第55話 クラスメイト side(5)

 アカリが、靴紐&黒猫のダブルパンチに絶望したのと同日。

 国王であるガゼウスの執務室には、その日ガゼウスだけでなく宰相のダニエル、宮廷魔法使い団長のボルマー、近衛騎士団団長のクロード、副団長のバゼットが集まっていた。

 偶然集まって談笑しているのであれば良かった。

 しかし、当然そんな事がある筈もなく執務室は重苦しい雰囲気に包まれていた。

 その原因は、アストレア王国に属するカラクを治める領主から緊急の案件で届いた手紙の内容にあった。

 記されていた内容は、魔王の出現と魔王率いる多数の進化個体含めた数千の魔物の軍勢、魔王の部下と思われる強力な吸血鬼により街を襲撃された。

 手紙には、その様に記されていたのだ。


「イスピア共和国の襲撃から半年近く。まさか、次に襲撃されたのが我が国だとは。ダニエルよ、カラクは、襲撃により一体どれ程の被害を受けたのだ」


 ガゼウスは、宰相であるダニエルから語られるであろう凄惨な被害状況を思い心苦しい表情を浮かべる。

 しかし、宰相から語られた報告はガゼウスが、いや、この執務室に居る全ての者達が予想していたどれとも違うものであった。


「はい。これは、不幸中の幸いと言っても良いのわかりませんが、奇跡的に住民の方々の死亡者はゼロ。しかし、街の建築物は侵入した魔物によって破壊され城壁は吸血鬼の一撃で崩壊したそうです。それと、残念な事に戦闘で数百名近い冒険者、領軍の兵士の方々が復帰の厳しい重傷。同じく百名近くの死亡者が出ました」

