第8話 鎮圧戦

 翌日。港に置き去りとなっていた物資を回収すると、浜田広綱の挙兵した気仙に兵を進めた。各地の反乱を抑えるべく、いくつもの軍に分けると、吉清の軍は4000程度となった。


 冬の差し掛かった陸奥の山々を越えるのは、思いのほか堪えるものがあった。


 雪が降っていないというのに、寒さが身に染みる。周りの兵を見回しても、この地で生まれ育っているからか、この寒さをものともしていないように見える。


 吉清の近くを付き従っていた米谷常秀を捕まえ、馬上から並走する。


「この時期は、毎年これくらい寒いのか?」


「今日は風も強くないので、暖かい方ですよ」


 畿内とはえらい違いだ、と言おうとしたところで、慌てて口を噤んだ。


 この時代、日本の中心は畿内であり、陸奥は辺境の地であり、中央に対しては憧れとも嫉妬とも近い感情がある。言葉を選ばねば、嫌味と捉えられかねない。


「早くこの寒さに慣れなくてはな」


 震えを抑えるべく、できるだけ馬に身を寄せた。






 気仙へ向かう山中で、物見の兵から報せが入った。浜田軍と接敵したらしい。


 浜田軍はこちらに気付くと、すぐさま兵を固めて守りに入った。


 浜田広綱の陣を見て、吉清がぽつりとつぶやいた。


「まるで将棋だな……」


「将棋、にございますか?」


 小幡信貞の問いに、吉清が浜田広綱の陣を指指した。


「こちらの布陣に合わせて、守りを固めておる」


 こちらの軍が4000に対し、浜田軍は1000ほど。兵数ではこちらが有利であり、相手もそれをわかっているのだろう。時間を稼いでこちらの綻びを誘うか、あるいは様子を見ているのか。


「相手がその気なら、こちらは玉を取りに行けば良いだけのこと」


 吉清は清久を呼ぶと、この辺りの簡易的な地図と軍を示す石を並べた。


 領内のどこで戦になってもいいように、浅野長政の検地に乗じて地図を作っておいたのだ。


 地図上に置かれた石の一つを取ると、山中を迂回して広綱の背後に置いた。


「清久は広綱の後方に回り込み、背後から奇襲せよ。広綱が背中を見せたら、我らが背中を刺す」


「承知しました」


 清久が離れると、若武者が近づいてきた。


「殿、先鋒はそれがしにおまかせ下さい」


 御宿勘兵衛。北条から吸収した家臣で、武勇に優れた武将だ。史実では結城秀康に仕えたのち、豊臣家に仕官。大坂の陣で戦死を遂げるが、今は木村家が召し抱えることに成功しており、吉清も期待を寄せていた。


