第189話 奥州軍の南下

 沈黙を保っていた奥州木村軍が動き出すのと同時に、伊達政宗の元に衝撃的な情報がもたらされた。


「大変にございます! 米沢の蒲生軍が、我らの包囲する杉目城に向かってきているとのことにございます!」


「なに!? 米沢は伯父上が睨みを効かせておっただろう! なぜ軍を動かせるのだ!」


 当初の取り決めでは、北、南、東の三方向に不安を抱える最上はなるべく軍を動かさず奥州木村軍の進軍を阻むはずだった。


 しかし、その木村軍が動き出すのと同時に米沢の蒲生軍が動いたというのは、義光が役目を放棄したとしか思えなかった。


「伯父上め……いったい何をしているのだ……」


「たっ、大変にございます! 最上義光が木村方に寝返ったとのことにございます!」


 新たな報告に、政宗が目に見えて狼狽うろたえた。


「バカな! 伯父上と徳川様は昵懇の間柄のはず……何かの間違いだろう!」


「最上軍が米沢から手を引き、当家の丸森城に向かっているとのこと! もはや最上の裏切りは、疑いようがございませぬ!」


 信じられない報告の数々に、政宗は呆然と立ち尽くした。


「これは……大変なことになったぞ……」






 最上義光が木村方に寝返ると、奥州全土に衝撃が走った。


 当初は虚報と疑う者も少なくなかったが、最上軍が上杉領庄内、伊達領丸森城に侵攻を開始すると、最上の裏切りは誰の目から見ても明らかとなった。


 大坂城を包囲する家康にこのことが伝えられると、家康は思わずその場に呆然とした。


「なんと……最上殿が、まさか……」


 最上義光とは、家康が台頭する前。武田としのぎを削っていた頃からの仲である。


 秀吉が台頭すると、家康は義光に臣従を促し、豊臣政権内で庇護してきた。


 公私に渡り友好的な関係を築いてきた義光を寝返らせるとは、木村はいったいどのような手を使ったというのか。


「最上が寝返ったということは、蒲生の包囲が解け、奥州軍が徳川領まで南下するということにございます」


「殿、ご下知を!」


 本多正信をはじめ、家臣たちが家康の指示を待つ。


「落ち着け。蒲生への備えには秀康を置いておる。結城軍2500に、徳川軍1万を預けてある」


 結城家に養子に出した、徳川家康の次男、結城秀康。


 ワケあって後継者に指名しなかったものの、その勇名は家康も認めるところであった。


「あやつのことじゃ。必ずや奥州軍を食い止められよう」






 奥州木村軍が南下を始めた。


 その情報は、またたく間に蒲生領の目前に布陣した結城軍にももたらされた。


 聞くところによれば、蒲生領を通って南下した奥州軍は2万5000もの大軍を率いているという。


 最上が素通りさせたのだから、兵の損耗も少なく、士気もそれなりに高いだろう。


 結城秀康は周辺の地図を広げた。


きたる木村軍に対し、我らは寡兵でもって迎え撃たねばならぬ……。誰ぞ策のある者はおらぬか?」


 家臣の一人が手を挙げた。


「それでしたら、宇都宮で迎え撃つのがよろしいでしょう。奥州から街道が通っているため敵も無視できず、こちらが先に布陣できれば有利に戦えるかと…」


 なるほど、家臣の言うことはもっともである。


「……よかろう、我らは宇都宮に布陣するぞ」


 今から守りを固めれば、兵数差をものともしない陣地が造れるはずだ。


 木村軍を撃破するだけの力がなくとも、こちらが倒されることもなくなる。


 また、それだけ長陣となれば敵の士気も落ち、つけ入る隙が出てくるというものだ。


「気になるのは、佐竹の動向だが……」


 前田や他の大名とは違い、佐竹は徳川と木村のどちらに与するのか、立場を明確にしていない。


 聞くところによると、嫡男の義宣は木村方に付こうとしているが、父の義重が決めかねているのだという。


 また、家中でも意見が割れており、どちらに転んでもおかしくないという。


「佐竹に使いを送れ。我らに味方をするのなら、恩賞は思いのままだとな」


「はっ!」






 一方、奥州軍を率いる清久も、佐竹を味方につける必要性を感じていた。


「佐竹はどれくらい兵を出せるだろうか……」


 四釜隆秀がふむと考える。


「……領地からもほど近いゆえ、軽く2万は用意できましょうな」


「2万もの兵が徳川方についてしまっては、それだけで戦場がひっくり返るぞ……」


 清久の背筋が寒くなった。


「佐竹に使いを出せ。木村方につくのなら、当家と婚儀を結び、一門格で豊臣政権に席を用意するとな……」






 木村清久と結城秀康、双方から味方につくよう要請される中、佐竹家中では木村方につくべきか徳川方につくべきか紛糾していた。


 佐竹義宣が語気を強める。


「木村殿が大坂城で徳川軍を釘付けしている間に、最上殿が木村方に寝返りました。この機に乗じて我らが木村方につけば、木村方の勝ちは決まりましょう!」


 威勢の良い佐竹義宣に対し、父である佐竹義重が落ち着いた様子で口を開いた。


「お主は知らぬのだ……戦国乱世を生きた徳川様がどれほどの軍略と知謀を持っているか……。徳川様と比べれば、木村殿もまだまだ若輩……今ごろ大坂で木村殿が敗れておるやもしれん……」


「それを申せば、木村殿が徳川様を打ち破っているやもしれませぬ!」


 義宣の反論を義重が鼻で笑った。


「ありえんな、それは」


「では父上の言うこともありえませぬ!」


「なぜ決めつける」


「先に決めつけたのは父上でしょう!」


 ここ数日、義重との話し合いは平行線を辿っていた。


 最上が寝返ったと聞いて考えを改めると思ったが、義重は一向に考えを変えようとしなかった。


「まもなく、関東で木村と徳川がぶつかることとなりましょう。

 それに対し、当家はすぐにでも2万の兵を集めることができます。2万もの兵で戦場に出れば、徳川と木村、どちらに与したとて、我らの与した方が勝つことでしょう。

 ……すなわち、此度の戦は我らの手に握られたも同義!

 この戦い、我らの勝たせたい方を勝たせることができるのです!」


「むぅ……」


 義宣の言い分に思うところがあったのか、義重が押し黙った。


「いったい父上はどちらに勝ってほしいのですか!」


「儂は……」


 答えに窮する義重に、義宣が追い打ちをかけるように詰め寄った。


「父上の真意をお聞かせください!」


「……………………」



あとがき

明日の投稿はお休みさせていただきます

次回の更新は1/19です

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