幕間 北の大地2

「北蝦夷島が欲しいだと?」


 三成を見つけたので、松前慶広から取り付けた、樺太譲渡の話をした。


「うむ。既に松前殿とは話をつけておる」


 三成に北蝦夷島──樺太の説明をすると、怪訝そうな顔をされた。


「別に構わぬが……本当に欲しいのか? 米も取れず、領民のいない土地など」


「それはもう!」


 米の収穫の見込めぬ土地に、並々ならぬ熱量を持つ吉清に、三成は困惑していた。


 普通に考えれば、米も取れず本領から離れた土地など欲しくはない。


 では、なぜ吉清はこうも欲しがるのだろう。悪いモノでも食べたのだろうか。


 そんな思いが、三成の中を駆け巡る。


「……石田殿?」


「…………そうか。では、殿下にもそうお伝えしよう。……それと、最近は忙しかったからな。どこか落ち着けるところで養生するといい」


 去り際の、三成の不憫そうな顔が目に焼き付いた。






 三成に話を通すことで、豊臣政権下で樺太の領有に成功した。とはいえ、開発に必要な金がない。


 原因はわかっている。


 葛西大崎の乱、九戸政実の乱など、戦が続いたおかげだ。


 領内の反乱鎮圧はもちろん、奥州再仕置軍の動員かかった費用は、多くが大名の自腹である。


 兵站など、一括して管理できる物は豊臣の奉行衆がまとめているが、請求は各大名にいくようになっている。


 大名の力を削ぐための政策とわかってはいるが、着任早々、この仕打ちは酷い。


 不足した銭に都合をつけるため、吉清は目加田屋を呼ぶことにした。


「お久しゅうございます」


 以前、吉清に融資をした、目加田屋長兵衛が頭を下げた。


「本日は、どのようなご用向きでしょうか」


「銭を貸してほしい」


「いくらほどご入り用でしょうか」


「ざっと10万貫ほど必要だ」


「そのような大金……いったい何に使われるおつもりで?」


「儂が新たに北蝦夷島を拝領したというのは、そなたも聞き及んでいよう」


 長兵衛が頷いた。なんでも、松前慶広から役に立たない土地をもらったと、商人たちの間でも評判になっていた。


「まずは、北蝦夷島開発の拠点となる港町を造りたいのだ」


「理に適っておりますな。港がなくては、何も始められませぬゆえ」


 長兵衛が渋い顔で頷いた。


「されど、そもそも北蝦夷島を開発することに、どのような益があるのでしょうか。聞くところによれば、米も育たぬ不毛の地ゆえ、松前様も持て余していたのでしょう。

 新たに港町を造り、交易路を作ったところで、肝心の交易品がなくては話になりませぬ」


 武士が相手だというのに、物怖じしない物言いに、吉清は心底愉快そうに笑った。


「そなたのそういう正直な物言い、儂は好きだぞ」


「木村様だけにございます。私も相手は選びますゆえ」


 二人はひとしきり笑うと、吉清が手を叩いた。


「そなたの言い分、至極もっともだ」


 懐から紙を取り出すと、長兵衛の前に広げて見せた。


「北蝦夷島の特産品は、手付かずの木材、そして俵物だ」


 紙には、樺太の特産品が列挙されている。


 長兵衛を説得するため、よく調べたのだろう。


 たしかに、うまみはなくはない。だが、まだ弱い。


 そのことを指摘しようとすると、吉清が口を挟んだ。


「そして、同地に住むアイヌとの交易だ」


「アイヌとの交易、にございますか?」


「和人はアイヌと交易し、アイヌは大陸と交易する。つまり、間接的ではあるが、大陸と交易ができるのだ」


「されど、海外と交易するには、太閤様の朱印状が必要なはず」


「儂を誰だと思っておる。豊臣家の奉行をしておるのだぞ? 石田殿や小西殿に根回しをして、既に朱印状は手に入れておる」


 説得するための材料として持参した朱印状を見せると、長兵衛が感嘆の声を漏らした。


「おお、これは……」


 本当は三成から憐れむような目で見られたので、ろくに根回しせずに貰えたのだが、あえて言及する必要はあるまい。


「なるほど、利益が見込めることはわかりました。……では、なぜ10万貫もの大金が必要なのでしょう。港を造るだけなら、2万貫もあれば十分なはず……」


「さすがは長兵衛。目ざといやつよ」


 再び懐から紙を取り出すと、長兵衛の前に広げた。


 白紙の紙を見せられ、首を傾げる長兵衛に、線を引いて見せる。


 直線に曲線。線と線が繋がり、やがて島のようなものができあがった。


「木村様、これは……」


「陸奥(みちのく)に蝦夷島……そして、ここが北蝦夷島──樺太よ」


「この地図の通りの広さだとすれば、かなりの広さとなりますな。だいたい、九州の二倍くらいでしょうか……。この話は間違いないので?」


「うむ」


 なにせ、前世の記憶である。細かな形、位置は違えど、おおよそ間違いない。少なくとも、戦国時代にかけて出回ったトンデモ地図よりは正確である。


 ……とはいえ、その正しさの理由を説明できないのだが。


「ここで、イモや大豆といった、寒さに強い作物を栽培しようと思っている」


 そこまで説明されて、ようやく長兵衛の中で線となって繋がった。


 10万貫もの資金の使いみちとは、樺太へ領民を移住させ、自給自足ができるまでの口ぶちを与えるためだったのか。


 米が取れないとはいえ、九州の二倍の面積。大陸との交易の中継地。豊富な海産物。寒冷地で大量栽培。自給自足。


 吉清の試算を元に、頭の中で算盤を弾く。おそらく利益はとんでもないことになるはずだ。


「なるほど。木村様のお話、実に面白うございました。我ら商人は、利により先を見通しますが、木村様の目はさらに先を見通しておられる」


「おお、それでは……」


「10万貫、お貸ししましょう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る