第5話 可憐な姫と死にかけの殿

「姫、落ち着かれましたら炎虎に移りませんか? 見た目は厳めしい虎ですが、元は父君であられる武隈 信厳公の霊獣。姫にも懐きましょう。それに輿よりも揺れませんし、甲斐にも早く到着できます」


「輿より揺れない」その一言が効いたのか、桜姫は炎虎に乗る事を承諾した。

 何だか桜姫、具合が悪かったから気絶したみたいで、輿に乗せて間もなく、えづいたような声がした。

 桜姫って、プレイヤーキャラとして見てた時はそんなに繊細な印象じゃなかったんだけど、それは自分が選ぶ選択肢がアクティブだっただけで、もしかしたら公式設定では繊細で弱々しいキャラだったのかも知れない。

 それはそれで可愛いからいいか、そう思いながら私は桜姫に十分気を使いながら

輿から降ろした。

 

 白くて細くて小さな手が、私の手に添えられる。

 桜姫は雪村より2歳年下の18歳のはずだけど、なんかもっと小さいっていうか……本当に壊れそうにほっそい。


「ほむら」


 私は炎虎の名を呼んだ。

 炎虎は元々武隈家に隷属れいぞくしていた霊獣だけど、信厳公の跡取りである克頼かつより様には従わなかったこともあり真木に下賜された霊獣だ。


「桜姫を護る役目を真木に命ずる」とのお館様の言葉と共に。


 「ほむら」という名前は、名前をつける事でより霊獣と強く結びつく、と兼継からアドバイスされて雪村が名付けたみたい。

 ゲーム中ではそういう話はしてなかったなぁ、そう思いながら私は目の前に現れた空気の揺らぎを見つめた。

 

 揺らぎが固まり、炎をまとった白虎が現れる。雪村の振りをしている私が呼んでもちゃんと来てくれて、正直ほっとした。

 雪村の振りをしているというか……感覚的には、雪村の身体の中に私の魂が入ったような感じがする。ちゃんと雪村の記憶もあって、身体能力は雪村のままで……

 何となく、雪村が考えていることも感じ取れる、不思議な感覚。


 私は添えられた手を軽く握り返し、怖がらせないようにそっと「では失礼します。しっかり掴まっていて下さいね」と桜姫を抱き上げた。

 

 雪村が、そうしたいと思っているから。


***************                *************** 


 甲斐に着いた私たちは、取るもとりあえず武隈の城、躑躅ヶ崎館つつじがさきやかたへ向かった。

私の中の「雪村」の焦り具合から察するに、信厳の容態はそうとう悪いのだろう。


 そう思っていたのに、信厳は意外と元気そうだった。

「桜姫、ワシが父上じゃよ。ああ、剣神に全く似ていない可愛らしい姫じゃな!」

 

 桜姫が困ったように微笑んでいる。そりゃ剣神公っていうか母親をディスられたら コメントしようがないよね。

 だからって達磨みたいな信厳公にも桜姫は似ていない。

 

 疑っている訳じゃないだろうけど一応伝えておこう、そう思い 私は口を開いた。

「炎虎の炎は姫を燃やしませんでした。桜姫は間違いなく武隈の血を引いておられます」

 

 炎虎は炎をまとった白虎で火炎を司る。

 そしてその霊気の炎は、武隈と現在の主である真木を燃やすことは出来ないから、こういう確認の仕方ができるのだ。

 過去にこの手が使われたのは、お館様の隠し子発覚騒動の時だったけど。

 

 はかなげに微笑んでいた桜姫がつとお館様の方へにじり寄り、そっとその手を取った。

 そして驚くお館様に、悲しげにささやく。


「わたくしに母上様のようなお力があれば、父上様のご病気を治すことが出来るのに。桜は悲しゅうございます」

 

 姫の可愛らしさに信厳公がのた打ち回って身悶えた。

「姫はかわゆいのう!剣神ももう少しこのような可愛げがあれば良かったのにぃ」

 

上森では戦バカ扱いだった剣神公に病を治す力があったのかは知らないけど、お館様はやたらと感動しているし……まあいいか。



 信厳に思い入れのない私と、桜姫と会わせるのが間に合って心底ほっとしている

雪村との心情の乖離かいりが激しくて、何だか落ち着かないまま時間が過ぎて行った。

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