第12話 人類筆頭、津軽為信

 浅野長政の働きかけによって、当初の軍役3000から1000にまで減らされ、さらに仕置軍とは木村領を通行する際に合流することとなった。


 木村領は南部領と隣接しており、行軍距離が短い。軍の動員そのものも難しくなく、奥州再仕置軍の中では、群を抜いて負担が軽かった。


 それに対して、政宗には兵5000の出兵命令が下された。家督相続から5年で114万石にまで増やした所領が、わずか1年で42万石へ減封となったにも関わらず、だ。


 外様大名とはかくも無情である。


 とはいえ、奉行となってしまった以上、まったく楽ができるわけでもない。


 再仕置軍のための道の確保や街道の整備、方々に話を通したりと、多忙を極めていた。


 雪が溶けても領地に帰ることもままならず、清久からの手紙で領内のことを伝え聞くばかりだ。


 曰く、


『乱の鎮圧後、早く論功行賞をとの声が日に日に高まってます。父上が不在だからとのらりくらり躱してますが、胃に穴が空きそうです。早く帰ってきてマジで』


 といった内容である。


 弱気な内容だが、その実、旧北条家臣と国衆たちをまとめてよく頑張っているらしい。


 ガンバレ清久!


 吉清は心の中でエールを送った。






 奥州再仕置軍について、奉行で決まったことを大名たちに通達していた。


 その中の一人。上洛した津軽為信の元を訪れると、


「では、津軽殿の領地で松前慶広殿が合流するということでよろしいかな?」


「よろしくないわ! 松前は安東の家臣。ならば、当家の敵よ!」


「されど、松前殿は殿下に臣従しました。であれば、もはや安東家の家臣ではないかと」


「……儂が安東の家臣と同列ということか!? 無礼であるぞ!」


 為信の口から飛び出した文句の数々に、吉清は辟易していた。


 松前が敵だの、安東が敵だの、南部がどうの、そんなの知らん。


 皆が秀吉に臣従したのだから、これからは秀吉の家臣なのだ。ならば、秀吉の命令には従うのが道理ではないのか。


 とはいえ、それで皆が納得するのなら苦労はないのだが。


「そもそも、なぜ儂が南部の尻拭いをせねばならんのだ。それもこれも、彼奴らが弱いから起きたこと。そんなことだから、儂に足元を掬われたのだ」


 言いたいことを一通り言ったのか、為信がハッと冷静になった。


「失礼、言葉が過ぎました。しかし、安東や松前が当家の領地に足を踏み入れるのは、勘弁していただきたい!」


 予想だにしなかった反応に、吉清は頭を抱えた。


 しかし、津軽為信は時勢の読める男である。


 奥州に一大勢力を築いた南部家が内紛を起こすと、それに乗じて謀反を起こし、小田原征伐にはいち早く参陣して所領を安堵された。


 秀吉の死後は徳川家康に接近し、関ヶ原の戦い以降も所領を安堵されている。


 だからこそ、内心不満に思っていても、断ることはないのだ。


 ……たとえ、自身と敵対していた安東や松前と協力し、かつての主家であった南部家を助ける戦いだとしても、頷かざるを得ないのだ。


 ゆえに言葉を尽くせば従ってくれるはずである。


 吉清の役目は、お家存続とプライドの間を揺れ動く為信の背中を押すことにある。


「これは津軽殿にとってまたとない話なのです」


 吉清の声に熱が篭った。


「此度の遠征、加増が見込めぬことはおわかりのはず。されど、国衆には恩賞をせびられましょう」


 婚姻関係が複雑に絡み合った奥州では、畿内のような革新的な支配者が現れることなく、小田原征伐以降も旧態依然とした支配構造が続いていた。


 国人や豪族が土地を治め、大名はその共同体の代表者に過ぎない。


 そんな中世的な体制が残っているからこそ、一揆が頻発するのだ。


 津軽為信もそれがわかっているからこそ、彼らの対応には頭を抱えていた。


「国衆たちに豊臣軍の強大さを見せつけるのです。反乱を起こせば、たちまち豊臣軍が攻めてくると。それだけで津軽殿も御しやすくなりましょう」


「なるほど……」


 為信が頷いた。一理ある。


「さらに、大名の負担を軽減するため兵站は豊臣家が請け負いまする。その際、必要なものをその場で補給、ないし購入できるよう、市を開きます。当然、津軽殿のご領地でも行いますが、そこに税をかけるのです」


 懐から補給に必要な物資のリストを広げると、為信の前に差し出した。


「現地での調達が予想される物資は、米、塩、味噌、雑穀、酒。薪や飼い葉も必要になりましょうなぁ。これらに税をかけると……」


 見積もりを計算すると、津軽為信に見せつけた。


「津軽殿には、これくらいの利益が出ましょう」


「おお、こんなにか……」


 加増が見込めないとあっては、今回の遠征の実利は低い。


 本領安堵という旨みはあるが、あくまで現状維持ができるというだけにすぎず、恩賞を要求する国人たちを鎮められるわけではない。


 だが、これだけの利益が望めるのであれば話は変わってくる。


「よくわかり申した。此度のお話し、謹んでお受けいたそう。……重ね重ねのご厚意、感謝いたす」


 吉清の提案を飲み、為信は深く頭を下げた。

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