上手く……いくかも?

「おはようございまーす!」

 と、朝6時に勢いよくカーテンを開ける院長先生。

 それがほぼ毎日だったので、正直、寝てる時に来るとビックリでした。


 院長先生はものすごくいい人で、患者さんと話をしたいがためにこうして毎朝突撃して、全員のベッドをまわるそうです。

 それに、よく看護婦さんに叱られている場面に出くわします。


「フワッとした説明じゃなくて! もっと具体的に言わないと患者さんに伝わりませんよ!」

 とか。

「先生! いきなりだとびっくりしますよ!」

(この時私はお腹に置いておいたぶっといくだを外したついでにいきなり傷を止めておいたホチキスをぴょいぴょい抜かれました)

 とか。

 ……いや、すごくいい先生ですよ。

 面白いし、話しやすいし、色々な事を相談しやすい人ですので。

 

 それにこうして意見をはっきりと言える環境って、患者さんにとってかなりいい環境じゃないかなって思います。



 さて、話は戻りますが。

 毎日外に出ている胆汁たんじゅうの量を記録しているのですが、安定の150ml前後を出し続けている私です。


 その事をほぼ毎朝院長先生と話すのですが、

「あの処置(胆管たんかんステント)をすれば止まるはずなんだけどねー? まあいつかは止まるよー」

 はははーと笑いながら颯爽さっそうと他の患者さんのところへ行く院長先生。

 私の治療は、今のところそれしか無いようなのです。


 ……いつかって、いつでしょうね?



 それにごはんのあとも相変わらずに痛みます。1日一回はひどく痛み、点滴にお世話になるほどです。

 なので退院まではおかゆをいただいていました。それさえも完食できない日々が続きます。食べてると痛みが増すので、食欲が無くなってしまうのです。


 ですがここまでで、気付いたこともありました。

 膵炎すいえんの治療中、胆汁漏たんじゅうもれの痛みは皆無だったのです。れてはいたのですが、断食中は少し減っていた気もします。


 もしかして……胆管たんかん関係無く別の所かられているのでは?


 そう思いましたが、ものすごい機械で隅々まで調べてもらっています。その結果が『クリップのズレ』なのです。

 まさか……とは思いましたが、私の思い過ごしだろうと、疑ってもいませんでした。


 だって私のたんのう取った先生、つまり主治医さんは、

 院長先生(病院で一番偉い人)なんだもん……。





 入院から1ヶ月たった頃、先生が新たな動きを見せました。

「ちょっと出口をふさいでみよっかなー」

 そう言って、お腹から生えているチューブをいじり始めました。


 私のお腹から生えたチューブは、点滴に使われる物と一緒です。

 そのつなぎ目には、T字の分岐点ぶんきてんみたいな部品がありまして、そこのつまみをひねると中を通る液体が止まって、流れを止めるのです。


「これやったらたぶん止まるんじゃないかなーって思ってさー」

「先生! 多分じゃなくてもっと明確な理由で処置しないと! おるかさんひいてますよ!」


 すみません、適当な理由に思いっきりひきました。

 これで苦しくなったらナースコールで教えてねーと、軽く笑った主治医さんはつまみをひねって出ていきました。

 軽いなー、先生。

 私はその後ろ姿を見送りながら、残った看護婦さんに問いかけました。


「院長先生って感覚で生きてる人なんですかね……」

「本当にごめんねーおるかさん。先生って感性の人みたいで」

「でも大抵の天才って、どこか変わってる人多いですよね」

「あー確かに。うちの名医って呼ばれる先生ほとんどどこかずれてる人だね」


 そんな軽口を看護婦さんと叩けるほど、入院生活が長く続く私です。

 結果的にその状態でもったのは4時間弱で、息が苦しく、痛みも出てしまったのでまた開通してもらいました。

 そのとたん、胆汁たんじゅうがダラーっと流れていきました。やっぱり出続けているようです。




 その後、再入院してから1ヶ月が経ちましたので、とりあえずお腹のチューブは抜かずに退院しようと言うことになりました。

 その前にチューブから造影剤ぞうえいざいを体の中に流して、どのくらいの胆汁たんじゅうが体の中に残っているか確かめました。


 再入院の時にはLLの卵の大きさだったれも五百円玉の大きさになっていたそうです。しかしながら、モニターを見ていた先生のうたがう声が降ってきました。


「おやぁ? この道(造影剤ぞうえいざいの影)なんだぁ?」

 主治医さんのそのセリフって、とんでもなく恐ろしいですよね。




 そうです。

 後でわかったのですが私の胆汁漏たんじゅうもれはクリップで止めたはずの胆管たんかんからではなく、肝臓かんぞうから直接たんのうに伸びていた別の特殊なくだをクリップで止めなかったためにここまで長引いていたようなのです。

 このくだが存在する人はまれにいるようで、私はその一人だったようです。手術する際に確認するのですが、私の場合はその存在を見落としてしまったようでした。


 まあ。つまり、毎食後はだだれ状態だったのですね。



 その後、退院する3日前から急激に胆汁漏たんじゅうもれは減り始め、退院当日には5mlという奇跡の回復を見せました。

「ほーらー。俺の言った通りじゃーん。止まると思ったんだよねー」

 そんな主治医さんのセリフを前に、看護婦さんと私は『ほんとかよ……』と内心思ったものです。


 こうして、私の長い入院は幕を閉じたのでした。

 この間、私のあとに入院してきた方は5名、先に退院した方も5名。

 私が一番長くその部屋に居座っておりました。












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