「そうか、勇敢に戦い名誉ある死を迎えた者達が来世では幸多からんことを」


 ガゼウス、そして執務室に居る者達は、住民達と街を守る為に戦い亡くなった者達へと静かに心中で深い敬意を込めて黙祷を捧げた。

 時間にして1分弱。

 黙祷を終えたガゼウスは、報告を受けて感じた疑問をダニエルへと尋ねる。


「ダニエルよ、被害報告はそれで間違いないのか」

「はい。手紙には、確かに今と同じ報告が書かれていました」

「そうか、亡くなってしまった者達には申し訳ないが、建物の被害と死傷者がこの程度ですんだのは幸いであった」


 ガゼウスが感じた疑問。

 それは、魔王が襲撃して来たにしてはあまりにも被害が少な過ぎた事。

 確かに街の建物、城壁、数百名もの重傷者、死傷者が出たのに間違いはない。

 しかし、半年前に隣国のイスピア共和国で起きた魔王の襲撃。

 たったの一夜で生存者数名、街が元の風景もわからない程に崩壊するという凄惨過ぎる被害が出たのだ。

 イスピアでの被害とカラクでの被害の差にガゼウスのみならず執務室の全ての者が疑問を抱かずにはいられなかった。


「いったい何故今回は、こんなにも被害が少なかったのだ」

「何故かはわかりませんが、今回の襲撃では、魔王は姿は見せたものの戦闘には参加せず竜種、龍種はそもそも姿を見せなかった様です。それにより、被害が少なかったものと」


 魔王、そして、魔物の中でも最上位の竜種、龍種が居なかった。

 確かにそれなら被害も少なくなるのも頷けよう。

 しかし、それでも説明の付かない事がまだある。


「だとしてもおかしくないでしょうか」

「えぇ、多くの進化個体含めた軍勢と吸血鬼が居たのですよね?」


 クロード、バゼットの言葉通り魔王、竜種、龍種が居なかったとしてもカラクは数千近い魔物の軍勢と強固な城壁を一撃で崩壊させる吸血鬼が襲っていた事に変わりない。

 それなのに、この被害の少なさ。

 まだ、何かあったに違いない。

 そう思ったガゼウスは、ダニエルに報告の続きを促した。


「何故なのか書かれているのだろう。話せ」

「はい。手紙によると領軍も冒険者も防衛に出るのに遅れたそうです」

「は?なら、何故守れているのだ」


 ここから、ガゼウス、ボルマー、クロード、バゼット達は何故カラクがこれだけの襲撃を受けてこれ程被害が少なくすんだのか知る事になり驚く事になる。


「1人の冒険者の少女が、単身城壁を数千の魔物の軍勢から守った事で領軍、冒険者が来るまで耐えれたそうです」

「「「「は?」」」」


 執務室に居る誰もが、ダニエルの口から語られた事の意味が理解出来なかった。

 少女がたった1人で、数千の魔物から城壁を守り抜いた等信じられる訳がない。

 しかし、緊急の手紙しかも相手は国王である自分なのだ。

 そんな不確かな内容を送る訳ないしダニエルがふざけている訳でもない。

 つまり、信じられないが本当の事なのだろう。

 ガゼウスは、数十秒掛けて報告の内容を受け入れると再びダニエルに続きを促す。


「すまない。続きを頼む」

「はい。領軍、冒険者が…………」


 その後、ダニエルが語った内容はやはりとても信じられるものではなかった。

 魔王とザクトと呼ばれる吸血鬼が現れ魔王はザクトに戦闘を任せると直ぐに姿を消した。

 その後、残ったザクトにより領軍の兵士、冒険者を屍食鬼にされたものの何とか対処出来たと言う。

 ここまでは、まだ良かった。

 しかし、この後の内容があまりにも信じられないものなのだ。

 例の城壁の件の少女が強力な吸血鬼の相手をたった1人で引き受け激戦の末撃退に成功。

 どう考えてもおかし過ぎる。

 普通なら、腕利きの冒険者や騎士団が何十人、下手したら百人クラスで挑む相手に単身挑み退ける。

 ガゼウスは、自分の知る常識が崩れていくのを感じた。


「凄まじいですな。単身で吸血鬼を退けるとは。しかも、火、水、風、土の四属性の魔法を扱う魔法使いだなんて」

「それに、魔法だけでなく近接もかなり出来るみたいですね」

「ハァ~いったい、何者なのだその少女は」


 荒唐無稽と言っても良い様な話しに思わずため息をついてしまう。

 しかし、前述通り誰もふざけている訳でもない。

 つまり、本当の事なのだ。

 だとすれば、その少女は誰なのかとガゼウスは気になった。


「ダニエルよ。その少女は、何者なのだ?Aランク、Sランクにそんな少女が居た記憶はないが」

「手紙によればその少女の名前は、アカリ。Dランク冒険者の魔法使いだそうです」

「……アカリ?」


 ガゼウスは、その少女の名前に聞き覚えがあった。

 つい最近、身近な場所で耳にした名前。

 自身が異世界より喚び出した勇者達から聞いた勇者達の友人の名前。


「カミシロ…アカリ………まさか。ダニエルよ!その少女の見た目や特徴等は何かわかるか」


 ガゼウスは、まさかと思い確認すべくダニエルへとアカリの見た目を問う。


「特徴ですか。白銀の長髪に赤い瞳の見目麗しい少女らしいですよ」

「白銀、赤目の少女……違うか」

「例の勇者様達の友人様ですか」

「あぁ」


 勇者達に聞いた特徴は、長髪の黒髪に黒い瞳の見た目が綺麗な少女。

 名前を神白緋璃と言っていた。

