第20話 破壊された頭部

 12月31日(水)

 午後11時過ぎ―。


 中野のコンサート会場「中野ムーンパーク」では、スーサイド5エンジェルズのファン2000人が凍り付いていた。


 数回、発砲したせいで耳鳴りがひどかったが、概ね、冬貝久臣(ふゆかいひさおみ)の計画は、順調だった。


 2日前の夕方くらいに、仲間の矢田(やだ)が、転々としていた宿泊先のホテルを抜けて、バックレた時は計画断念かと思ったが、矢田はなぜか死んだ。


「おれをコキ使いやがったキャバクラの店長をいつか殺してやりたい」


 矢田は、いつもそう言っていた。


 今、思えばあの日、矢田は店長を殺しにいったのだ。冬貝に制止されるのが分かっていて、1人ホテルを抜け出し、報復に向かった。


 銃を使えば良かったものの、冬貝が銃の発砲を、大晦日のコンサート占領の日まで許可しなかったため、どこで手に入れたか知らないが、爆弾か何かを持ち込んで、それで店長を殺そうとした。


 爆弾の扱い方を間違えて、爆死。

 皮肉にも、店長は死ななかった。

 矢田の最期はあっけなかった。


 だが、バックレて警察にタレこんだりするような奴じゃなくて良かった。計画が台無しになっていれば、一番見たかったものが見れなかったからだ。


 ステージでは愛実が泣き出しそうな顔で、こちらを見ている。これこそ、冬貝が一番見たいものだった。


(いい気味だ…くそ女め)


 他のメンバーも震えていた。

 

(これから、お前らに地獄をみせてやる)


 カネを山分けすると言う条件で呼んだ60名の増援も、防火服を着てガソリンを会場中に撒くなど、きちんと仕事をこなしている。


 政府から10億を受け取って、そのうちの6億をこいつらにやる。矢田が死んだので冬貝たちは各1億ずつ、という配分だった。


「多少、懲役くったってカネもらえんなら、やりますよ。楽しそうだし」


 1人アタマ1000万。こいつらの人生は、なによりも安かった。


 冬貝は腕組みをしながら、犬尾の方を見た。


 犬尾は、ニット帽のズレを直しながら、ワイヤーで吊るされたネット中継用のカメラに向かって、にっこり笑うと、マイクに向かって話し始める。


「じゃあ、さっそく最前列のA列から始めましょう。殺人総選挙ゲームのはじまり、はじまりぃ」


 拍手など起こらなかった。

 冬貝は客席の方を見た。

 ガソリンにまみれたまま、2000人が、犬尾の一挙一動を見ている。


 冬貝は薄ら笑いを浮かべながら、これまで一緒に強盗殺人をするたびに、何度も聞かされてきた犬尾の「殺人総選挙ゲームのルール説明」を、改めて聞くことにした。


「誰を殺すか、皆さん自身で投票してもらうわけですが。前列から順にやります。まずはステージを前にした状態で、1列目の1番右端の人が立って、1番左端の席に辿り着くまで順番に、お客さん1人ずつと、会話してください」


 会場から、どよめきが起きる。


「うるせぇぶっ殺すぞ」


 冬貝は、何度も何度も発砲した。天井の照明に当たる。火花。火花。火花。焦げ臭い破片が落ちてきた。

 会場が静まり返った。


「1人につき喋るのは5秒まで。1番目の人が自分の席に戻ったら、次は2番目の人が同じように順番に会話していってください。お見合いパーティーと同じ要領です」


 犬尾は、平然とルール説明を続行した。


「1列目、全員の会話が終わったら、何番の人を殺すべきか紙に書いてもらいます」


 犬尾は、メモもなしに、笑顔で説明をする。


「顔がイヤだ、声がイヤだ。何となく腹の立つ話し方をする。男が嫌いだ。女が嫌いだ。年齢が上のやつが死ねばいい。理由は何でもいいですよ。とにかく殺されるべき人間の席の番号を書いてください」


 会場から泣き声。

 うろたえる声。

 冬貝は、また怒鳴り散らしてやろうかと思ったが、犬尾の声が完全にかき消されるほどではないし、この程度のどよめきは仕方がないかと、堪えた。


「メンバーが紙を回収する際、中身をチェックします。何も書いてない人は、その場で処刑させていただきますから、そのつもりでちゃんと席番号を書いてください」


 犬尾が嗤う。

 会場がざわつく。


 ざわついた理由。

 それは恐らく「何も書いてない人は、その場で処刑」の一文だろう。

 何も書かない、と決めていた連中が大半だったのだ。

 だが、自分の命を守るために、人殺しに加担させられる。

 会場は、残酷なルールに対してざわついているのだ。


(そんなに殺すのがイヤか。偽善者どもめ!)


 耐えられず、発砲。


「ガソリンに火ィつけて、焼き殺すぞ!」


 静寂。

 すすり泣く声。


「投票によって選ばれた1人は、このステージ上で処刑します。そして1時間したら、2列目の皆さんに同じようにまわってもらいます」


 犬尾のルール説明は、とりあえずは、滞りなく終了した。


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「A列は26名みたいですね。これだけいるうちの1人です。希望はありますよ」


 犬尾が笑顔で促す。メモ帳から引きちぎった紙は、前列全員に行き渡った。


「顔が怖い人はなるべく、にこやかに。性格が悪い人はなるべく性格が良さそうに見えるようにアピールするのが生き残るコツですよ」


 冬貝は最前列であるA列26名を見た。

 ガキ、おっさんたち、デブなオタクたち、根暗そうな女たち、冴えない連中がほとんどだった。


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 A列の1人目が立ち上がる。

 20代の細長いメガネの男だった。

 会話が始まった。


「あの、その、はじめまして。今回こんなことになって…動揺してますが、僕には父母と妹がいます。生きて帰りたいです」


 皆、泣きながら会話をしている。

 誰を殺すべきか、たった5秒の会話で選択させられる。選ぶ方も、選ばれる方も地獄といった表情だった。


「ほらほら、5秒ですよ。さっさと回ってください」


 犬尾に急かされたメガネの男は、会話などマトモにできないまま、泣きながら次へ進んだ。


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「発表です!選ばれた方は、Aの13番の男性!なんと投票数は26名中、25名!これって本人以外、全員じゃないですか!周囲に嫌われるような行為でもしたんですかね?」


