宗と雪村のやりとりの再現だ。
何だかゲーム中の台詞をそのまま喋っている私は、学芸会で演劇でもしている気分だし、桜井くんに至っては「私のためにケンカはやめて~」って感じをかなり大袈裟にして身をくねらせている。
ゲームの桜姫はそんな事してないよ!
笑うな……笑うな……! 落ち着いてこのイベントをやり遂げるんだ。
そう思うとますます笑いたくなってきて 顔が強張る。
正宗の方は真剣な分、ますます笑える。
噴き出す前に撤退するしかない。私は顔を逸らして桜姫の手を取った。
「話になりません。姫、戻りましょう」
踵を返しかけた私の目の端に、黒いモノが過ぎった。今まで気づかなかったけど、少し離れたところに黒い龍が蹲っている。
閉じられた右目に縦の傷が入っているって事は、これが舘の霊獣『独眼竜』だろう。でも『独眼竜』は上森の龍に比べて弱々しく、金色の左目も黒い鱗も全体的にくすんでいた。
……明らかに弱っている。
「これはどうした事ですか?」
ゲームのシナリオには無かったけれど、私はつい詰問口調で、正宗につっかかってしまった。
鋭い目つきで私を睨んだまま、正宗が吐き捨てる。
「どうしただと? 貴様にどうこう言われる筋合いはないぞ」
「これは上森との戦の折に奪ったという神龍でしょう。越後にいる龍と比べて明らかに弱っています。己の使役する霊獣を弱らせるなど、主たる資格はありません」
そう言った途端に 正宗の目が見開かれた。
「……お前たち、上森の者か!」
そういえば土蜘蛛が出るって事は、ここは上森領内じゃないって事だ!
私は慌てて桜姫の手を掴んで、一目散に逃げ出した。
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