第56話 ルソン 津軽信枚

 津軽信枚のぶひらは弘前を治める大名である津軽為信の三男に生まれた。


 そしてこの度、木村家との友好と上方の知識や教養を身につけるため、吉清の元に人質として送られてきていた。


 ルソンの地に足を踏み入れ、津軽信枚は思わず感嘆の息を漏らした。


「なんだここは……。これが異人の国だというのか……」


 弘前からこの地へ向かう途中、寄港のために寄った堺や博多に引けを取らない町並みが広がっていた。


 津軽信枚があたりを見渡していると、マニラ奉行である垪和康忠が出迎えた。


「マニラ奉行の垪和はが康忠と申す」


「あ、それがしは津軽信枚と申します」


 互いに挨拶を交わすと、道すがらにルソンの話を聞いた。


 文禄の役で木村軍がルソンを攻め落としたのち、イスパニア人による支配構造は残しつつ、その上から木村家が利益を吸い取る構造となっているのだそうだ。


 様々な名目で税を徴収しつつ、賦役と称して使役する。


 さらに、ルソン島各地に直轄地となる日本人町を建設しており、そこから侵食していく形で農地を拡大している。


 そうして、段階を踏むごとに木村家による支配を確立していた。


「これほどの町が、ルソンにはいくつもあるというのですか!?」


「この地は、古くから天竺と明の中継地として栄えておる。日ノ本で言うところの、瀬戸内と同じというわけよ」


 垪和康忠の説明に、津軽信枚が納得したように頷いた。


 大陸との窓口である博多と、京への入口である堺。

 その間にある瀬戸内では、古くから水運が発達しており、それに伴い、海の道を知り尽くした水軍が力を持つと聞いていた。


「かの地を治めるにあたり、殿は倭寇を束ね、水軍の強化に努めました。すべては、明と天竺の間にあるこの“瀬戸内”を手中に収めるためだったのです」


 明と天竺。二つの大国を股にかけるこの地は、たしかに要衝だと言えた。


 明や天竺からもたらされる文化や産物は、堺や博多の比ではないはずだ。


 そこで、信枚ははたと思い至った。


 木村家の元で樺太は栄え、よく発展しており、大陸との交易によりもたらされる利益は日に日に増えていると聞いている。


 そうなれば、樺太と石巻を結ぶ航路は発達し、蝦夷との海峡を渡る船の往来も多くなることだろう。


 その中継地として、陸奥湾という天然の良港を抱える津軽領は栄えるのではないか、と。


 マニラの入口に湾があるように、津軽領の入口も湾が広がっており、船もつけやすい。


 今後ますますの発展が見込める木村家のおこぼれに預かる形となるが、これほどの経済力を持つのなら、そのおこぼれとて尋常ではないはずだ。


 後に、二代目津軽家当主となる信建は、新たに建設された港町である、青森を中心とした商工業の発展に注力しつつ、樺太〜石巻間の中継地として栄えるのだった。

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