 犬尾が、眉尻を下げて嗤った。


 こいつを殺すべき―。

 25名に選ばれたのは、性格の悪そうなデブだった。


 そのデブは、A列の真ん中あたりにいたが、アピールタイムの際、一人ひとりに丁寧に、何かを伝えてるようだった。


(僕を殺さないでください)


 デブはおそらく必死でこう言ったに違いない。

 その結果がこれだ。人は、見た目で命の重さを推し量るらしい。冬貝は、その結果に満足しながら鼻を鳴らした。

 

「やっ、やめ、やめろ。俺に触るなぁ!」


 デブが喚きながら、斎貞と八女出に両腕を抱えられ、ステージに連行されてくる。


 身長は冬貝と同じくらい、おそらく170ちょっとなのだろうが、体重は100キロは越えているだろう。真冬だというのに青いネルシャツは汗でぐっしょり濡れていた。


 脂ぎった汗で、額(ひたい)に張りついた長い前髪をかきあげ、デブは糸のような細い目で冬貝を睨んだ。


「俺に危害を加えたら警察が黙ってないぞ!これはネット中継なんだからなっ」


 デブはウィンナーのような人差し指を宙吊りのカメラに向けて言った。


「だからこそ、殺すんだ」


 冬貝はデブに言った。


「犬尾。このデブはお前が殺せ」


 冬貝の指示に、犬尾が満足そうに頷く。


「どうせ殺るなら、頭をグチャグチャにさせてよ。満園の爺さんの時みたいにさ」


 犬尾が言う。

 デブは恐れおののきながら、犬尾を振り返った。殺意に満ちた犬尾は、デブを睨みつける。デブは絶望したように下を向いた。


「脳みそぶちまけたステージで、シゴトはできねぇよ。ガマンしろ」


 冬貝は言った。


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 冬貝は、つい、1週間前の出来事を思い出した。


 満園家のうち、娘たちと妻を目の前で輪姦され、怒り狂って手足を縛られたまま突進してきた父親。娘の前で同時に犯され発狂した母親。犯されながら頭がおかしくなったのか笑い転げていた長姉、次姉。そして密造銃制作を終えたあとの満園の計5人を、冬貝は撃ち殺した。


 だが、敢えて、頭は狙わなかった。それぞれ、心臓を撃ち抜いた。


 なぜ、頭は狙わなかったか。

 脳みそが飛び散るのが気持ち悪いからだった。犬尾が殺し、ぶちまけられた満園の爺さんの脳みそも、矢田に片付けさせたほどだった。


 冬貝は、最初の銃殺で飛び散った脳みそが、トラウマになっていた。その時、殺したのは、新宿を仕切ってる半グレだった。


 その半グレは、だいぶ前に都内から追い出したにも関わらず、末端を覚せい剤の売買で逮捕されたらしく(その末端は、覚せい剤をどこか関東近県の宗教法人に捌いていたらしい)自分の身も危なくなり、再び新宿に戻ってきたという。


(追い出したはずの奴らに、いまさら新宿でデカイ顔されたら、俺の立場がない。殺すか)


 ある日、犬尾から渡された密造銃を、公園で試し撃ちした。近隣住民が窓を開け、ざわめいた。逃走した。


(ぶっつけ本番しかないか)


 冬貝は、新宿に戻ってきた半グレ6名を廃ビルに呼び出し、撃ち殺した。うち2人は頭部に被弾した。頭蓋は形を失い、桃色の脳漿を溢れ出させていた。


 犬尾や斎貞らに半グレ6名の遺体を埋めさせてる間、冬貝はずっと嘔吐していた。

 冬貝の中で、なるべく試し撃ちは控える。殺す時は頭部は撃たない、のルールが生まれた瞬間だった。


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「脳みそぶちまけ系はやめろ。どうしようもない時以外はな」


 冬貝は念を押すようにして、犬尾に言った。


「ええ~。分かったよ」


 有無を言わさない指示に、犬尾はしょんぼりとしながらニット帽のズレを直した。


「お願い…お願いします。殺さないで。お願い」


 デブは泣いていた。汗と鼻水と涙が顔中を濡らしている。


「殺さないで…お願い…お願いします…」


 先ほどの態度と一変して、デブは両手を合わせながら命乞いを始めた。


「俺は…俺は…まだ彼女も出来たことがないんだ…お願い…殺さないでください…殺さないでください…」


 デブは腰が抜けたのか、膝から床に崩れ落ちた。それでも両手を合わせたまま命乞いをやめなかった。


「ますます殺したくなっちゃうじゃん」


 犬尾は、笑顔でゴルフクラブのグリップを握り、デブの腹部にフルスウィングをかました。


「ぴぎゃ!」


 デブがうつ伏せになって崩れ落ちた。


「おら!おら!おら!」


 犬尾がゴルフクラブを、デブの背中に何度も振り下ろす。息切れするまで、何度も、何度も、何度も、何度も、振り下ろした。


「トドメ刺しちゃお~っと」


 どこかで「やめろ!待て!彼を殺すな!」という声が聞こえたが、犬尾はダウンジャケットのポケットから取り出したナイフを逆手に持ち替え、勢い良く背中に突き刺した。


「ぐっ」


 くぐもった声を上げ痙攣するデブの背中からナイフをゆっくり引き抜くと、鮮血が噴き出した。犬尾は何度も何度もナイフを突き立てる。血まみれのステージ。デブは、十数回刺されたのち、完全に動かなくなった。


