第115話 桜姫と秘密のミッション2 ~side S~
「すごいな! 俺が居ないひと月の間に温泉掘り当てたのか!?」
「もっと凄いんだよ。ほむらがね、熱溜まりを引き寄せられるって分かったの。これなら水源さえ見つければ温泉が湧くよ」
久し振りに領内の散策に連れ出された俺は、湧き出した温泉に驚きの声を上げた。
触ったら火傷しそうな源泉に、小さな滝からの水が注ぎこまれている。それでも熱い湯は、これもひと月前には無かった水路の水で 加水して温度調整するようだ。
もうもうと立ちこめる温泉の湯気が、あの世の風景みたいで幻想的だなー……
……あの世、見たことないけど。
「うふふ、雲の中みたいでロマンチックね?」
「硫黄の匂いが無ければね」
俺は可愛い桜姫に戻って好感度稼ぎに走ったが、雪村に戻らなかった雪が、速攻で撃沈にかかる。
桜姫ごっこをやめて、俺は雪を見返した。
少し離れていた間に、雪は一人でも『雪村』として、この世界を生き始めてるんだなあ。薄い写本のネタあつめに協力している俺とはえらい違いだ。
……そう言えば『カオス戦国』には、温泉なんて出てきてないよな?
「何かさ、乙女ゲームの世界で温泉って言ったら「どっきりハプニングあり!」って感じがしねえ?」
ホントは18禁乙女ゲームなら『どっきり』では済まないだろと思っているけれど、知り合って間もない女の子相手に、そういう下品なネタを振るのは気が引ける。
あえてぼかして言うと、雪は不思議そうに首を傾げた。
「別にここで『どっきりハプニングあり!』でもいいけど、その場合どっきりするのは桜姫だよ? 今だと兼継殿しかそのイベント起こせないけど大丈夫?」
どっきり過ぎるわ!! 俺は謹んで辞退する事にした。
だが『湯けむり温泉』はエロや殺人事件の創作がしやすいだろう。これは侍女衆に教えておこう。
よし、『薄い写本』用のミッションは、これでクリアだ。
*************** ***************
すっかり様変わりした南の林を散策しながら、雪は温泉施設になる予定の場所の説明をし始めた。どうやら療養施設も併設したいようだ。
「それにはまず、生薬のことを調べておきたいんだよね。薬を作るのに必要な生薬が解れば、領民に採取をお願いできるでしょ? 確か兼継殿からそういう本を見せて貰った事があるんだけど、タイトルが解らなくて」
「ああ、それで兼継に連絡とりたがっていたのか」
「うん。だからね、私はこの身体だから観楓会には参加しないけど、本を探しに大阪には一緒に行こうと思ってるんだ」
『大阪での行事』&『雪村不参加』
このワードだけで悪夢の花見を思い出して嫌になるが、主人公姫としてはそうもいかない。
俺はげんなりしたまま顔を上げた。
「……俺も観楓会、行きたくないなぁ」
「観楓会では『好感度UPアイテム』が手に入る筈だから。ちゃんと恋愛イベント進めてよ?」
他人事みたいな顔をして笑っているが、雪は桜姫が兼継との個別ルートに入っても平気なんだろうか。
雪がそう思っていると知ったら、兼継がまたブチ切れそうだが……
「雪村様」
忙しそうに作業する男たちの中からひとり、手拭いを頭に巻いた壮年の男が雪村に近づいてきた。前に立つと手拭いを頭から剥ぎ取り、神妙な顔で目線を下げる。
「馴染みの石工に、碑の製作を頼んでおきましたよ」
「……うん、ありがとう」
雪村も神妙な顔つきで目を伏せている。
何だ何だ。楽しそうに案内してたけど、この温泉で事故でもあったのか。
ひと月居なかっただけで、俺はすっかり浦島太郎状態ですよ。
「ここで何か不幸でもあったのか?」
こそりと聞いたら、じっと俺を見ていた雪村は急に顔を輝かせて「影勝様の妹である桜姫にお願いがあります!」と手を握ってきた。
……すげえイイ笑顔を向けられているが、たぶんこれから聞く話は『薄い写本』のネタにはならない、気がする。
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