第112話 蠣崎行広の野望
高山国では、遠征軍を迎え入れるべく準備が進められていた。
さらには、朝鮮へ渡る清久軍を集めると、論功行賞を始めることにした。
海南島へ渡った武将たちに武功を記す感状を配り、褒美となる宝物や加増を申し伝えていく。
「此度の褒美、感謝に絶えませぬ。我ら家臣一同、命を賭して殿にお仕えする所存にございます」
軍団長たちの先頭に立って一栗放牛が礼を述べると、他の家臣たちも口々に礼を言った。
家臣たちを見渡し、吉清が声を張り上げた。
「お主らにはすぐに朝鮮に渡ってもらうやもしれぬ。くれぐれも清久を頼んだぞ」
「はっ!」
海南島へ渡った彼らを、そっくりそのまま清久の軍として編成する。
三成の話によれば、清久には後方支援として砦の改築や、兵站の輸送、明・朝鮮水軍の迎撃にあたって欲しいとのことだ。
「どれも当家の得意分野よ」
少なくとも失敗することはないだろうと、吉清が密かにほくそ笑む。
無論、三成も木村家が適任だと思って配置したのだろう。
前線に出ないのであれば大事な跡取りが亡くなる可能性は低くなる。その上、木村家の誇る水軍を率いて戦うのだから、負ける気がしない。
清久軍が朝鮮遠征軍の待つ名護屋城に出陣すると、ルソン周辺の島々を平定した宗明らを呼び寄せた。
本来であれば、数多の島々を治めるべくそのまま現地の代官となってもらいたいのだが、彼らを駐屯させたままでは、いつまで経っても武功を評価できず、彼らに褒美を渡せない。
人間、自分の頑張りが認められず報酬がなくては、やる気の下がる生き物である。
それを心得ていた吉清は、すぐにでも褒美を渡すべく、宗明軍の主だった将兵を招集した。
「宗明、此度の遠征、大儀であった」
港を建設し、街道を敷設してインフラを整えた大道寺直英や、ルソン支配のノウハウを流用して素早く統治機構を整えた垪和康忠など、優れた結果を残した者に褒美を与えていく。
その中で、松前家から人質に送られていた蠣崎行広が褒美を貰う番になった。
「行広、お主の働きぶり、聞き及んでおるぞ」
「……はっ」
待ち望んだ木村吉清との接見だが、蠣崎行広の声は沈んでいた。
武功を稼ぐと息巻いて出陣したものの、ほとんどが海戦で槍働きは見せられず、上陸後は戦いらしい戦いをせず、官吏として町の統治をしたにすぎない。
そんな有様では、吉清の後ろ盾など得られないだろう。
密かに肩を落とす行広が、吉清の前に平伏した。
「それでは、お主には1万石の加増としよう」
「!!! ははぁっ! ありがたき幸せにございます!」
驚き、一瞬頭の中が真っ白になるも、慌てて返答する。
その晩、行広は密かに宗明の寝床を訪ねていた。
宗明とは共に樺太で艱難辛苦を乗り越えた仲であり、打算を抜きして付き合える、数少ない友人となっていた。
それでいて、吉清の養子となった宗明なら、吉清の心中がわかるかもしれない。
そんな淡い期待を抱いて、行広は宗明の元を訪れた。
「なぜ木村様は、それがしに1万石も加増してくださったのだろう……」
「それは……義父上は武勇に優れた者だけを評価するわけではないからだろう」
蠣崎行広の実家である松前家では、内政に長けた者より、武勇に秀でた者を重用する傾向にあった。
それだけに、宗明の話は目から鱗が落ちるものであった。
「……思うに、義父上は武勇と同じくらい、内政に秀でた者を評価しているのだと、私は思うな」
宗明の言葉に納得すると、行広は認識を改めた。吉清は、思いの外自分のことを評価してくれたのだ。
確かな手応えを感じた行広は、すぐさま新たな行動に出るのだった。
翌日。吉清に面会を求めると、蠣崎行広は吉清に頭を下げた。
「……お言葉ですが、それがし、褒美に木村様より賜わりたいものがございます」
「申してみよ」
「木村様より一字賜わり、今後は蠣崎清広と名を改めたく思います」
通常、自分の上司にあたる大名や、時の権力者から諱を貰うというのが通例である。
大崎義隆の家臣である大崎衆たちは「隆」の字を持つ者が多くなり、足利義輝が将軍であった際は全国の大名に「義」か「輝」の字を持つ者が増えた。
秀吉が天下統一を果たしてからは「秀」や「吉」の字を持つ大名が増えてくるのもそのためだ。
かくいう、吉清も秀吉から「吉」の字を貰い名を改めた過去がある。
蠣崎行広は、名目上人質として木村家に出向しているのであって、他の木村家家臣たちとは一線を画す立場にある。
それを、吉清から一字貰うということは、自ら木村家に組み込まれる意思を示しており、吉清に対して全力で媚びを売っていることに他ならない。
ここから類推される蠣崎行広の意図を察し、思わず吉清の口々がニヤついた。
なるほど。大方、吉清の後ろ盾が欲しいということだろう。
蠣崎行広の父にあたる松前慶広は吉清と親しい仲にあるが、その息子が独自に吉清と人脈を築こうというのだから、将来的に父を出し抜く何かを企んでいるのかもしれない。
立場上、松前慶広と敵対するつもりはないが、事と次第によっては協力するのもやぶさかでない。
何より、一大名の子息が成り上がり者の大名である自分に媚びるというのが気に入った。
「……よかろう。これより、蠣崎清広と名乗るがよい」
「ははっ! ありがたき幸せ!」
大きな収穫を得て、蠣崎清広はにやけそうになる顔を隠すように頭を伏すのだった。
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