第57話 関白と徳川
度重なる秀次からの誘いを断り続けた吉清であったが、この日ばかりは断りきれず、秀次邸に参上することとなった。
このままでは、吉清が秀次に縁の深い者として疑われかねない。
また、処罰の対象とされたとしても、徳川家康と前田利家に頼み込めば、命は繋がるかもしれない。
だが、それは家康に大きな借りを作ることに他ならない。
「面白くないのぉ……」
下手に借りを作ってしまえば、徳川の干渉を受けることになるかもしれない。
また、家康が取りなすことで命拾いした大名も多く、それが徳川派となる大名を増やす結果となる。
秀次事件を予期しており、最大限利用しようとしている吉清にしてみれば、最終的に労せず家康に全部持っていかれるのではあまりにも面白くない。
そうなる前に、吉清は何らかの策を講じておきたかった。
何か手はないか……。
例えば、徳川家の者を秀次に接近させ、処罰される者のリストに入れることができれば、他の大名を庇うどころではなくなるはずだ。
さっそく、徳川家の者と親交があるという南条隆信を呼びつけた。
「隆信。以前、徳川家の者と酒を飲み交したと聞いたが、まことか?」
「はっ、それがどうかしましたか?」
「関白殿下との酒宴に、徳川家の者も連れていきたいのだが、誰か良い者でもおらぬかと思ってな」
「はっ、何人か心当たりがありますんで、声をかけてみます」
そうして、徳川家の者に声をかけるのは隆信に任せ、吉清は秀次邸へ向かうのだった。
秀次や秀次と親しい大名たちと酒を飲みながら、吉清は心ここにあらずといった様子で酒をあおっていた。
南条隆信には徳川の者を連れてくるように言ったが、徳川家の重臣。できれば、徳川四天王あたりがやってくるのが望ましいのだが……。
吉清がうずうずしていると、隆信が報告にやってきた。
「どうだったか?」
「いえ、それが……いろいろな方に声をかけてみたんですが、みな都合がつかないようで……。結局一人しか連れて来れませんでした」
「そうか……」
欲を言えば、徳川四天王筆頭の井伊直政や、家康に友と言わしめた本多正信でも連れて来れれば良かったのだが。
いや、一人でも連れて来られただけで上出来というべきか。
吉清が褒めると、隆信が照れ臭そうにした。
「して、誰を呼んだのじゃ?」
「へぇ、たしか……」
隆信が言いかけたその時、広間の襖が開いた。
「此度はお招きに預かり、光栄の至りです」
吉清が顔を上げると、予想だにしない人物がやってきていた。
「と、徳川秀忠殿!?」
「南条殿に是非にと誘われては、断れなくてな……つい、やってきてしまったのです」
照れ臭そうにする秀忠を、吉清は満面の笑顔で出迎えた。
秀忠は徳川家康の三男であり、次男である結城秀康を差し置いて事実上の後継者として扱われている。
その秀忠が秀次と関わりの深い人物として名前が挙れば、家康とて他の大名を取りなすどころではなくなるはずだ。
吉清は心の中でガッツポーズをした。
吉清の隣の席に座った秀忠が、小さくささやいた。
「本音を言えば、今日この場に現れたのは、木村殿が来ていると聞いたからでな。……一度、話をしてみたかったのだ」
「……なるほど」
そうして秀忠と親交を深めつつ、今後、秀次邸に赴く際は必ず秀忠に声をかけようと思うのだった。
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