 冬貝は犬尾をどけて、銃口をデブに向ける。銃の恐ろしさを観客に見せつけるためだった。


「くらえ」


 冬貝はデブの背中に2発、3発と銃弾を撃ち込んだ。乾いた音と共にデブの死体は、されるがまま銃弾の衝撃で跳ね上がった。夥しい量の血液が床に溢れ出す。ネット中継カメラは宙吊りのまま、殺人現場を映し続けていた。


 デブの死体にツバを吐いた冬貝は、マイクスタンドからマイクを外し、握った。コンサートの途中だった為、スイッチは入ったままだった。


「な?分かっただろ。さっさと大型ヘリと10億持ってこい。会場の外に何人か待機させている。そいつらにカネを渡せ。ヘリは操縦士を待機させたまま、この建物の屋上につけておけ。いいな?」


 冬貝はカメラに向かって、睨むようにして言った。


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 冬貝の作戦―。


 大型ヘリの定員は、およそ14名。

 10億の現金を受け取り、半グレに分け前を与えた冬貝、犬尾、斎貞、八女出、そして人質としてスーサイド5エンジェルズ5名は、ステージ裏から屋上への階段を駆け上がり、大型ヘリに乗せて、逃亡する。


 ヘリが屋上を飛び去った頃、待機させた防火服を着た60人の半グレたちがガソリンに引火させ、ステージ裏から逃走。


 すべての扉は閉ざされ、2000人の観客は逃げ場を失い火に包まれ死ぬ。


 冬貝らはその頃、ヘリで南アフリカへ向けて逃走する。南アフリカまでの距離なんて分からない。だが大金とヘリがあれば、途中、着陸しながらでも辿り着けるだろうと確信していた。


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「俺の作戦は完璧だ。誰も成し遂げなかったことを、俺たちはやってやる」


 冬貝は誰にともなく呟く。


 その時だった。


「くそ!くそ!くそ!なぜ殺したんだ」


 客席から、男子高生が会場中央に走る大きな通路にまで飛び出してきた。


「ちくしょう!なんで殺した!なんで殺したんだ!なんで殺したんだ!」


 男子高生は目を赤くして叫ぶ。錯乱していた。発狂していた。声で分かった。さきほど「やめろ!待て!彼を殺すな!」と叫んだのはこいつだった。


「おい、お前。やめとけ!殺されるぞ」


 男子を客席から引き戻したのは、全身、黒いレザージャケット、レザーパンツでキメたプロレスラー体型の男だった。


「死ね」


 冬貝はプロレスラー体型の男の背中を撃った。「ぐ」と低く呻きながら、男は男子高生に覆いかぶさるように倒れた。


 自分をかばい即死した男の亡骸を見て、男子高生は泣き喚いていた。


「なんでこんな簡単に人が殺せるんだ!」


 冬貝は、叫ぶ男子高生に銃口を向けた。


 その時だった。


「もうやめて!私が狙いなんでしょ?もう他の人にひどいことするのはやめて!」


 言ったのはMANAMI…愛実(まなみ)だった。


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 愛実は大きな瞳を涙で濡らしている。透き通る肌。鼻にかかった甘い声。

