第131話 宇喜多騒動
宇喜多家の重臣である戸川達安、岡貞綱、花房正成らが大坂の宇喜多屋敷を占拠した。
ことを重く見た前田利家は、吉清に仲裁を命じることにした。
「宇喜多に何かあれば、我が娘、豪が危険に晒されるやもしれぬ。……木村殿には、どうにか穏便に事を収めてほしい」
「その……お言葉ですが、それがしより前田様が仲裁されるのがよろしいのでは? 姫君が嫁がれているのなら、なおのこと。前田様にも他人事ではありますまい」
吉清の指摘で痛いところを突かれたようで、前田利家が顔をしかめた。
「……他人事でないのが問題なのじゃ」
「と、申しますと……?」
「どうやら、豪が嫁いだ際に宇喜多についていった前田の家臣と宇喜多譜代の家臣とで対立しているらしい」
「なんと……」
宇喜多家のお家騒動ではあるが、前田家臣と宇喜多家臣の対立が大きいため、前田が介入してはややこしくなるのだという。
「家康の介入を招く前に事を収められるのは、蒲生のお家騒動を収めた木村殿をおいて他にはおらぬ。……頼まれてくれるか?」
いつになく弱気で頭を下げてくる前田利家に、吉清はなんとも言えない気持ちで引き受けるのだった。
騒動が起きた大坂の宇喜多屋敷にやってくると、宇喜多秀家が外で指揮を取っていた。
「いったい、何が起きたのです」
吉清が尋ねると、秀家が顔をしかめた。
元々、宇喜多家では文治派と武断派とで対立があったのだという。
文治衆の筆頭であった長船長直が病死すると、勢いを得た武断派が中村次郎兵衛を排除しようと動き出したのだという。
また、文治派には前田の家臣が多く、宇喜多譜代の家臣が遠ざけられていたこと。
キリシタンの多い文治派と日蓮宗の多い譜代で仲が悪かったこと。
様々な要因が絡み合い、今回の宇喜多騒動という形で不満が噴出したのだという。
一通り話を聞いた吉清がううむとうなった。
「まさに、起こるべくして起きたわけか……」
「屋敷に立て篭った者たちは、中村次郎兵衛の罷免を求めているらしい。」
「では、罷免して前田家に送り返せば良いのではないか?」
「当家の多くの政務は次郎兵衛が取り仕切っている。いきなり次郎兵衛が居なくなっては、当家は立ち行かなくなるぞ」
「……では、立て篭っているという者たちを処分するというのはどうだろうか」
「聞くところによれば、日頃から私に反感を持っていた詮家が背後についているらしい」
宇喜多詮家は秀家の従兄弟だが、日頃から折り合いが悪かったのだという。
その詮家が騒動を起こした譜代の家臣たちに味方しているとあっては、家中を二分する一大事である。
(面倒なことに巻き込まれたの……)
「……とにかく、一度やつらを屋敷から引きずり出さなくては、話になるまい」
日蓮宗の僧を使者に立てると、秀家と家臣たちの間に話し合いの場が設けられた。
秀家が人目も気にせず頭を下げた。
「……お主らはいずれも父の代から仕えている功臣ばかり……。此度の件は不問に処すゆえ、どうか考え直してもらいたい」
「……では、次郎兵衛を罷免するのですか?」
「それはできん」
「……我らの言い分も聞いて下さらねば、話し合いも何もありませぬ」
「しかし、私は今まで通り皆に仕えて欲しいのだ。次郎兵衛も、お主らも……。皆でこの宇喜多を支えて欲しいのだ」
家臣たちが顔を見合わせた。
こうして、秀家と家臣たちの話し合いは平行線を辿った。
秀家に任せていてはいつまで経っても収束しないと思った吉清は、騒ぎを起こした宇喜多家臣を木村家の屋敷に軟禁した。
表向きは宇喜多家に戻りにくいだろうからとの配慮だが、事実上宇喜多の家臣を獲得するための囲い込みだった。
