カオス戦国 ～気付いたら18禁乙女ゲームの世界に転生してました・でも私、攻略される武将側なんですけど！？～

第11話 雪村恋愛イベント其の一 勃発

　兼継殿が帰った後、私は兄上に呼ばれた。やっぱり兼継殿の用件は、桜姫に関しての事だったみたいだ。

　桜姫は武隈の姫だけれど、同時に上森の姫でもある。

　剣神公が亡くなった時に毘沙門天が現れた事は世間に知られているから、剣神公は今、「軍神」として神格化されているんだよね。

　その娘となると「神の子」って事になるから、今後姫を利用したい勢力が出てこないとも限らない。

　実際に御館（おたて）の乱の時も、桜姫は「剣神公の直系」になるから、危うく巻き込まれるところだったみたい。

　姫の存在が公（おおやけ）に知れた直後、兼継殿は影勝様に「陰虎に獲られる前に姫を娶（めと）って、上森後継者の正統性を主張すべき」と進言したんだけど、影勝様が「神子姫を世俗（せぞく）の争いに巻き込むな」と窘（たしな）めたんだそうだ。

　そして御館の乱が勃発し、陰虎様側は桜姫の身柄を確保しようと動いたけれど、すでに雪村が甲斐に連れ去った後だった。

　桜姫の身柄を抑えられていたら本当に不味かったらしくて、兼継殿に礼を言われたって兄上が言っていた。

　上森の姫に誘拐じみた事をして怒られなかったのは良かったけれど。

　兼継……影勝様に姫を娶らせたら、天に連れて還（かえ）れなくなるじゃないの……

　本当に兼継は、影勝様の事になると他がどうでもよくなるな！自分のエンディングフラグまで折ろうとするなんてやりすぎだよ。

　まあそれは置いておいて。

　信厳公の喪が明けるまでは現状維持。　それと上森も桜姫の後ろ盾になるつもりがあるから、真木も何かあれば上森を頼って欲しいって話だったらしい。

　上森は大大名（だいたいみょう）だから、信厳公が亡くなった今となっては心強い。

　後継の克頼様とは、真木はあまり上手くいってないから。

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　小刀で羽根の形を整え、端（はし）を器用に削っていく。上手く飛ばすには角度にコツがいる。

　私は器用に動く自分の手元を見ながら感心していた。

　私は生まれてこの方、竹とんぼなんて作った事はない。この知識と器用さは雪村のものだ。

　周りでは目をきらきらさせた男の子たちが手元を覗き込んでいて、それを意識すると緊張しそう。

　先日の「また今度な」を社交辞令と思わなかった子供たちは、桜姫と出かける途中だった私を捕まえ「竹とんぼ作り依頼」を再チャレンジしてきたのだ。

　もう断れない。

　きっと雪村はあんな社交辞令は言わない人だったんだろう。偉いなあ。

「ほら出来た。武術もそうだがこういうのはきちんと見て覚えるんだぞ」

「ありがとう、兄ちゃん！」

　きゃあきゃあ喜んで駆けだして行く子供たちを見送って、私は後ろを振り返った。

　私の斜め後ろでは、桜姫が何やら考え込んでいる。

「お待たせしました、姫。では参りましょうか」

　今日は桜姫を、適当に花が咲いているところを案内する予定だ。「適当に」なんてやる気のなさが漏（も）れてるところは勘弁して欲しい。

　とうとう雪村ルートしょっぱなに発生する恋愛イベント「信濃（しなの）のきれいな場所」のフラグが立ってしまったのだ。

　まだ美成には会ってすらいないというのに……

　このイベントは上田にいる期間だけ発生する。

　雪村が「甲斐に戻る前にぜひ信濃の美しい場所をお見せしたい」と桜姫をデートに誘うイベントだ。

　ちなみに私は、姫を誘っていない。

　好感度はそれなりに溜まっている自覚はあったけど、ゲーム中、上田に来ることは何回もあるから、せめてもう少し後まで恋愛イベントの発生を抑えようと思っていたからだ。

　私にとって「恋愛イベントを進める」って事はイコール死へのカウントダウン。

　当然やりたくない。なのに姫の方から「甲斐に戻る前に、雪村が生まれた場所を見ておきたいわ」とお誘いが入ってしまった。

　なにその断りづらい台詞。

　街道から逸れた森の中、木々の間を抜けてしばらく進むと、秘密の場所みたいに開けた野原がある。　案内したその場所は、人の手が入っていないのに色とりどりの花が咲き乱れていた。

　領地をよく見回っているからこそ知っている、雪村らしいセレクトだと思う。

「すごい！こんなに綺麗な場所は初めてだわ！」

　うふふと笑いながら、桜姫がくるくる回ってはしゃいでいる。

　ちょっとあざとい気がするけど、男の人なら可愛いと思うだろうな。

「喜んでいただけたようで良かったです。ここに他人を案内するのは初めてですので」そう言って、私は桜姫に笑い返した。

　何だか今の私が言うと自画自賛ぽくなるけど、雪村はすごく性格がいいなと思うから、あまり評判を落とすような真似は出来ない気分になってくる。

　なのでついつい好感度上がりそうな対応しちゃうんだよね……。イベントは進めたくないんだけどさ。

「雪村、見て？」

　そう言って桜姫がたんぽぽの綿毛をふうふうしている。なにそのあざと可愛さ。

　私も現世でこれくらいやってれば喪女じゃなかったのかな。……成人した女がやったら「花咲かせるのは頭の中だけにしろ」って言われそうだけど。

　でも桜姫は見た目が幼いから、普通に似合っていて可愛い。

　私も桜姫のそばに膝をつき、黄色い毬（まり）みたいなたんぽぽに触れる。

「蒲公英（たんぽぽ）には「神託（しんたく）」や「真心の愛」「別離」といった意味の花言葉があるそうです。後は……そうですね、これなど」

　私はそばに咲いていた青紫の花を摘んで、桜姫に差し出した。

「これは紫苑（しおん）です。紫苑は根を乾燥させると鎮咳去痰（ちんがいきょたん）に効く薬になります。使うときは桔梗（ききょう）や杏仁（きょうにん）などを一緒に配合するそうですが」

「すごい、詳しいのね」

「兼継殿の受け売りです。越後に居た頃に教えていただきました。そうだ」

　私はふと思いついて、桜姫に微笑みかけた。

「今度、越後に行ってみませんか？こちらの世界には「夏桜」という夏に咲く桜があるんです。越後の山中は寒いので随分（ずいぶん）遅くまで見られると聞いたことがあります」

　こっちの異世界では現世と違うものが多々あって、「夏桜（なつざくら）」というのもそのひとつだ。文字通り夏に満開を迎える桜で、東北地方の山中でしか見られない。

　そうだ、兼継殿に姫の案内をしてもらおう。

　兼継の恋愛イベント其の一も花絡みだったから、その前後あたりのタイミングで連れて行けば仲が深まりそうだよね。

　私は心の中でうんうん頷きながら、桜姫の手に紫苑を握らせた。

　花の方は薬効（やっこう）がないからいらない。