幕間 関白と不破万作1

「はぁ……」


 とうとう断りきれず、吉清は秀次邸へやってきてしまった。


 しかし、これも仕方のないことであった。


 断る口実として毎週のように親類縁者が亡くなったことにしたが、とうとう残弾が尽き、かといって他のところへ行った先で遭遇すれば気まずい思いをする。


 そうでなくとも、断り続けるのも精神的に疲れるのだ。


 こうなれば、一度顔を出してしまえば、秀次との義理も果たし、しばらくはまた断り続けられると思い、今日の参加を決意したのだった。


 案内された部屋へ入ると、吉清の他には、政宗、義光が来ていた。


 またこの面子か……。


 内心ため息を吐きつつ、空いている席についた。


 政宗の顔をちらりと覗う。


「今日は伊達殿が飯を作るわけではないのだな」


「関白殿下から、此度はこちらで用意すると言われてな……」


「しかっし、お主らの顔を見ていると、嫌な予感がするの〜」


 面と向かって失礼なことを言う義光に、吉清と政宗が笑った。


「まったく同感じゃ。最上殿の顔を見ていると、嫌なことを思い出すわい」 


「なに!?」


 吉清に同調するように、政宗が笑った。


「左様左様。木村殿のお顔を見ていると、食欲もわかぬわ」


「なんじゃと!?」


 吉清、政宗、義光が中腰となり、腰に手をかけた。


 あわや一触即発というところで、正面の襖が開けられた。


「待たせたな」


 やってきたのは、屋敷の主である秀次だった。


 運ばれてきたものを見て、吉清の額に冷や汗が流れた。


「か、関白殿下、それは……」


「以前、皆に鍋を食べてもらったが、存外好評だったのでな。また作ってみたのだ」


 秀次が蓋を開けると、中には毒々しい色をした汁が入っていた。


 魚介類の生臭さとほのかに漂う酸味の匂いで、なんとも食欲が削がれていく。


 恐る恐る吉清が尋ねた。


「……………………殿下、味見はされたので……?」


「うむ。小姓の不破万作に味見をしてもらった。この世のものとは思えぬ味と、絶賛しておったぞ」


 誇らしげに胸を張る秀次に、三人はなんとも言えない気持ちになった。


 各自の器に具材が盛られ、三人は顔を引きつらせながら礼を言った。


 秀次が期待の篭った視線を向ける中、政宗が箸を器に入れ、ふと手が止まった。


「…………そういえば殿下、お背中に何かついていたようですが……?」


「む? どれだ?」


 秀次が背中に手を回すも、何かが取れた感触はない。


「それがしが取りましょう」


「すまぬな」


 秀次が政宗に背を向けた。


 その隙に、政宗が隣の席の最上義光の器に自分の汁と具材を移した。


 義光が政宗を睨みつけると、政宗が秀次の背中を軽く触った。


「取れましたぞ。髪の毛がついておりました」


「おお、助かる」


 秀次がこちらに顔を戻した。


 まんまと自分の器を空にした政宗に、義光はムッとしていた。


 反対側でのほほんとしている吉清を一瞥すると、秀次の背後を指差した。


「……殿下、そこの襖なのですが……」


「ん? この襖か?」


 秀次が後ろを向いた隙に、義光が自分の器の中身を吉清の器に移した。


 吉清が睨みつける中、義光が笑った。


「いや、黄金と侘び寂びの同居した、実に見事な襖ですなぁ」


「そうか。いや、風流人の最上殿にそう言って貰えると喜びも格別だ」


 器を空にしたことで、重荷を下ろしたように和気あいあいとする政宗と義光。


 方や、吉清は秀次の料理を押し付けられている。


 ……面白くない。


 秀次に見えるよう、吉清が手を挙げた。


「……殿下、伊達殿と最上殿の器が空になっているようですが……」


「おお、そうか! もう平らげたか!」


 政宗と義光が吉清を睨みつける中、秀次が嬉しそうに政宗と義光の器に鍋をよそった。


「まだまだあるからな。なくなったら、遠慮せず申せ」


 政宗と義光は無言で頭を下げた。


 政宗と義光が引きつった顔で秀次と歓談する中、襖が開けられた。


「御免」


 突如やってきた小姓が秀次に耳打ちした。


「む……すまぬ、少し席を外すぞ」


 急に用事が入ったらしく、秀次が部屋を出た。


 足音が遠ざかるのを確認すると、政宗が立ち上がった。


「木村殿! よくも殿下に俺のことを言ってくれたな!」


「政宗の言うとおりよ!」


「元を正せば、最上殿が儂の器に移してきたからであろう!」


「それを申せば、政宗が儂の器に移してきたからじゃ!」


 秀次がいないのをいいことに、互いに罵り合う。


 一通り罵詈雑言を浴びせると、三人は息を切らしてその場に座り込んだ。


 このままでは埒が明かない。


 前回のようになんとかできないものか。


 吉清が政宗に尋ねた。


「伊達殿、此度も前のように汁を作り直すことはできぬのか?」


「汁の材料となるものは切らしておる。前のようにはいかぬ」


「さようか……」


 吉清と政宗が考え込む中、義光が大きくため息をついた。


「……殿下も殿下じゃが、そもそも不破万作とかいう小姓もじゃ……。素直に不味いと申せばいいものを……。なぜ儂らにシワ寄せがくる……」


 義光の言葉に、吉清と政宗が顔を見合わせた。


「…………なんじゃ、なんぞ、いい案でも思いついたのか?」


「此度の咎は万作にある」


「左様。ゆえに、あやつに責任を取らせねばと思ってな……!」


 政宗と吉清がニヤリと口元を歪めるのだった。

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