 中学時代を思い出した。


「だったら、皆の前で跪いて俺のアレをしゃぶれ。美味(うま)そうに俺のモノに奉仕すれば、あと1時間だれも殺さないでやるよ」


 冬貝は、愛実に言った。


 2人はかつて、恋人同士だった。だが、実際に2人きりで会ったのは1回だけ。性行為はなかった。


「お前が、ネット中継でいやらしい音を立てて、しゃぶれば、殺さないでやるって言ってるんだよ。救える立場なのに、見殺しにするのか?」


 冬貝の言葉に、犬尾や斎貞らがズルイよ、と愚痴った。


「もう…やめろよ」


 通路で転がっていた男子高生が言った。


「てめぇから殺すぞ。おい」


 冬貝の恫喝。


「殺してみろ!」


 男子高生は言い放った。


 会場が、どよめく。凍りつく。これ以上、人の死は見たくないと言っている。


「もうやめて!お願いだから…何でもするから…」


 愛実は泣いていた。愛しかった。冬貝の股間は怒張していて張り裂けそうだった。


「おい、愛実(まなみ)。跪け」


 冬貝はズボンおろした。


 ひっぱり出された、おぞましい冬貝の欲望。怒張し、鈴口から透明の液体が滲み出ていた。


「洗ってねぇのをクチで綺麗にしゃぶれ。奉仕だ、奉仕。クチの中で、そのまま小便されても離すな。美味そうに笑顔でぜんぶ飲み干せ。もし途中で離したら10人、殺す」


 付け加えられた新しいルール。

 愛実は凍りついたまま、動かなかった。会場もそれを聞いて凍りついた。涙がステージ上にポツポツと降り注ぐ。


「まなみ…」


 他の4人のメンバーたちも泣いていた。

 助けてあげたい、けど、どうにもできない。純真な少女たちは、2000人の前で、嗚咽の調べを奏でている。

 みんなの前で歌いたかっただけなのに。みんなの笑顔が見たかったのに。新しい気持ちで新年を迎えたかったのに。


「おいおい、そういうのマネージャーさんに確認とらないと、まずくね?マネ!マネ!大丈夫っすか?」


 一部始終を、腕組みして見ていた斎貞が、糸のように目を細めて言った。

 騒動で飛び出してきたはいいものの、どうする事もできず固まっていたマネージャーと思しき、スマートなスーツ姿の男性が、慌てて姿を隠した。


「あらら、ステージ裏に隠れちゃったよ。オッケーみたい」


 鼻の大きなイボを搔きながら、お節介な斎貞は、嗤った。


「ちゃんとステージで、客の前でやれよ。見えるようにな」


 どうにかこうにか自分も何かしら加わりたい斎貞は、他の4人のアイドルメンバーに近寄って、胸や尻を銃身でつつきながら、言う。

 どうやらメンバーのYUKIHOが気に入ったらしい。全員の尻をつついた後、彼女の尻を触り始めた。


「こいつら4人も、俺らでやっちまおうぜ。ネット中継の前で」


 斎貞の邪(よこしま)な本音が出た瞬間だった。

 犬尾、八女出が頷く。この2人も満園家では、斎貞に負けず劣らず、獣のように女たちを犯していた。


 4人のメンバーが子供のように泣きじゃくりはじめる。愛実も、どうする事もできず唇を噛んでいた。


「俺らだけ丸出しってのは、不平等だろ?あ?お前らも脱げよ。全裸で俺たちのをしゃぶりながら、きちんと客席のファンに丸見えになるように、四つん這いで尻を突き出して、いやらしい部分をぱっくり両手で広げて見せてやれ。な?ファンサービスってやつだよ」


 斎貞はハァハァ、と荒い息で言いながら、ベルトに手をかけ始めた。一方、冬貝も、先端で液体が糸を引くドス黒い分身を揺らしながら、愛実に近寄る。


 誰も助けてはくれない。5人の美少女たちは、耐え切れず声を出して泣きはじめた。


「いいから、ほら。咥えろ」


 冬貝は愛実の髪を右手で鷲づかみにして、優しく言った。会場がどよめく。女性ファンは泣いていた。男性ファンは力なさを嘆いていた。

 冬貝が左手を伸ばし、スカートの中に手を入れようとしたその時だった。


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「もう止めろ!」


 男子高生が、立ち上がった。


「うぜぇガキだな。そうだ…。てめぇを殺せば、こいつらも頑張って、しゃぶる気になるかな」


 冬貝は笑いながら銃口を、男子高生に向けた。

 誰かを殺す口実ができた。これで愛実(まなみ)の覚悟が決まれば、2000人の前でこの女を小便器にできる。そう思った。


「ひぃぃっ!」


 男子高生は両手を前で交差させ、震えていた。


「有働(うどう)!」


 どこかで、誰かが叫んだ。野太い男の声だった。男子高生が、声の方を見た。


(ウドウ…?なんだそりゃ、人の名前か)


 冬貝は思った。


(どこにいる誰の名前を呼んでるんだよ)


 冬貝は楽しみを邪魔した奴らを撃ち殺したいと思った。


 瞬間。

 冬貝は、何者かによって背後から、髪を鷲づかみにされた。


「おい、クソ野郎!」


 背後からの声。冬貝は、何者かによって顔面をステージの床に叩きつけられた。飛び散る歯の欠片。鼻や口から溢れ出す血を拭いながら、人影を睨んだ。


「お前は」


 冬貝を見下ろす影、それは…。

 さっき死んだはずのデブだった。

 デブは血まみれになりながら、そこに立っていた。犬尾にナイフを刺され、冬貝自身も3発の銃弾を撃ち込んだ。だが、殺したはずのデブは生きていた。


「死んだ…だろ…」


 冬貝は驚愕した。


「死んでねぇよ。やっぱり、お前は頭を撃たなかったな」


 デブは言った。八重歯が覗く。

 二重アゴにかすかな繋ぎ目が見える。汗で顔中がドロドロと溶けかかっていた。糸のように細い目…大きく見開かれていた。


「ネット中継だから顔バレしないように、朝から特殊メイクスタジオで肉襦袢を着込んでるんだよ。防弾チョッキの上にな。間に2リットルの血糊まで仕込んで大変だったぜ」


 デブは冬貝にしか聞こえない程度の、小声で言った。


 特殊メイク?ニクジュバン?意味が分からなかった。だが、冬貝は直感的に悟った。誰かに呼ばれて立ち上がった、こいつこそが「ウドウ」なのだと。


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「うわ!そうか、そういう事だったのか…!さっき、心配ないから自分に投票しろ、って言ったのは!」


 最前列―、A列の客席。赤いバンダナをしたデブが興奮気味に叫んだ。


「どういうこと?」


「何があったの」


「やっつけてくれ!」


 他にも会場のあちらこちらから、どよめきが起きる。何がなんだか分からない。だが、状況の打破を誰もが望んでいた。


 充満するガソリン臭。引火の恐怖と戦いながら、2000人は固唾を呑んで見守っていた。


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「この姿じゃ動きにくくて、タイミングが難しかったぜ」


 ウドウは笑いながら言った。二重アゴに汗が滝のように滴っていた。


「死んだふりか、てめぇ」


 よく分からないが、自分が欺かれた事を知った冬貝は憤った。陰茎をボクサーパンツに仕舞いこみ、ズボンを穿き直す。先走ってしまった液体が不快にパンツを濡らした。


 愛実の温かい奉仕を頓挫させられた憎しみで、視界が染まる。


 銃口をウドウに向ける。

 防弾チョッキか何かで、どうやら身体には銃弾が効かないらしい。気が乗らないが頭を狙うしかなかった。


「ははは。銃か。たいしてアタマがいいようにも見えない。おまけに素手でケンカもできねぇくせして、どうせ毎回、毎回、ナイフ、金属バットだの鉄パイプだの…銃だのって凶器つかって、上から威張り散らしてるだけなんだろ。お前」


 ウドウはでかい声で言った。会場が凍りつく。


「何がリーダーだよ?ワルぶってもお前は自分のチカラじゃ何もできないパンピーだろうが。この陰険な蛆虫め」


 ウドウは、冬貝を嘲笑いながら言った。

 冬貝は、屈辱に震え始める。面と向かってここまで虚仮にされたのは何年ぶりか。


「おい、そこの鼻イボのロン毛。お前でもリーダーできんぞ。こんなヤツ引き摺り下ろしちまえ」


 ウドウは呆然としていた斎貞に向かい、言った。

 斎貞はアイドルをステージで、堂々と強姦(レイプ)できるタイミングを一瞬で奪われ途方にくれていたのか「え?」という反応しかしなかった。


 冬貝は、他の2人―、犬尾、八女出の視線に気づく。この2人は、冬貝や斎貞よりも冷静だった。


 犬尾、八女出の視線、赤い銃を持った右手を上下に振った。その意味とは―。


(冬貝、挑発に乗らない方がいい。こいつ、俺たちが撃ち殺してもいいかな?)


