第30話 兼継恋愛イベント其の一「越後花言葉」1

「雪村、兼継殿にお花を用意したの。渡してくれる?」


 桜姫がはみかみながら花水木の花を渡してきたのは、不慮の事故で雪村の恋愛イベントが進んでから数日後の事だった。

 良かった、和歌の返事を嫌がって、兼継イベントをスルーしそうな雰囲気だったけど、とりあえず私の勧めは聞き入れてくれたみたい。


 ゲームの兼継は、親しくないうちからガツガツいくと逆に好感度が下がるキャラなんだけど、こっちの世界の兼継殿を見ていてもそんな感じがする。

 いきなり情熱的な意味を持つ花じゃなく『私の想いを受け取ってください』という意味の花水木をセレクトしたのは良い趣味だと思う。

 実際ゲームでの選択肢「紅花翁草」「桃」「花水木」の中で、一番好感度が上がる花だったしね。


 ちなみに紅花翁草は「君を愛す」、桃は「私はあなたのとりこ」という、なかなか情熱的な花言葉だ。


「わかりました。お任せください」

 照れてにこにこしている桜姫が可愛くて、私は自然と笑顔になった。



***************                *************** 


 夜、兼継殿がお邸に戻ったのを見計らって、私は花水木を兼継殿の部屋へと持って行った。


「桜姫から預かってきました。どうかお受け取り下さい」


 部屋で書籍を読んでいた兼継殿が、花を見て不思議そうな表情になる。

「……桜姫はこれをお前に託したのか? 随分と豪胆だな」

「?」

 たぶん私はきょとんとした顔をしたんだろう。兼継殿は微かに苦笑しながら目をそらした。

「花水木なら感謝の意とも取れるだろうが、それでもわざわざ雪村に託すとは酷な真似をする姫君だ」


 何だか兼継殿の心象がよくないみたいで、私は慌てて言い繕った。

「私が姫に越後の風習をお教えしたのです。兼継殿にはお世話になっているのですし贈ってみては、と言ったのも私です」

「お前は本当にこの風習の意味をわかっているのか? 知っていて勧めたのだとしたら、お前も大概だぞ」


 兼継殿に花を贈っている女子なんて数えきれないほど見てきたけど、こんなにダメ出しされた人なんて見たことない。

 それ以前に兼継殿の言っている意味が解らなくて、私は途方に暮れた。


 戸惑っている雰囲気を察したのか、兼継殿が視線を戻し、こちらも不思議そうに聞き返してくる。


「私は雪村と桜姫は想いあっていると思っていたが? 桜姫に私への花贈りを勧めるお前も理解できないし、雪村にその花を託す桜姫も理解し難い」


 しまった、そこか!


 私は慌てて首をぶんぶんと横に振った。

「桜姫とはそういった間柄ではありません。ただ、信厳公より「姫をお守りせよ」と最期の願いを賜りました。大切にお守りしなければと真剣に思っております」

「男女の仲とはそう割り切れるものではない。お前がまだ解っていないだけだろう」


 いやちょっと! 桜姫は兼継ルートに誘導したいのに、当人にこんな誤解をされてちゃ進展させようがないよ。


 何とかしなければ、その一心で私は熱弁を揮った。


「姫は神の子です。兼継殿のおっしゃる通り、ただの男子に過ぎない私では真の意味でお守りすることは出来ない。兼継殿にしか出来ません。だから」

「待て! お前は何を知っている」

 兼継殿に鋭く遮られて、私はふと我に返った。


 しまった! 兼継が愛染明王の化身なのはエンディングまで秘密だった。うっかりそれを匂わすような事いっちゃった!


 兼継殿を誤魔化し切るなんて不可能だ、逃げろ、と私の中で盛んに雪村が警告するので、私は一目散に部屋から退散した。



***************                *************** 


「雪村、後で私の部屋へ」朝餉の席で兼継殿から声をかけられた私は、軽く緊張しながら兼継殿の部屋へと向かった。


「兼継殿が一番信頼できるので、姫をお任せするなら兼継殿だと思って、あのように言いました」 昨日のことを蒸し返されたらそう返そう。

 一晩がかりでそう答えを用意して行ったけど、兼継殿は「これを姫に」と花を差し出しただけだった。


 花水木ではない、どことなくふわりとした赤紫色の花。そして和歌もない。

 だからと言ってその花は、ゲーム中で兼継が姫に返した『感謝』を意味する風鈴草でもなかった。


 どういうこと?


 花と兼継殿を交互に見ている私に「お前と姫がそのつもりなら、それに乗ってやろうと思ってな」そう兼継殿は澄ました表情で答え、花の意味については何も言ってくれなかった。



***************                *************** 


 私も雪村も、花や花言葉にあまり詳しくない。だからこの赤紫の花が何なのかは解らない。


「兼継殿から預かってきました」


 そう言ってその花を手渡すと、奥御殿の侍女衆から声にならない悲鳴が漏れた。


 私と同じきょとんとした顔であたりを見回す桜姫に、側に居た侍女が「よかったですわね、姫さま」と涙ぐまんばかりの勢いで肩を揺する。


「告げられぬ恋」それがその花『翁草』の花言葉らしい。


「きっと兼継様は、雪村に遠慮して想いを伝えられなかったのですわ!」

「お花を返されたというだけで姫さまの特別さが窺えます。兼継様はいつも花ではなく、和歌を返されますのよ」

「それはそれでときめくのですけれどね。ただその和歌が「恋へのお返事」ではなく、その花を題材に詠ったものですので、兼継様のお気持ちは結局わからず仕舞いですのよ」


 そんな返事をしていたのか。道理で花を貰った後でも彼女が出来てないわけだ。


 侍女衆はこの花にとても喜んでいるけれど、どうにも私は腑に落ちない。


 昨日の兼継殿は、桜姫に秘めた恋心を持ってるようには見えなかったし、こんな序盤であの兼継殿がそんな軽い返事を返すってのが、キャラに合ってない気がする。


「姫さま、さっそくお返事の花を贈らなくては!」

 盛り上がる侍女衆に、桜姫が戸惑ったような微笑みを向け「雪村、またお花を届けて貰うことになりそうだわ」と呟いた。

「返歌の心配は余計でしたね。お心を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」

 そう答えながら、私も戸惑ったような顔をしているのだろう。


 私と姫がそのつもりなら「それに乗る」。

 そう言っていたけれど、兼継殿はいったい何を考えているんだろう。

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