第三十六話 葛屋、陸奥への行商準備をする

京 葛屋


 さてそろそろ陸奥に下る時期が来たわ。遠野の紙はあまり品質が高いわけでは無いけれど、紙をつくれるところがまだすくないからまずまず儲かります。遠国で関銭も馬鹿にならしませんが、それでも利益を得られとりますからな。


 博多の商人を通じてぽたてという芋を探してはおるものの、今のところなしのつぶてや。こないだ渡した芥子の実は今頃どうなってんのやろか?こっちで植えてみたのは芽も出んで、あかんくなってもうた。神童と呼ばれる若様であろうとそう上手いこといってへんやろな。


 あとはせや、依頼にあった桑の木はなんとか確保できたわ。あとはある程度桑が増えてきたら蚕を売ってやれば、絹が手に入るようになるかもしれん。あんな陸奥の田舎なんぞで満足な稼ぎはできひんおもてたけど、とんだ打ち出の小槌を得たかもしれへん。


 土産に京の蒔絵の付いた漆器、陶器、明の書物などの他に東国にはまだ無い里芋を籠につめる。あの神童がどのような顔を見せてくれるんやろなぁ。今から楽しみやで。


 明日は奥州に逃れた義経公にちなんだ、西陣の首途八幡宮(かどではちまんぐう)にお参りして道中の安全を祈らなな。


「旦那様、四条様がお見えです」


「おやまぁ、今日は一体どうなさったんでしょうなあ」


 羽林家の一角、四条様には贔屓にしていただいとりますが、本日はどのような御用やろか。奥の間に四条様をお通しするよう指示し、急いで身支度を整え挨拶に伺う。


「これは四条様、いつもご贔屓にしてもろてます。本日はどないしはりました?」


「ほほほ。いや何、今日はその方に頼みがあっての」


「私めにできることでしたら、何なりと」


「そうか。すまんな。先日陸奥の話聞かせてもろたやろ?」


「はあ。遠野の阿曽沼のことにございますか?」


「せや。そこの童とやらがずいぶん面白いゆうてたやろ?」


 商いに出るたびに各地の情景を細々と聞いてきはる。最近は阿曽沼のことをお話することもあったのでそのことを云ってはるんやろなぁ。


「そもそも阿曽沼の家は、当家の祖先に当たる魚名流、秀郷様が祖の同門やそうや」


「なんと。それは存じておりません」


「せやろ。麿も調べてみて知ったくらいやからな。これも何かの縁や思うんや」


 縁や言うても遠縁も遠縁やないか。


「それと、四条様のご依頼とはどのようなつながりがありますでしょうか」


「ほほほ。荒れたこの京では身の安全が得られんやろ?」


「もしや、四条様」


「かと言って麿は包丁を預かる身なれば、京を後にするわけにもいかしません。せやけど家族はどこかに預けよか思てるんや」


 まさかの事態や。いやいや四条様ご自身ではないにせよ、姫様やご子息を陸奥までお連れするなど、とても無理や。あんな遠国まで護衛をつける余裕はうちも四条様もあらしません。行けたとしてもあんな田舎、京住まいのお公家さんにはよう耐えられませんて。


「まあそういう顔になるやろなぁとは思てたわ。まあ今回は連れて行ってくれ言うんちゃいます。今後なんかあったら頼りにさせてほしいと伝えといてほしいんや」


 そういうや四条様が文をこちらに渡し、退室なさる。ほんまえらい仕事もろてもたで。しかしあの田舎武家が四条様と遠いとはいえ縁戚なんてほんま寝耳に水や。こらえらい運が向いてきたかもしれんな。

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