 2人は、冬貝に許可を求めているのだ。冬貝は、敢えてそれには反応しなかった。


「お前みたいな腰抜け、リーダー降りちまえよ」


 ウドウの挑発。ただ、それだけを受け止め、屈辱に耐えていた。


(このデブを、どうすべきか―)


 冬貝は考えた。


「俺の言葉が他の連中にどう聞こえたか知らんが、ここまで言われて、銃で殺したいならやればいいよ。な?やるならやれよ、モヤシ」


 ウドウの、挑発。


 肉弾戦を煽っている。撃ち殺す事はできたが、ここまで言われて引き下がったとすればいい笑いものだった。


 冬貝の怒りは冷えた。頭は冷静だった。


「お前ら手ぇ出すな」


 ウドウの挑発に乗ってやろう。冬貝は思った。


「さすがリーダー。プライドだけは一人前にあるみたいじゃん。ここで銃をぶっ放せば下の人間に示しがつかないよな」


 ウドウは、でっぷりした腹を叩いて、笑いながら言った。


「上等だコラ。タコ殴りにしてやんよ。10分以内に死ね」


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 冬貝は、黒い銃をジーンズとベルトの後ろの隙間に入れると、両手を構えた。ウドウは嗤っている。挑発に乗った冬貝を見てチョロイ奴だと笑っていた。


「舐めんな、デブ」


 冬貝の右ストレート。

 デブ―、ウドウは100キロの巨体をかわし、冬貝から見て左に避けた。

 よろけた冬貝に、ウドウのヘッドバッド。


 血が吹き出る。

 冬貝のものではなかった。角度が悪かったのか、額から血を流していたのはウドウだった。


「くそ、このカラダじゃ、やりにくいぜ」


 ウドウは巨体を揺らし、右ナックルアローを冬貝の顎に叩きつける。

 視界が歪んだ。

 元々、喧嘩は得意でなかった。何でもする残虐性と、狂気だけで怖れられ、ここまで成り上がってきた。


 冬貝には目の前のデブを倒す術はなかった。ただの100キロのデブだったら倒せたはずだった。このデブは、ただのデブではなかったようだ。


「くそ」


 それでも意地を見せた。

 冬貝はウドウの鳩尾に、右膝蹴りを叩き込んだ。

 ウドウの動きが止まった。


「おらぁ!」


 ウドウの肩を掴んだまま、鳩尾にもう一度、右膝蹴り。


 右膝蹴り。

 右膝蹴り。

 右膝蹴り。

 右膝蹴り。

 右膝蹴り。

 右膝蹴り。

 右膝蹴り。

 右膝蹴り。

 右膝蹴り。


 右膝が痛んだが、それでも、右膝蹴り。

 それでも、右膝蹴り。

 それでも、右膝蹴り。


「お前さ。人の話、聞いてないタイプだろ」


 苦痛に歪んでいたはずのウドウの顔は、無表情だった。

 何かを憐れむような表情だった。


「これ肉襦袢なの。その下には防弾チョッキ着てるの。効くワケねぇだろ」


 ウドウの右アッパー。

 冬貝の脳が揺れる。

 崩れ落ちた。


 ウドウが冬貝をうつ伏せにひっくり返し、銃を奪う。

 そして、冬貝の背中に馬乗りになった。


「くそ!」


 冬貝は毒づく。


 形成は一気に逆転された。

 うつ伏せにされた為、冬貝の股間はステージの床に押しつぶされていた。

 分身は先走りだけで萎れていた。

 不快な粘つきが冬貝に現実感を与える。


「おい、お前ら!銃を捨てろ」


 ウドウは、冬貝から奪った銃を冬貝に突きつけ、犬尾、斎貞、八女出の3人に向かって、言った。


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「もう1度、言う!そこの3人、銃を捨てろ」


 冬貝は、取り押さえられながらも首を捻ってみた。

 犬尾、斎貞、八女出がたじろぐのが、背中越しに見えた。


(おい、お前ら…ビビってんじゃねぇぞ。お前らまで銃を奪われたら…計画はパァだ)


 冬貝の頭部に、ウドウが握る銃口の感触。

 会場がざわめく。

 何が起きるか分からない不安に、あちらこちらで悲鳴が聞こえた。


 ウドウは冬貝の背中に馬乗りになっている。

 一体、何キロあるのだろうか。

 冬貝が暴れても、びくともしなかった。


 首を捻り、今度はウドウを見る。

 先ほどの格闘で、額(ひたい)から流血していた―。


(頭なら防ぎようがない)


 冬貝は思考する。

 思考すること5秒から10秒。


「お前ら、こいつの頭を撃て!こいつの持ってる銃に弾丸は残ってない!」


 冬貝には確信があった。

 ハンドガンタイプのこの密造銃の装弾数は13発。


 何回、撃ったか。何度、ヒキガネを引いたか。

 冷静になって思い出してみた。体の感覚が覚えていた。


 ちょうど13発。

 今、この瞬間、弾丸すべてを使い果たしていた事実に気づいた。


「こいつの銃に弾丸は残ってない!」


 冬貝は咆哮する。


「3人とも動くな!こいつを撃つぞ」


 ウドウは、それがハッタリだと思ったのか主張を曲げなかった。


「頭を狙え!」


 冬貝は叫ぶ。

 発砲を許可しなかったこの1週間。

 初めての発砲許可だった。


 ウドウの脳みそを自分の上にぶちまけられるのは、正直イヤだった。

 だが、背に腹は変えられない。

 頭を狙えと言う指示も、これが最初で最後だろう。


「撃つな!」


 ウドウが叫ぶ。


「撃て!」


 冬貝が叫ぶ。


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 犬尾、斎貞、八女出の3人は等間隔を持って、ウドウを囲んでいる。


