第31話 兼継恋愛イベント其の一「越後花言葉」2

 背が低い桜姫がいくら背伸びをしても、その花に手が届きそうにない。

 私は背後から手を伸ばし、綺麗に咲いた紫の房に触れた。


「これを摘めばいいですか?」

「ええ、お願い」


 枝から紫丁香花をひと房摘み取って手渡すと、桜姫は幸せそうな笑顔で礼を言った。


 難しい顔で冊子とにらめっこした結果、次に桜姫が兼継殿に贈ることにしたのは紫丁香花らしい。

 どんな花言葉ですか?と聞いたけど、いたずらっぽく笑って「内緒」と躱されてしまった。


 一応礼儀としてそう聞いてみたけど、本当はこの花の花言葉は知っている。

 紫丁香花の花言葉は「初恋」や「恋の芽生え」だ。これは兼継殿が貰った事があるから雪村も知っていた。

 がっつり恋愛系の花言葉だけど、雪村にはどう答えるのかなと思ったら やっぱり内緒かー。私は桜姫に微笑みかけたまま、内心苦笑した。


 返歌の心配がなくなったからか、急に桜姫が花贈りに積極的になってしまった。

 それはいい事なんだけど、奥御殿に行くと侍女衆の視線が生暖かくて居心地が悪いんだよね。


 雪村が、ほら、振られたみたいな扱いだから?

 私はいいけど、雪村ごめんって思ってる。



***************                *************** 


 両手で包むように花を持ち、すんと匂いをかいだ後で桜姫がそれを差し出した。


「じゃあ雪村、またお願いね?」

「はい、お任せください」


 首を傾げてにっこり笑っている。桜姫は挙動がいちいち可愛いなぁ。

 私は先刻摘んだばかりの、美しい花房を姫から受け取りながら、安堵の吐息をついた。


 桜姫が兼継恋愛イベントに乗り気になってくれて良かったよ。それにこうして散策中に花を選んでくれた方が、侍女衆に会わなくてすむから正直助かる。



***************                *************** 


「兼継殿、桜姫から返事のお花を預かってきました」

 そう言って紫丁香花を手渡そうとした私に、兼継殿はわずかに眉を寄せ「やはりそちらの意味でとるか」と溜息をついた。

 どうしたんだろう?そう思っているのが伝わったのか、表情を緩めて「済まないな」と言いながら花を受け取る。


 何だかこういうの、兼継殿らしくないんだよな。

 そう思って私は、無造作に花を置く兼継殿に聞き返した。


「兼継殿はいつもお返事に和歌を返していましたが、なぜ桜姫にだけ花を差し上げたのでしょうか?」

「ほう、さすがと妬いたか?」

「いえ、そういう訳では」


 ああ、やっぱりそう取られるか。妬いてはいないけど、念のため言っておこう。

「桜姫も奥御殿の侍女衆も、翁草にとても喜んでいました。でも今の兼継殿を見て心配になったのです。どうか姫を悲しませないで下さい」

 そう言う私に、兼継殿があっさりと切り返す。

「悲しませるも何も。翁草には『何も求めない』という意味もある。都合の良いように解釈したのはあちらだ」


 私は唖然とした。たぶん私の中で雪村も唖然としてる。

 こんなに意地悪な兼継は見たことがない。ゲーム中でも雪村の記憶の中でも。


 そんな私から目を逸らし、兼継殿が淡々と続ける。

「花言葉はいろいろな意味がある。幾通りにも解釈される。あの風習が流行ったのは自分にとって都合の良い解釈をする事が出来るからだ。

 私は上森の執政だからな、民の気持ちを無下にするような事はしたくない。だからといって期待を持たせる事は出来ない。

 私が今まで貰った花に、返事とは取れない和歌を返していた理由はそれだ。

 だが桜姫は、雪村の気持ちを無下にしているように私には思える。お前が違うと言っても私はそれが許しがたい」


 ようするに。


 兼継殿は雪村を気遣ってくれてるの?

「私の想いを受けてください」って意味の花水木に対して、「何も求めない」と「告げられぬ恋」対極みたいな意味を持つ翁草を贈って反応を見て。

 それで「恋の芽生え」を表す紫丁香花が返ったから、雪村のために怒ってくれてる、ってこと?


「兼継殿らしくない」って思っていたけど、やっぱり兼継殿は兼継殿だった。

 情に篤いんだよね、特に友人に対しては。もっと言うなら影勝様には命かけてるようなところもある。


 ……乙女ゲームなんだから、その情の篤さを桜姫に向けてくれ。


 普通に考えて、あれだけ桜姫にべったりで「お守りします」って言っていれば、雪村は桜姫のことが好きなんだろうとは誰だって思うよね。

 奥御殿の侍女衆だってそんな扱いだし、兼継殿が気をまわしすぎって訳じゃない。

 でも身体が雪村だからそう思われてしまうけど、「中」に居る私は女だから、本当に桜姫に対して恋愛感情は持っていないんだよ。

 兼継殿にはそう言ったのに、やっぱり信じて貰えてない。

 

 どう言ったら伝わるかなあ。


 現世では喪女だったから、こういう恋愛沙汰の誤解の解き方なんてわかんないよ。

 結局私は、現在思っているありのままの感情を、そのまま伝える事にした。


「桜姫とは本当にそういった間柄ではないのです。そもそも私は女性に対して、恋愛感情は持てないと思います」


 いきなりシン……と空気が凍って、私はしばらく考えた末にやっと己の失言に気が付いた。

 あほか私。これじゃまるでカミングアウトだ。身体は雪村なんだぞ!


「いや、ええと、そういう意味ではなく」


 あわあわと慌てる私を見て、兼継殿がこれまた珍しく爆笑した。

 涙目になって笑う兼継殿がぽんと私の肩に手を置いて、震えを堪えた声を絞り出す。


「わかったわかった。冷やかして悪かった。雪村にはまだ早かったな」


 たぶん私は真っ赤な顔をしているだろう。慌てすぎて耳まで熱いよ。

 どうやらまた「恋愛がよくわかってない子供」だと思われたっぽい。

 こんな所で兼継殿の「子供扱い」に助けられるとは思わなかったけど、とりあえず助かった。




「桜姫も様子見している節がある。こちらもそのつもりで対応するさ」


 何てことないように言った兼継殿の声音は少し冷たかったけど、メンタル削られ過ぎた私はもう、それ以上は踏み込めなかった。

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