カオス戦国 ～気付いたら18禁乙女ゲームの世界に転生してました・でも私、攻略される武将側なんですけど！？～

第44話 異世界・川中島合戦4

　上田の城内は基本、食用になる植物が植えられているけれど、さすがに城主の部屋付近は庭が整えられている。

　私は庭に咲いていた花を摘んで活けている安芸さんに話しかけた。

　何とか花贈りのあれこれを思い出そうと、時間を作っては部屋を訪れるようにしているんだけど……

「安芸殿はどうして越後に残られたのですか？　父君は陰虎様が相模に戻られた時に一緒に戻られたのですよね？」

　安芸さんが顔を上げるより先に　侍女たちの方がざわりとさざめき、私はぎょっとして周囲を見回した。

「私は何かおかしな事をいいましたか？」

「何でもないのよ」安芸さんが慌てて遮る。

「母が病を患っていてね、それに効く薬が南蛮渡来のもので高額なの。

父の禄だけでは苦しくなってきて……それで私も少しでも助けになればと侍女としてお城に上がったんだけど。理由は単純よ？　東条家より上森家の方が給金がいいの」

　安芸さんは笑ってそう言ったけど、私は激しく後悔した。

　あまり言いたくないであろうプライベートに踏み込んじゃったよ。そりゃ侍女衆も控えろよってざわめくよ。

「そんな事とは知らず……申し訳ありません」

　しゅんとする私に、安芸さんがおどけて「雪村、私は「給金がいいから上森！」って言っているの。ここは笑うところよ？」と苦笑する。

　それでもどんな顔をしていいか戸惑っている私に、安芸さんはぶすりと仕上げの葱坊主を差した生け花を渡してくれた。

「はいこれ。お部屋に飾ってね？　雪村の部屋は少し殺風景過ぎだわ」

　私は戸惑った顔のまま「葱坊主の花言葉は何ですか？」と聞いたけど、安芸さんも侍女衆も知らなかった。

　この活け花に意味は無かったらしい。

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　真木の家臣団の人たちはもう歴戦の勇者って感じで、教えて貰える事はすごく多いんだけど、やらなければならない事が多くてあっという間に時間が過ぎていく。

　気分転換もかねて、私は城下の視察に向かうことにした。

　城を出ると、心地よい風が草木の香りを運んでくる。

　城下には見渡す限りの田畑が広がり、青々とした稲が育っていて風に揺れていた。収穫にはまだ全然早い。

「雪村兄ちゃん」

　道の向こうから、見覚えがあるちびっこ集団が駆けてきて私を取り巻いた。

　どの子も相変わらず元気そうだけれど、やっぱり大人の話を聞いているのか、顔には緊張が見える。私は先頭の子の頭を撫でながら少しだけ身を屈めて表情を緩めた。

「佐助、竹とんぼならまた今度な」

「分かってるよ。ねえ兄ちゃん、戦になるの？」

「大丈夫だ。だがもしも鐘の音が聞こえたら、すぐに母上たちと城へおいで。ちゃんと大人の言う事を聞くんだぞ」

　うん、と頷く子供たちが誰ともなしに風にそよぐ田畑を眺め、やがてぽつりと呟いた。

「せっかくここまで育ったのに。戦が起きるとめちゃくちゃにされちゃうんだよな」

　それは「青田刈り」といって、稲が実っているいないに関わらず敵城下の稲を刈り取ってしまう戦法だ。

　兵糧攻めにもなるし、籠城している敵兵を城から誘き出す挑発の手段としてもよく使われる。

　私も佐助の頭に手を置いたまま、城下の田畑を眺めた。

　今年は日照りも水害もなく、ここまで育ったのになぁ……。

　武隈が攻めてこないのが一番だけれど、戦はあらゆる事態を想定して動いておかなければいけない。

　子供の手を借りてでも。

「そうだな。出来うる限りの手は打とう。よし、いずれ上田を守る武士になるお前たちに仕事を与える」

　ちょっと芝居がかった感じでそう言うと、子供たちは「なになに？」と目を輝かせて私を見上げてきた。

　竹を切り出して、先端を尖らせた一寸ほどの杭を作り、ランダムに田畑の中に刺しておく。

　子供でも作れる乱杭みたいなもので、尖った竹の切っ先が足に刺さるかもしれないとなれば、青田刈りの効率は落ちるかもしれない。

　どれほど効果があるかは解らないけれど、何より子供たちが「自分たちの田畑を守ろうとした」という意識は、今後役に立つと思う。

　……と、私は案外真剣にやっているんだけど、傍から見ると遊んでいるように見えるみたいで。

　子供たちと別れた後で真木邸に戻ると、邸から見ていたらしい安芸さんに「雪村はいつも楽しそうね」と笑われてしまった。

　いや、私は真剣ですよ？？

　そもそも楽しい以前に戦国武将側に転生しちゃうと、乙女ゲームの世界に来たような気がまったくしないなと思っているけどね。

　あれ？　カオス戦国って戦国シミュレーションゲームだった？　って感じですよ。

　苦笑する私をじっと見ていた安芸さんが「少しいいかしら？」と言って、袂から取り出した布で私の頬をそっと拭き始めた。布から香がふわりと香る。

　子供たちと乱杭の真似事をしているうちに、顔が汚れていたらしい……んだけど。

　それに気づかず一日過ごしてしまった事と、他人に顔を拭かれてるって事が少し気恥しくなって、私は慌てて「自分でやります」と頬に手を伸ばした。

　当たり前だけど手が安芸さんのそれと重なる。

　その途端、安芸さんはぱっと顔を赤くして、布を取り落としてしまった。

　これだ。

　私はやっと、ずっとどこかで感じていた違和感の正体に気がついた。

　ここって乙女ゲームの世界のはずなのに、桜姫は頬を染めるとか照れるとか、全然そういう反応が無いんだよ。

　雪村に抱き上げられても「馬に乗ってる」程度にしか、たぶん思ってない。

　それに慣れっこになっていたもんだから、こんな反応を急に返されるとこっちまでどぎまぎしてしまい、私は慌てて話題を変えた。

「そういえば安芸さんは香を焚きしめられていますよね。私の周りでは香を使っている方があまり居なかったので、本物のお姫様みたいです」

　……あああしまった!

　どぎまぎしながら相手の匂いの話題を振るなんて、ちょっと変態ぽくないか！？

そう思われたらどうしよう？？

　ドン引いていませんように！　「イケメン無罪」よ発動しろ！！

　そう願いながら様子を窺がうと、安芸さんは予想に反してますます照れて赤くなっている。

　ヨシ！

「申し訳ありません。このような話題には慣れていなくて、変な事を言ってしまいました」

照れ笑いで誤魔化すと、真っ赤な顔で俯いていた安芸さんが、小さな声で呟いた。

「……兼継様が、これは雪村が好きな香だと言っていたので……」

　罪作りな嘘情報を流すなよ、兼継殿。

　何故かモブの方が、乙女ゲームの世界観を出してくる。