 3人は、ウドウは俊敏な男だと分かっている。

 誰か一人に飛び掛っても、誰かが仕留められるように、3人はウドウに銃口を向けた。


「誰が撃つ?」


 犬尾が楽しそうに言った。


「早くコイツを始末して、アイドルたちをステージで強姦(レイプ)したいよ、ふふふ」


 斎貞が言う。


「誰かに飛び掛られたら、やっかいだ。同時に頭を撃とう」


 八女出の言葉だった。


 静寂。

 ウドウは汗でぐっしょり濡れていた。

 冬貝は、100キロの重さで息苦しかった。


「許可する!同時にコイツの頭を撃て!脳みそをぶちまけてやれ!!!!」


 冬貝の咆哮。


「了解」


 犬尾の言葉。


 3人が同時にヒキガネを引く。



 パァァァン!



 乾いた音。

 鼓膜が揺れる。


 血飛沫。

 飛び散る脳漿…。


 頭部が失われていた。



 冬貝の眼前にあったもの。

 それは、頭部と両腕を消失した、犬尾、斎貞、八女出の3人だった。


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「なんだ…何なんだ、これは」


 冬貝は目を丸くして呟く。

 意味がまったく分からなかった。


「銃身が、腔発(こうはつ)…いや…爆発したんだ」


 ウドウは小さな声で言った。


「そんなはずは…」


 冬貝は、頭部の大半と両腕を失った3人が、膝から崩れ去るのを見た。

 音を立てて、噴出す血。


 犬尾…顔の上部は消失。下顎だけを残したまま黒いダウンジャケットは血に濡れていた。残った下顎を見ると、銀歯だらけの奥歯がピアス舌をぐるりと囲んでいるのが見える。


 斎貞…顔の右半分が消失していた。覗き込めば、綺麗に真っ二つになった顔の断面図が拝めるかもしれない。


 八女出…犬尾とは対照的に、下顎のすべてを持っていかれていた。何が起きたか分からないといった具合に、両眼は下を向いたままだった。


「おい…ウソだろ。お前ら…」


 冬貝は、ヒトから肉片に変わった3人を見つめていた。

 股間が濡れる。

 想定外の出来事によるショックで、失禁していたのだ。


「どう細工したのかは分からないが、わざと爆発するように造られていた。銃に見せかけた爆弾だ」


 ウドウの言葉。


「数日前、キャバクラで爆破事件を起こした奴がいたよな。そいつも店長を撃ち殺そうと発砲して…結果これで死んだ。爆発の原因は、今ごろオモテでも報道されてるだろう」


 ウドウの言葉。


「なん…だと…」


 冬貝は、矢田の顔を思い浮かべた。


(グヘヘヘ。銃が手に入ったら、おれをコキ使いやがったキャバクラの店長を撃ち殺してやるぜ)


 矢田は、満園家で、そう言っていた。

 爆弾など調達していなかった。

 ただ、店長を撃ち殺しに行っただけだった。

 そして、爆発して死んだ。

 そういう事だったのか。


(どうせ俺のことも殺すんだろ?…最後の最後くらい、きっちり仕事をさせてくれ)


 満園の言葉が蘇る。


「俺が許可するまで撃つなよ」


 12月22日。

 満園家で、ぽつりと冬貝が言った言葉。


「大晦日までのお楽しみか。子供じゃないのに」


 それに対する、犬尾の返事。


 これを満園は聞き逃していなかった。


 自分が追加で造る4丁の密造銃は、大晦日のコンサートテロの本番まで発砲されないと踏んだのだ。


 秘かに報復を目論んだ満園は、48時間ぶっ続けで、3Dプリンターを駆使し、暴発銃4丁を、黙々と造り続けた。


(どうせ死ぬんなら…最後に残したいんだ。俺の遺志を)


 満園は言っていた。

 そうか。

 そういう意味だったのか…。

 冬貝はうな垂れた。


「他の3人のも…暴発するとは…限らなかったじゃないか…その自信はどこにあった」


 うな垂れたまま言った。

 納得がいかなかった。

 冬貝は、敗北の真相が知りたかった。


「矢田を含む4人が所持していた銃は、赤いカラーリングに白のラインが引いてあったよな」


 ウドウの汗の雫が垂れる。

 赤いカラーリングに白いライン。

 犬尾、斎貞、八女出、矢田に渡った4丁の密造銃の特徴だった。


「赤に白いラインの入った銃…。爆発。赤と白。俺はメッセージに気づいた」


 ウドウが言った。


「カラーリング…、メッセージだと」


 冬貝は、満園の言葉を反芻した。


(カラーリングまでこだわりたい。プライドにかけても…死ぬ前に最高の作品を仕上げたい)


 狂気に満ちた目で、自分の彼女が斎貞らに陵辱されながら叫ぶ声を聞きながら、満園は言っていた。


「新曲…GUN GUN GUNの歌詞の意味にあわせて、銃をカラーリングしたんだ。スーサイド5エンジェルズが好きな人間なら、すぐにピンとくる。会場で他の3人が持っていた赤い銃を見て、読みが正しかったと再確認したよ」