「それがしは武勇に自信がございます。必ずや広綱めの首をあげてご覧にいれましょう」


「そこまで申すのなら、先鋒はそなたに任せよう」


「はっ。必ずや、殿のご期待に答えて見せましょう!」


 自分の提言を受け入れてもらえたのが嬉しかったのか、御宿勘兵衛が誇らしげに笑った。


 軍を二つに分けてしばらくしたところで、浜田軍が動き始めた。


 突如として強襲を仕掛けてきた浜田軍に、木村軍はたちまち混乱に陥った。


 本陣まで迫る雑兵たちを斬り伏せ、ぐるりと辺りを見渡すと、敵と味方が入り乱れる乱戦となってしまっている。


 こうなると、大軍の強みを生かせない。


 吉清に斬りかかろうとした足軽を、荒川政光が斬り伏せた。


「殿、ご無事でございますか!?」


「助かった」


「ここはそれがしが引き受けまする。殿は安全なところへ」


「心配無用、これでも槍働きで成り上がったものでな!」


 襲いかかる足軽たちを次々と斬る。太刀筋はしっかりしており、日頃の鍛錬が伺える。


 その様子を見て、荒川政光は胸を撫で下ろした。


「ええい、まだ清久は背後を突いてはおらんのか!?」


 せめて二つに分けた片割れの軍があれば、もっと楽に進められていただろうに。清久はどこで何をしているのか。


 吉清が苛立ち始めていた頃、前線から声が響いてきた。


「臆するな! 恩知らずの浜田なんぞに、我らが負ける道理があろうか! 皆、我に続けぇ!」


 あの声は、御宿勘兵衛のものだろう。この状況で即座に兵を纏め上げ、浜田の首を狩ろうというらしい。


 50名ほど集まると、勘兵衛は敵陣深くに斬り込んでいった。


 浜田軍も1000ほどいるとはいえ、乱戦になってしまい数が意味を成していない。

 こちらが危機に陥ってるのと同じように、浜田もまた危ない状況なのだ。


 勘兵衛を尻目に、吉清も負けじと声を張り上げた。


「浜田が討ち取られるのも時間の問題じゃ! ここが踏ん張りどころぞ! 各々、気張っていくぞ!」


「「「オオォォォォ!!!!」」」


 吉清の激に兵たちが沸いた。心なしか、先程より動きが良くなった気がする。


 しばらくすると、浜田軍の後方が騒がしくなった。


「今だ! 広綱の首を挙げるぞ!」


 御宿勘兵衛を先頭に、御宿隊が駆け出した。


 突如として背後に出現した敵に、浜田軍は大混乱に陥った。目に見えて、統率を失っていくのがわかる。


 やがて浜田軍の奥から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「浜田広綱、討ち取ったり!」






 浜田広綱の首を挙げた御宿勘兵衛と、名のある家臣たちの首を上げた清久にその場で感状と褒美の銭や貴重品をを与え、東館の攻略に移った。


 総大将であった浜田広綱の討ち死にを聞くと、ただちに降伏の申し出が入った。助命と引き換えに開城させると、次は胆沢に急いだ。


 胆沢城を囲む地に布陣すると、柏山を抑えるよう命じられていた南条隆信が出迎えた。


「殿、浜田とのケリはつけたので?」


「うむ。そっちはどうじゃ」


 足止めをするように命令していたはずだが、この様子から随分と余裕そうに見える。


 城を囲み、退屈そうに肩を竦めた。


「城に引っ込んで、それっきりでさ」


「それより、南部の動きが気になりますな。なんでも、改易された豪族たちが一揆を企てているようで、和賀、稗貫で不穏な動きがあるようでさ」


 史実では葛西大崎一揆が有名だが、隣接する和賀、稗貫郡でも一揆が発生している。これの鎮圧は南部が行ったが、城の制圧には春を待たなければならなかった。


 時期が時期だけに、南部領と隣接する柏山も無関係とは思えない。繋がっていると考えるのが妥当か。


 隣国の政情不安が波及するのは、こちらとしても本意ではない。


「この城、隆信ならどう落とす?」


 既にある程度考えていたのか、隆信が淀み無く答えた。


「雪が降っては、城を落とすのが困難になりますからな。時間をかけてはおれませぬ。故に力攻め、と言いたいところですが胆沢城は堅固な城ゆえ、これも一筋縄ではいきますまい」


 吉清が頷く。


「故に、それがしは調略をかけるべきかと」


「うむ、ではそのようにしよう」


「はっ、既にある程度目星はつけておりまするゆえ、すぐにでも始められましょう」


 隆信の手際の良さに驚きつつ、早速城内に調略を仕掛けた。


 それと同時に、相手に気取られないように力攻めを行う。兵は消耗するが、今は時間をかけてはいられなかった。






 吉清が攻城戦に加わってから、三日が経過した。


 こちらも疲弊しているが、相手も疲弊しているらしい。兵からは覇気が感じられない。寝る間も与えず攻め続けた甲斐があった。


 そして、城内の将兵からも内応の取り付けに成功した。


 ただ、まだ足りない。あと一手が欲しい。


 ふと視線を彷徨わせていると、箱が目についた。浜田との戦いで得た戦利品だ。


 ……これは使えるかもしれない。


 早速、隆信を呼び寄せると、箱を差し出した。


「城内にこれを届けよ」


 ちらりと一瞥して、隆信が尋ねた。


「これは?」


「広綱の首じゃ。これに降伏勧告を添えれば、さらにやつらの心も挫けよう」


 吉清の提案に、南條隆信がにやりと笑った。


「かしこまりました。必ずや城を落としてご覧いれましょう」


 力攻めをするのと同時に城内から火の手があがった。内応者には兵糧や武具の入った蔵を焼くように言っておいたので、おそらくそこが燃えているのだろう。城内から火薬の音がすると、城兵が混乱の陥った。


 これ以上の抵抗は無理だと判断したのか、助命と引き換えに降伏した。


 胆沢城を攻略すると、次いで氏家吉継の岩手沢城、宮崎隆親の宮崎城を相次いで攻略した。


 もっとも、宮崎城に関しては吉清が手を下すまでもなく一栗放牛が攻略したのだが。


 一度寺池城に戻ると、落とした城の修繕や領地の管理、降伏した者たちの処遇もそこそこに、再び軍が編成された。


 目指すは木村領の北。和賀稗貫一揆の鎮圧だ。

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