第95話 上書き保存

 淀殿に手を出してしまい、吉清は途方に暮れていた。


 このまま子ができてしまえば、自分が第二の秀次となってしまうのだろうか。


 そうなれば、辿る運命は秀次と同じく、切腹の上族滅となり、今まで築き上げてきた所領も金も地位も、すべて失うことになってしまう。


 それだけは、なんとしてでも防がなければなるまい。


 かくなる上は、秀吉に再び淀殿の交わってもらい、吉清の上書き保存をしてもらうしかない。


 それなら淀殿が懐妊したとしても、秀吉の種で仕込まれたのだと判断され、吉清に罪が及ばなくなる。


 そう考えた吉清は、さっそく各地から精のつく品を取り寄せるのだった。






 秀吉に謁見すると、吉清は頭を伏した。


「関白殿下が腹を召され、豊臣家は血族を減らしてしまいました。つきましては、豊家の血を絶やさぬべく、殿下には一層励んで頂かなくてはならず、僭越ながらこちらを献上したくまかり越した次第にございます」


 吉清の前置きに、秀吉が不機嫌そうに顔を歪めた。


 言ってることはわかるし、筋も通っている。だが、家臣に夜の事情を心配されるほど衰えているつもりはない。


「そこで、古今東西より精のつくものを取り寄せてございます」


「…………なんじゃ、これは」


 さっそく吉清が一つ目の箱を開けた。


「オットセイなる珍獣の睾丸にございます。樺太でとれた獣の肉にて、同地では古くから食べられており、精力剤として重用されております」


 一つ目の箱の説明を終えると、二つ目の箱を開けた。


「こちらは南蛮で取れし香辛料にございます。こちらも同地では精力剤として重用されており、その効果も折り紙つきなのだとか! 必ずや殿下のご期待にも答えられましょう」


 吉清の説明を、秀吉は覚めた顔で聞いていた。


「もうよい。下がれ」


「し、しかし…………」


 ここで引き下がっては、淀殿の懐妊で自分の首が飛んでしまいかねない。


 吉清はなおも頭を伏した。


「下がれと言っておろう!」


 結局秀吉の勢いに負け、吉清はすごすごと退散することとなった。


 不発だった。


 領内から精のつくものを取り寄せたが、秀吉の反応は芳しくない。


 精力剤ならば秀吉も望むところであろうに、いったい何がまずかったのだろうか。


 吉清は一人首を傾げるのだった。




 後日。淀殿の元を尋ねると、衝撃的なことを聞かされた。


「…………太閤殿下がそれがしの献上したものを食し、張り切って励んでいた!?」


「はい。これで新たに子を仕込むのだと、張り切っていました」


 淀殿の話を聞き、吉清は全身から力が抜けた。


 秀吉の気に召さないと思っていたが、取り越し苦労だったか。


 疲れた様子の吉清に、淀殿がそっとささやいた。


「……あなたはしないのですか? わたくしと、いいことを…………」


「い、いや、その……それがしは太閤殿下に忠節を誓っている身ゆえ、殿下を裏切るようなことはできませぬ」


「一度してしまったのですから、二回も三回も変わらないのでは?」


「……………………」


 淀殿の言うことはもっともで、清久に相談されたら、きっと自分も同じことを返すだろうと思う。


 だが、さすがに危険すぎる。


 リスクとリターンが釣り合わないどころか、淀殿と関わるとあまりにも危険が大き過ぎる。


 淀殿の誘惑を振り切り、吉清は伏見城を後にするのだった。

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