 名前が、アカリと言ったのでまさかと思ったが片や白銀の長髪に赤い瞳。

 片や黒髪の長髪に黒い瞳。

 名前と見た目が綺麗な事位しか共通点がない。

 恐らく別人だろう。


 しかし


「念の為に勇者達に伝えてはおこう」

「そうですね。捜索を始めて一月近く。今だに情報が何も掴めていませんからね」


 ダニエルの言う通りこの一月国内のあらゆる場所を捜索してはいるものの何一つ手掛かりを掴めておらず困っていた。

 その為、国内には居ないのではないかと思っていたがここでこの情報だ。

 可能性は、限りなくゼロに近いだろうが伝えておいて損はないだろう。

 そう判断しガゼウスは勇者達へと伝える事にした。


「それにしても、まだ若いでしょうにこのアカリと言う少女は素晴らしい実力ですね」

「そうですな。是非1度お会いしてみたいものです」

「魔法に近接と両方強い人は見た事が少ないですね。勇者様方と歳も近いでしょうし共に戦ってもらえたら心強いでしょうね」


 ボルマー、クロード、バゼットというこの国でも上位に入る実力者達のアカリに対する評価。

 それを聞いていたガゼウスは、バゼットの言った言葉に1つ考えが浮かんだ。


「バゼットよ。それは良い考えだ」

「え?どう言う事でしょうか」

「お前の言った通りの事だ」


 アカリと言う少女は、バゼットの言う通り勇者達と歳も近いだろう。

 ならば、クロード達や現在ダンジョン遠征に同行しているビクターよりも歳も近い者通しの方が何かと気が合うだろう。


「そのアカリと言う少女に勇者達に協力してもらう様に頼むのだ。勇者達には今よりも強くなってもらわねばならない。今後、様々な場所で実戦を積む必要がある。我々が同行出来ない事もあるかもしれん。そんな時に、彼女の様な歳も近く何より実力もあり頼りになる様な者が居ると心強いだろう」


 ガゼウスの言葉に執務室に居る者達は、1度考え込み確かに頼めれば心強いだろうと思った。


「良いかもしれませんね」

「実戦に身を置く者のアドバイス等は成長に繋がるでしょう」

「了承が得られたら非常に頼もしいでしょうね」


 今勇者達に必要なのは、何よりも実戦により経験を蓄える事。

 それを考えれば、冒険者と言う常に実戦の場に身を置く者が付くのは勇者達にとって成長に繋がる事だろう。


「再び年若い者を頼るのは心苦しいが、国、民の平和の為だ。ダニエルよ、その彼女は現在もカラクに居るのか?」

「いえ、どうやら彼女は、元々オーレストに居た様で現在は、カラクからオーレストへ帰った様です」

「そうか、ではオーレストのハンスに手紙を出すとしよう。それと、ダニエルよ各領主達へ警戒体制を敷くように伝えておいてくれ。3人も、これで話しは終わりだ。仕事に戻ってくれ」

「「「「かしこまりました」」」」


 4人が出ていった執務室に残ったガゼウスは、椅子に深く腰掛け天井をぼんやりと見上げる。


「これが、良い結果に繋がってくれると良いのだが」


 ※※※※※


 ガゼウス達が話し合った日、天之達はその日のダンジョンでの戦闘を終え宿泊所で談笑しながら夕食を食べていた。


「お前ら、話しがある。少し良いか」


 すると、ビクターさんが部下の方を連れて食堂の前に立つとそう言ったので皆1度黙って前を向きリーダーらしいので俺がビクターさんに話を伺う。


「何でしょうか?」

「実は、2つ程報告があってな」

「報告ですか」


 普段なら、ダンジョンに入る前の全体集合でまとめて報告関係をすませるビクターさんがこのタイミングで話すと言う事は、俺達がダンジョンに居る時に何かしら大切な知らせが届いたという所だろう。

 皆何となくそれをわかっているのか黙ってビクターさんが話すのを聞く。


「あぁ、まず1つ目。今から5日程前にアストレア王国に属するカラクって街が魔王に襲撃された」

「「「「「!?」」」」」

「幸い住民の人達は死亡者ゼロ。だが、建物、城壁の倒壊。領軍の兵士、冒険者の死傷者が合わせて数百人は出たそうだ」


 魔王が、この世界に居る事は知っていた。

 しかし、これまでは過去の話しとして聞いていたものがこうして身近で最近の事として語られた事で改めて現実の事だと理解させられた。

 そして、自分達がどれだけ危険な相手に挑むのかも。


「それで、2つ目がさっきの繋がりでカラクの街を襲撃から救った立役者にアカリって少女が居たらしい。ただ、白銀の長髪、赤い瞳の少女らしい」

「神白さんと同じ名前の少女。皆どう思う」


 同じ名前。

 しかし、明らかに見た目の特徴が違う人物。

 それを踏まえた上で俺は、皆に意見を求めた。


「流石に、それだけじゃ何とも言えないかな」

「俺も同じく」

「名前だけ同じ別人なんじゃ」

「そもそも、見た目の特徴が違うしね」


 亮介や将吾達は、情報の少なさや特徴の違いに何とも言えない様な表情を浮かべて答え他の皆も似た雰囲気をしている。


「俺は、そのカミシロ?って少女の事を知らないがどんな子なんだ?」


 俺達が、必死に見付けだしたいと思ってる事を知ってはいるが本人を知らない為にビクターさんは興味本意で俺達に神白さんの事を聞いてきたので、各々神白さんに対するイメージを答えていく。


