第89話 小介と城下視察

 城代って何やったらいいの?


 のっけから何だけど、本当に解りません。そしてそれを解っていたらしい兄上は、大変優秀な家臣団を沼田に割いてくれたので、日々は順調に過ぎております。



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 戦国時代だからって、武将は戦に明け暮れている訳じゃない。

 現世の戦国時代とは違うところもあると思うけど、こっちの世界では基本、登庁はフレックスタイム制だ。

 そして期限までに自分の仕事が終わりさえすれば、毎日登庁する必要もない。

 政庁自体が市役所と警察と裁判所を兼ねてるみたいなところだから、村同士の水場争いの仲立ちをしたり「怨霊が出たから退治して下さい」って陳情が来れば討伐隊を派遣したりもする。


 城主の仕事は、書類の決裁とか いろいろとあるにはあるんだけど……書類作成は「右筆」っていう書記官的な役職がやるし、その他諸々についても、優秀な筆頭家老の矢木沢と家老代理の六郎がばしばし差配してくれてるので、正直ヒマです。



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 やる事がないから鍛錬場に行ったら 先客が居た。

 居たけど、鍛錬してるっぽくはないな。日陰に寝そべって瓜を食べていたその人が、ひょいと身体を起こした。


 眠そうな垂れ目とおしゃれに整えた長めの髪、奈山小介だ。


 暑いからか髪をひとつに束ねていて、桔梗色の小袖に合わせた白い袴が涼しげだ。チャラそうっていう先入観のせいか、紫の小袖と細身の白袴って組み合わせがホストのスーツっぽくも見えてくる。ホストには詳しくないけど。


「雪村様も鍛錬?」

 へらりと笑って小介が片手を上げたので、私も槍を持ったまま近づいた。

「うん、小介は休憩中?」

「いやぁこんなに暑いのに鍛錬なんてしたら死んじゃうー。雪村様もほら、こちらへ」


 そう言って自分の隣の下草をぽんぽんと叩く。横に置いた籠から瓜も取り出そうとしてくれているので、私は大人しく隣に座ることにした。



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「これね、城下の女の子がくれたんすよ」


 小刀で器用に切り分けた瓜をくれながら、小介がにかりと笑った。

 え? もうこっちの城下で、お裾分けをくれるような仲の子が居るの? 小介は「雪村の影武者」として連れてきたから、あまり城下で顔を知られたら「影武者」に出来なくなる。私は慌てて探りを入れた。


「城下の女の子って……?」

「大丈夫っすよ。そんなに焼き餅焼かないで?」

「違うよ。小介には私の影武者をして欲しいから、あんまり顔を売って欲しくなかったんだ」


 無駄にキラキラしている小介を流し、もりもりと瓜をいただきながら説明すると、小介も「大丈夫っすよぉ。俺、ちゃんと「城代の雪村です」って名乗ってますって」と フフッと笑う。

 そうか、それなら良かった。……良かった!?


「ちょ、小介!? 私の振りをしてるって、城下で一体ナニやって」んの赴任数日で女の子から瓜を貰える間柄になれるほどのコミュニケーションいや交流をしてるってことだよね? 雪村の風評にもかかわるからちょっと自重してくれないと困っ……


 そう一息に続けようとしたところで、小介に途中で遮られた。


「そうだ雪村様、まだ城下を見てないっしょ? 俺、お供しますから行ってみましょうよ!」


 そう言っていそいそと立ち上がる。

 急に張り切りだした小介に慌てて、私は手にした瓜を口に押し込んだ。



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「まあ可愛い。この子はだあれ? 城代さま」

「小姓の小介だよ。まだ城に勤め始めて日が浅いからね、仲良くしてあげて?」


 キラキラしているのは変わらないけど、私と話している時みたいにウッスウッスは言ってない。そこだけはちょっとほっとして、私は領民のお姉さんに向き直った。


「小介です。よろしくお願い致します」


 雪村を名乗ってナンパしてるのかと戦々恐々としていたけど、そんな事は無かった。気安く領民に声を掛けてあっさりと溶け込んでいて、ちょっと人見知りなところがある私としては見習いたい部分だ。


 そう思って見直したのに。


 小介はお姉さんにウインクをして「でも、俺よりも仲良くしちゃあダメだよ?」とキラキラに拍車をかけてきた。

 うふふと口元を抑えるお姉さんの笑顔に、若干の苦笑いが混じる。


 うわああ「雪村」の評判を落とすなー! 


 私は「ああっ城代さま! 背中に蜂が!」と言いながら、小介の背中をばしばし叩いた。



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 小姓の振りして、城下で畑仕事をしている人たちと交流して、木陰で冷えた胡瓜と味付け濃いめのお漬物をごちそうになり、私と小介(本物)は政庁に戻ってきた。


「小介、もう城下の領民に溶け込んでるんだね。まだきちんと話してなかったのに、ちゃんと『雪村』として行動してくれててありがとう」


 希望よりちょっとチャラいけど。

 それでも私が何をしていいかも判らないで過ごしていた頃、小介はもう城下の領民と交流を始めていた。

 ほんとに私、中に雪村が居ないとダメダメ人間だな。


 ちょっとしょんぼりしたのがバレたのか、小介が目を見開いて にかりと笑う。


「こーいうのは勢いっすよ。ああそうだ、雪村様もやること無くて暇なんでしょ? これからは毎日俺と『城下に逢引』と洒落込みませんかね?」

「『城下を視察』ね」


 気を使って冗談っぽく言ってくれたのは解るんだけど、どうにも引っ掛かって言い直してしまった。

 この『チャラい』って先入観、何とかしなきゃなぁ。



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 翌日、小介のナンパを真に受けて城下視察に行こうとしたら、小介が逃げていた。


「暑いから嫌です」


 そう書き置きを残して。


 ……ナンパしてきたのはあっちなんだから、責任を持って城下視察、いや『逢引』に付き合って貰おうじゃありませんか。

 置手紙に手を触れた後、きりっと顔を上げる。


「まだ温かい。遠くには行っていないぞ、探せ!」


 私は悪の総裁気分で、家臣の皆さんに捜索を依頼した。

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