カオス戦国 ～気付いたら18禁乙女ゲームの世界に転生してました・でも私、攻略される武将側なんですけど！？～

第95話 【番外編】六郎帰還2 ～side R～

　沼田城に移って数日が経った。もともとここは武隈方の城だった。内情はそれなりに知っている。

　ここは昔から北関東の要衝で、利根川と薄根川の合流点の台地上に位置する丘城だ。二つの川側は二十三丈ほどの崖になっていて、軍事上の重要拠点として常に争奪戦の的だった。

　武隈・上森・東条の領地の境にあるこの城は、過去には上森、東条が支配していた時期もある。

　そんな重要拠点を任されるのだから、俺がしっかりしなければ。

　そう肩肘張っているのが判るのか、古参の重臣たちも最低限の線は守りつつ、俺を立ててくれている。

　領地を治めるのに不案内な雪村が、今のところ問題なく統治出来ているのは、信倖様が政務や武芸に通じた家臣を多数、沼田に寄越してくれたお陰だ。

　ここまで家臣を割いては、上田の業務に支障が出るのではと思うくらいに手厚い。

　そのご恩に報いるべく、俺はしっかりと政務に邁進しているのに、あの城代ときたら全然感謝などしていない。

　今日も今日とて政庁内で見かけないが、どこをほっつき歩いているんだ。

　書き損じた紙をぐっしゃぐしゃに丸めて壁にぶつけながら、俺は大きな溜め息をついた。

　沼田に移る直前、決まっていた家臣に加えて、奈山小介と根津小町が沼田行きに加わった。どのような経緯で追加されたのかは分らないが、とにかく雪村様たっての希望だと言う。

　俺はダルそうに立つ小介と、縦にも横にもでかい小町を眺め、内心舌打ちしたい気分になった。

　このふたりはお互い、寝小便の数も知っているほどの昔馴染みなのだが、それ故にとにかく厄介だ。

　まず二人とも、家老代理の俺を尊敬しない。

　そして小介は、政務を御座なりにしている雪村様にくっついて　城下をほっつき歩き、小町は小町で「二人が出掛けようとしたらお止めしろ」と言っているのに、全く言う事を聞こうとしない。

　いう事きけよ。俺は家老（代理）だぞ、お前らの上司だぞ。

　そもそも小町など、子供の頃から名前のせいで苛められ、俺や小介が何度庇ってやったか知れたものじゃない。

　それなのに、つい最近仕えるようになったばかりの雪村様に随分と懐き、雪村様に逆らうとなれば小介をも締め落として従わせる、と言うのだから呆れたものだ。

　いや、小町はまだいい。問題は小介だ。

　俺は手持ち無沙汰に硯を磨りながら、その指先にぎりぎりと力を込めた。

　奈山小介。

　こいつも俺の幼馴染だが、重臣の家系とはいえ次男に生まれた気楽さ故か、いい加減な性格をしている。

　特に女関係にだらしがなく、それを諫めても「俺を養うに足る、最上の女を探しているだけだ」と嘯（うそぶ）いて話にならない。

　俺がそんな事を言おうものなら、女子どもにブッ飛ばされる未来しか見えないが、小介はそれが許される外見をしているのがまた腹が立つ。

　結局、小介を増長させているのは女子どもなのだ。

　そんな小介を、雪村様は何を思って供に選ばれているのだろうか。

『腕の立つ護衛』として信倖様に推挙されたのは俺の筈なのに。

　さすがと何日も続くと気になり、それとなく小介に問いただしてみたが「雪村様も女だって事っしょ……？」と無駄にキラキラしながら言いやがったので、鳩尾に一発入れておいた。

　くそ、男の俺にそれが通用すると思うなよ。

　まあとにかく。

　そんな感じで俺の言う事は無視しまくりの上記二人。そして城代のくせに遊びまわってる主君に腹が立ちすぎている今日この頃だ。

　怒りを鎮めようと無心で墨を磨っていると、指先で墨が砕け散った。

　脆いなちくしょう。

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　少し気を落ち着けようと部屋から出た俺の目に、ちょうど家臣の休憩室替わりに使っている詰所から出てきた小町が見えた。

　こんな男しか使わない場所に 一体何の用だ。奥周りに仕える侍女のくせに。

「どうした小町」

　そう声をかけると「あー六郎ぅ」とふやけた声が返る。

　こいつは元気だったりふやけていたり、人格が統一されていない。おそらくは『一番苛められない人格』を模索していた頃の名残なのだろう。

　それを思うとそこら辺に触れることは憚られ、俺は知らん顔をしたまま 次の言葉を待った。

「小介、ちょっと締めたら落ちちゃった☆」

　俺が口を開かないので、小町がぺろりと舌を出しながら首をすくめる。そして。

「だってぇ小介、雪村様が城下に行きたいって言ったら、いーっつもゴネるんだもん」と言い訳のように付け足してきた。

「ゴネて女の気を引く」のも奴の常套手段だと解っているか？

　それはともかく、小介が直ぐに出られない状態ならちょうどいい。いつもいつも小介とふたり、城下で何をやっているのか確認するいい機会だ。

　俺は小町をじろりと睨んで、威圧的に口を開いた。

「雪村様にお伝えしろ。「今日は俺がお供する」とな」

　途端に「あたしや小介にはいいよ。あんたがそんな態度をとるのは、自信の無さからだって分かってるからさ。だけど雪村様には止めときな。嫌われるだけだ」

すっと冷たい声が返り、俺は目を見開いて小町を見つめた。

　本当に久しぶりに聞いた 小町の本来の声。

　見つめる俺の前で、小町はふたたび へにゃり と笑った。