「優しい」

「美少女」

「オタク」

「運動神経抜群」

「お助け大将」


 ここまでは、良かった。


「自称一般人の逸般人」

「超人2号」

「陰陽」

「混沌・善」

「天之、亮介に続くリアルラノベ主人公」

「フラグ建築RTA日本代表筆頭候補」


 うん。

 酷いな。

 てか誰だよ、リアルラノベ主人公とか言ったヤツ!

 後、フラグ建築RTAは可哀想だろ。


 言葉の意味を理解してるのかはわからないが、ビクターさんも酷いと思ったのか少し頰が引きつっている。


「君達、一回緋璃に怒られてきなよ」

「そう言う宮本さんは、どんなイメージな訳?」

「何気に何度も警察のお世話になってる人物No.1」

「宮本さんも怒られてきなよ」


 そんな事を言い合ってる間にビクターさんは再起動したのか、再び話し出した。


「後1つあった。明日俺は1度王都に戻る。その間は、コイツら部下に指示は出してるから何かあれば、コイツらに聞け。話しは以「ちょっと良いかな?」何だ宮本」

「王都に私も行って良いだろうか」


 宮本さんは、ふざけた様子なくそう言った。


「どうしてだ?」

「実際に戦闘してわかったが私は、戦闘のセンスが微塵もない。ゼロだ。だから、元々センスがある生産を極めて皆のサポートに回りたい。駄目だろうか」

「だったら、俺もだ。付与師として宮本さんとサポートに回りたい」

「俺も」

「私も」


 その後も、何名か手を挙げていき合計10名が名乗りをあげた。


「確かに、今後は今よりも危険になる。なら、今の内にサポートに回るのも良いか。わかった。今手を挙げた奴は連れて帰ろう」


 結果、ビクターさんも宮本さんの話しに共感し手を挙げたクラスメイト計10名は、サポートとして生産に回る事になった。


「感謝する。皆そう言う訳だ。勝手だがすまない」

「気にしないでくれ。宮本さん達は裏で、俺達は表でお互い頑張ろう」

「あぁ、サポートは任せたまえ」


 そうして、この日は遅くまで皆で話して過ごし翌日宮本さん達は、王都に戻って行った。


 ※※※※※


 同日、大陸の何処かにある屋敷。

 その屋敷の中は暗闇に閉ざされていた。


「ようやく腕が元に戻ったねザクト君」

「はい。思ったよりも時間が掛かってしまいました。申し訳ありません」

「仕方ないよ。肩から斬り飛ばされたんだ。今は、しっかり食べて元に戻った事を喜ぼうじゃないか」


 よく見るとこの部屋中に何かの肉片、赤黒い液体が飛び散ったかの様な染みが至る所に見受けられる。

 この肉片、染みの正体。

 それは全てザクト、魔王達に喰われた人間の血肉の残骸であった。

 ここ最近に至っては、ザクトの回復の養分として毎日の様に人間が無惨に喰い殺されていた。


「そうだ、ザクト君。君の腕を斬り飛ばした少女。どうやら生きてるみたいだよ」

「は?ですが、主が殺したのでは」


 ザクトは、自身の主の言葉が信じられなかった。

 主自身が、あの日少女を殺したと確かに言ったのをこの耳で聞いたのだから。


「そうだね。私も、腹を貫いたから殺したと思ったんだけど生きてたみたいなんだよね。どうする?」


 主の少し煽る様な言葉にザクトは当然……


「殺します。今度こそ、始めから全力で確実に。その血肉一滴一欠片残さず喰い殺してやります」

「そうかい。頑張りたまえ。だが、出来たら一度話してみたいからその後でね?」

「了解しました」

「待ち遠しいね。あの日確かに君は、私の感じた通り面白い光景を見せてくれた。次は、いったい何を見せてくれるのかな」


 男は、そう言うと静かにだが顔は心底愉快そうに笑うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る