 ウドウの言葉。


「お前は、どうせ曲の歌詞なんて目を通さないタイプだろ。それを見込んだ皮肉でもあるんだろうな」


 ウドウは冬貝に諭した。


 ステージ上で、うつ伏せで倒されたまま、低い目線。

 その視界の先には、小さな画面のモニターがあった。


 モニターには、アーティストが度忘れしないように歌詞が載せられている。


 冬貝たちがコンサートを中断させたため、そこには2曲目「GUN GUN GUN」の歌詞が表示されたままだった。


(REAL GUN BLACK 銃身REALが 私のこの胸に 着弾Herat FAKE GUN RED&WHITE FAKEが あなたに届かない 暴発Hate)


「警察に向けてか、いずれ人質にされるファンに向けてかは分からないが、奴はRED&WHITE…赤に白いラインの銃は爆発しますよ、と歌詞にあわせてカラーリングした」


 赤い銃身に白のラインの4丁の銃が、冬貝の脳裏をグルグルと駆け巡った。


「矢田の件で同様の密造銃を持つ他の3人の銃も爆発すると踏んだ。だから言っただろ。撃つな!と」


「そんな…」


(4丁。最高の銃を造ってやるよ)


 満園の言葉が蘇る。


(4丁の暴発銃でくたばれ)


 満園の真意が伝わった。


「この爆発…相当量の火薬が仕込まれていたはずだ。造ったやつは最低な野郎に違いないが、大事なものを奪われながら最期の抵抗をしたんだろう」


 倒れた頭部の欠けた3人の死体からは夥しい量の血が溢れ出て、冬貝の方に向かいゆっくり流れている。


「くそ…」


 冬貝らの前で堂々と、満園はこの追加4丁に、あらゆるメッセージと呪いを込めていたのだ。


 冬貝は、満園一家を皆殺しにした状況を、反芻した。


 まず、満園の爺さんの頭蓋を、犬尾が、ゴルフクラブで粉砕して殺した。


 満園の恋人、美和子は、朝まで子宮や膣が原型を留めないほどに犯してから、斎貞が、締め殺した。


 満園の2人の姉は5人で交代で犯し、その隣で矢田は満園の母を犯していた。最初は泣いていたが、途中から女たちは動物のように四つん這いにさせられながら、笑い始めた。皆、秘所から血に染まった粘液を溢れさせていた。


 発狂して突進する父親を、冬貝が、撃ち殺した。


 母親も発狂したので冬貝が撃ち殺した。矢田は満園の母親を犯し足りなかったと不満を言った。


 長姉と次姉、小学生の妹が生き残ったが、もはや廃人だった。


 長姉は、次の殺人総選挙で自分に投票するように言い、笑いながら冬貝に撃たれて死んだ。


 次姉も同様に妹をかばって、冬貝に、自ら撃たれる事を望んだ。


 8歳だか9歳だかの妹には冬貝は興味なかったし、矢田もガキには興味がなかった。ちょうど先ほど銃の暴発で死んだ、犬尾、斎貞、八女出の3人が、笑いながら満園の妹を交代で性玩具にしていた。