屋敷から出ることを許さない代わりに、衣食住の世話をし、木村家の家臣たちとも積極的に交流させた。
いつまで経っても話し合いの進展が見られず、木村家に馴染もうとしつつある戸川達安が尋ねた。
「……いったい、いつまで我らは木村様のところでお世話になればよいのですか……?」
「……お主らは一度、宇喜多殿から離れてみた方がいいやもしれぬと思うての……。話し合いが終わってもおらぬのに宇喜多に戻ったところで、居心地が悪かろう」
吉清の言葉に納得した様子で、戸川達安が頭を下げた。
「格別のご配慮、かたじけのうございます」
そうして木村家に軟禁されて、数ヶ月の時が過ぎた。
最初はしきりに秀家のことや宇喜多家のことを尋ねてきた宇喜多家臣たちであったが、次第に尋ねる間隔が空いていった。
その代わり、木村家の家臣たちと仲が良くなったようで、時おり共に酒を飲んだり碁を打つ様子が見受けられた。
ある時、酒の席の戯れにと吉清が口を開いた。
「このままここに篭っておるより、再起をかけて当家に来てはみぬか?」
「なっ……」
「なんと……」
思わぬ誘いだったのか、岡貞綱、花房正成が唖然とした。
「これだけの騒ぎを起こしたのじゃ。宇喜多殿のところに戻っても、元のようには戻れまい。面倒な家臣として遠ざけられるのは目に見えておる……それならいっそ、儂に任せてはみぬか?」
「し、しかし、木村様にもご迷惑では……」
「気にするな。当家は急速に大きくなった家ゆえ、譜代の家臣はおらぬ。いずれも外様ばかりよ。……それゆえ、新参だからとお主らが冷遇されることもなければ、場合によって突然責任のある役目を負うことだってある。
当家は実力次第ではいかようにも出世できるゆえ、お主らのような力のある者を求めておる」
吉清におだてられ、戸川達安、岡貞綱、花房正成がまんざらでもない顔をした。
「当家で力をつけ、いつの日か宇喜多殿のところへ戻るも良し、中村某を上回る働きを見せ『逃した魚は大きいぞ』と勝ち誇っても良いぞ」
「……………………」
そうした熱の篭った説得を続けるうちに、酒の勢いもあってか社交辞令を言い出す者も現れた。
「木村様のおっしゃる通り、木村家に仕えた方が良いのやもしれませぬなぁ……」
戸川達安がそうつぶやくと、言質をとったとばかりに木村家の家臣たちが戸川達安に群がった。
「戸川殿、これからよろしくお願いしますぞ!」
「わからないことがあれば、何でも儂に聞くがよい!」
真田信尹や南条隆信が先輩風を吹かす中、吉清が破顔した。
「よう申した! これでお主も当家の仲間入りよ!」
「はっ!? えっ、え!?」
戸川達安がとんでもないことを言ってしまったと後悔するのは、その翌日のことであった。
今回の仕込みをさせた真田信尹に、吉清は陰ながら賞賛の言葉浴びせていた。
「今回の手際、実に見事であったぞ」
「それがしの得意技である暗殺を使わずに事を収めると聞いた時にはどうするのかと思いましたが、このような搦手を使うとは……」
吉清がやったことは、宇喜多家臣から離し、木村家の中に新たな居場所と人間関係を作ることだった。
そうして気が緩み、冗談でも「木村家に仕える」などと口を滑らせた日には、投網を投げるかの如く逃げ道を塞ぎ、半ばなし崩し的に木村家に仕えさせる。
優秀な人材が居れば、逃さず捕まえる。
それが木村家の成長を支え、今日まで木村家が躍進してきた理由であった。
そうして吉清は優秀な家臣を増やし、家臣たちも自分が過労死しないように家臣の登用には積極的に協力するのだった。
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