 犯す相手を失った矢田も暇つぶしにそれに混ざり冬貝はそれを眺めていた。


「やめて、もう殺してよ…」


 満園の妹は最後には、そう懇願していた。

 やがて、小さな少女に飽きた斎貞が、ナイフでめった刺しにして殺した。


 その小さな妹の声を2階で聞きながら、満園は嗤っていた。

 何も言わず嗤い続けて、銃を造っていた。

 造り終えて、冬貝に心臓を撃ち抜かれるときも嗤っていた。


「ケダモノめ」


 残像の中の、満園が言う。


「ケダモノが」


 ウドウがそう言いながら、冬貝をうつ伏せの状態から、仰向けにさせた。


「この、薄汚いケダモノが!」


 瞬間、ウドウは冬貝の顔面に拳を叩きつけた。

 ぐしゃ、と粉砕された鼻骨。血が溢れ変える。

 ウドウの左右の拳によって、冬貝の顔が、どんどん変形してゆく。


「ケダモノが!ケダモノが!ケダモノが!」


 満園が憑依したかのように、ウドウは冬貝の顔面に拳を振り下ろし続けた。


「てめぇみたいなケダモノが、うじゃうじゃいやがる!」


 ウドウは粉砕された冬貝の鼻骨に執拗に拳を振り下ろす。


「このケダモノが!」


 ウドウの拳。


「どれだけの事をしてきた!ケダモノ!」


 ウドウの拳。


「ケダモノ!ケダモノ!ケダモノ!ケダモノ!ケダモノ!」


 ウドウの拳。


 ウドウは、カラダが重いのか、息切れをしていた。

 拳の速度が弱まる。


「ケダモノ!…ケダモノ!…ケダモノ…ケダモノ」


「う…ぐ、ぐ…」


 意識が飛びそうだった。

 鼻骨と前歯を失ったものの、痛みを通り越してじんじんと顔面は麻痺していた。

 殴られ続けながらも冬貝は、床に放り投げられていたマイクの1つに手を伸ばす。


「ごっ…ぷ…う…、お…お前ら…会場に…火を…つけろ」


 唖然と見ていた半グレたちに、指示をする。


「やめとけ!お前らの計画は、もう頓挫してるんだ!封鎖された扉でお前らだって無事じゃ済まないぞ!」


 ウドウが拳を止め、半グレを、一喝する。

 ウドウは冬貝の返り血で真っ赤に染まっていた。


 判断力に欠ける半グレのうち何人かが、ポケットをまさぐる。

 ライターを探しているのだ。

 防火服にはポケットがなかったらしい。

 半グレの何人かはライターを探すため、防火服を脱ぎ、ポケットをまさぐった。


「おい、火を放つつもりだぞ」


「火を放って、奴らだけステージ裏から逃げるつもりだ」


 会場から悲鳴が聞こえる。

 観客は飛び出す。

 銃の脅威はなくなった。

 一斉に皆、扉へ向かう。


「逃げるな!戦え!火を奪え!」


 ウドウがマイクに向かって叫んだ。


「みんな、戦え!戦え!戦え!戦え!戦え!」


 ウドウは声を枯らしながら叫んだ。

 スーサイド5エンジェルズのメンバーは涙を堪えてその様子を見ていた。


「そうだ!あいつらを止めるんだ!」


 その言葉に意を決したように、席に残っていた何人かの観客が立ち上がる。

 およそ20人、30人…50人ほどか。


 呻り声をあげながら、一斉に防火服の半グレたちを鎮圧にかかった。


「そうだ!戦うべきだ!俺たちもやるぞ」


 方々で、呻り声。


 ステージ下の通路、各ドア前を占領した、計60人の暴徒。

 それに飛びかかる、アイドルファンたち。


 大切なすべてを守るための戦い。


「権堂さんも寝てないで、戦ってください!」


 泣きじゃくる男子高生の傍に転がっていたプロレスラー体型の男が立ち上がった。

 黒いレザージャケットの背中は穴だらけだったが、全くダメージがないようだった。プロレスラー体型の男―、ゴンドウは、防弾チョッキを着用したウドウの仲間だったのだ。


「おう!いくぞ、おらぁぁぁぁぁぁ」


 ゴンドウは、呻り声を上げて、乱闘の中に突っ込んでいった。


「誉田さん!春日さん!久住さん!権堂組!エミ!チャットメンバーのみんなも戦ってくれ!」


 号令。

 ウドウの仲間が会場のどこかに散らばっていたのだろう。

 ウドウは、彼らに号令を出した。


 会場、各場所から聞こえる雄叫。

 咆哮。

 叫声。

 呻り声。

 怒号。


 それらが半グレたちを飲み込む。

 激しい怒りが膨れ上がる。

 羊たちの怒りに、狼たちが恐怖する。


「俺たちは2000人だぞ!あんな奴ら叩き出すんだ!」


 誰かが叫ぶ。


「人殺しどもを許すな!」


 会場中が怒りに染まる。


 ガソリンのニオイが充満する中、逃げ惑う人々よりも、半グレに立ち向かう人の渦が大きくなった。

 おそらく200か、300人。

 500人。


 誰も逃げ惑う者はいなくなった。


 1000人。

 2000人の、渦。


 人の渦が半グレを押し流す。

 動物のような咆哮。怒号。

 半グレのちっぽけなライターの火よりも、2000人の怒りの炎が勝った。


「防火服を脱がせ!」


 誰かが叫ぶ。


「火を取り上げろ!」


 叫び。


「縛り上げろ」


 怒りの声。


「戦え!戦え!そいつらを許すな!」


 ウドウは叫んだ。


 ステージで、愛実たちがそれを呆然と見ていた。

 圧倒的大差でアイドルファンたちが半グレたちを取り囲む。


 半グレどもは皆、取り押さえられ、防火服は脱がされていた。

 鎮圧は、完了。


「もう、いい!やめろ!」


 鎮圧は、完了している。

 それでもアイドルファンたちは、まだ戦い足りないと叫んでいた。

 アドレナリンの渦。


 ここまで暴力的な集団の渦は、冬貝ですら目の当たりにするのは始めてだった。


「そこにいる3人は…自ら、死刑を選んだんだ」


 ウドウは、3人―、犬尾、斎貞、八女出の死体を見た。

 そして、その凄惨な遺体を見たあと「おえぇ」と言い、嘔吐した。


 嘔吐した先、それは冬貝の顔の上だった。半開きの口に、ウドウのゲロが洪水のように流れてくる。


(酸っぱい、汚ぇな、くそ)


 嘔吐。

 嘔吐。

 嘔吐。

 吐瀉。

 ウドウは、昼に肉や、白滝、じゃがいもなどを食べたのだろう。

 消化しきれてない食材が、ゲロとして冬貝の口に流れ出てきた。


「くそっ」


 ウドウは吐いていた。

 ウドウは泣いていた。

 ウドウは吐きながら、泣いていた。

 ウドウは泣いていた。

 子供のように泣いていた。


 何を見て泣いている?

 死体か?

 死体を見てショックを受けているのか?

 冬貝には、分からなかった。


(2000人を暴力へ扇動しておいて、人の死がショックなのかよ。俺なんてもう何人も殺してきたが、泣いたことなんてねぇぞ)


 冬貝はウドウに問いたかった。

 だが、ウドウに口移しされたゲロによって、冬貝の発声器官を押しつぶされ、声が出なかった。


 やはり、酸っぱい。

 まだまだ、吐き続けるウドウ。

 追加されるゲロ。

 冬貝はゲロのおかわりを食わされた。


 冬貝はゲロで窒息しそうになる。

 だが…。

 ウドウに、叩き起こされた。


「お前だけは…死刑台の上で…ちゃんと死ね」


 ウドウの言葉と同時に、警官隊がなだれ込んできた。

 一部始終を見ていたのだろう。


 ウドウと冬貝を引き離すと、冬貝には手錠を、ウドウには肩の支えをしながら警官隊はステージのそれぞれ両端へと姿を消した。


 プロレスラー体型の男…ゴンドウに命を救われた男子高生の声が、冬貝の背後で聞こえてきた。


「姉ちゃん」


「マナブ…」


 愛実の声だった。

 男子高生と、愛実はステージで抱き合ってるに違いない。


(あいつ、愛実の弟だったのか…。弟いたのか…知らなかった)


 冬貝は初めて、気づいた。

 4年間、ずっと恋人だと思い続けていた女のことを、自分は何も知らなかった…という事を。


 冬貝は、飲まされたゲロと3人の死体を思い出し、警官隊に連行されながら盛大に吐いた。


 吐きながら、警官に小突かれ、意味もなく、泣いた。泣いた。泣いた。

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