第81話 ランクテスト

「アリスさん、感じが変わりましたね?」


「あれが素だろう。まだまだ彼女は甘い。俺にいわせれば演技力が足りないね」


「ご主人様わかってたですか? わふ」


 すっかりアリスを信用している、または同情していると思っていたステラは驚いたように目を見開いた。


「社畜に泣き落としは通じないといっただろう。自分が不幸な人間は相手の不幸に同情する余裕はないんだ」


 もし同情できる余地があるとすれば、相手が自分よりも遥かに不幸であった場合である。


 こういってはなんだが、アリスの不幸が松田のそれを上回るとは到底思えなかった。


「何より演出が足りない。俺ならミネルバという彼女に頼んで今月の生活費は大丈夫なの? とか心配する小芝居をさせるね」


 営業において第三者に見せかけた仕込みをしておくのは常套手段である。


 ビジネスマンであれば、さも客のために上司を説得するよう演技した人間も多いのではないだろうか。




「弊社に決めていただければ特別値引きで三万円サービスします!」


「………………」


「……私の一存では決めかねますが、あと二万! 値引きするよう上司に掛け合いますので!」


「………………」


「(上司と携帯で会話しつつ)遠距離転勤割引でさらに五千円値引きすることが可能になりました! 本来ならこのサービス期間は過ぎているんですが、特別に!」


 ふと、パントマイムのように一人芝居を進行していく引っ越し業者某営業マンを思い出す松田であった。




「失礼ですがドン引きいたしますわ、お父様……」


 社畜とはいったどこまで業の深い生き物なのか。


 その闇の深さから松田を解放したいという思いを抱きながらなお、その道のりは遥かに遠いと言わざるを得ない。


「ま、利害が一致している限りは無駄に敵を作る必要もないさ」


 アリスの利益と松田の利益が一致しているかぎり、アリスが松田にとって障害とならないかぎり、彼女の思惑がどうであったかなど大した問題ではなかった。


 まったく顔色ひとつ変えずそう断言する松田を、ディアナはなぜか寂しいと感じた。


 どうして秘宝である自分がそう感じるのかはわからなかったが。


「さて、判定所ってのはあそこか?」


 業深い話をしているうちに、ミネルバの言っていた判定所に到着したようであった。




「おお、新人か? 歓迎するぜ!」


 もともとは軍で使用していたらしい営庭は、周囲二百メートルほどの広大な敷地である。


 その入り口には皮鎧に身を包んだひと際巨躯の男が、長椅子に寝そべるようにして腰を下ろしていた。


「ここでランクテストを受けるよう言われたのですが」


「任せておけ! あんたギルドでのランクは?」


「銀級探索者です。こちらの娘も」


「あんたはともかく、こっちの嬢ちゃんもかい?」


 ステラとディアナを交互に見比べて、男は不審そうに眉をしかめた。


 まあ、普通の人間であればそう考えるだろう。二人の美少女が見た目通りの年齢であれば、まともな人間であれば銀級探索者であるとは考えない。(ディアナは探索者ですらないが)


「まあ、ここフェイドルの迷宮はダンジョンタイプでは非常に稀な構造をしているんでな。銀級以下の探索者だと最初は面食らうことになる。おかげでどの程度使えるか判定が必要になるってわけだ」


 だから銀級探索者だからといって特別扱いはしないぞ?と男は不敵な笑みを浮かべた。


「具体的にどう稀なんですか?」


「うん? そうだな。まず単純に広い」


 通常ダンジョンタイプの迷宮は、広くても精々数百メートルほどの広さしかない。またほとんどが少人数で行動する狭いスペースが前提であることが多い。


「広いだけなら軍の出番だが、ちゃんと狭い場所もあって、魔法罠マジツクトラップも少なくなくてな。お前さんたちも罠対策がないと長生きできんぞ?」


 男が心配しているのは本気らしい、と松田は好感を抱いた。


 迷宮の正常化が求められている現在、探索者を消耗品扱いすることもありうると考えていたからだ。


「失礼ですがお名前を伺っても?」


「おおっ! すまんすまん、私は王立迷宮管理所筆頭管理官のデビット・アームストロングだ。これでももとは探索者でな」


 なるほど、道理で役人らしさが感じられなかったわけだ。おそらくはかなり腕の立つ探索者だったのだろうな。


「ありがとうございます。私はタケシ・マツダ。見ての通りエルフで主にゴーレムを使います。罠はある程度無視していいかと」


「こりゃ驚いた! 長いことこの稼業をやってるが、ゴーレム使いを見るのは初めてだぞ!」


 心底驚いたようにデビットはまじまじと松田を見つめた。


 やはりゴーレムはコストパフォーマンスが悪いマイナー魔法であるという認識は、ここスキャパフロー王国でも変わらないようであった。


「……なるほど、ゴーレムなら大抵の罠は無効というわけか。面白い! テストには私も参加させてもらうとしよう!」


 もともと好奇心が旺盛なのか、デビットは手首をポキポキと鳴らしながら子供のように目を輝かせていた。


 ならば多少は期待に応えさせてもらうとしようか。


「それではお手柔らかに」


「よし! まずはタケシ・マツダのテストを行う! 開始線まで進まれよ!」




 営庭の中央付近に足を進めた松田の正面に、デビットがブロードソードを構えて立つ。


 身長二メートルを超す巨躯のデビットだが、決して筋骨隆々というわけではなく、むしろしなやかな猫科の動物を彷彿とさせるたたずまいであった。


 おそらくは巨躯に見合わぬ敏捷性を備えているに違いない。


 白兵戦ではステラにも大きく劣る松田にとっては嫌な相手であった。


「迷宮は多対一の戦闘となることが多い。特に探索者はな。そんなわけで私の配下が隙を見て攻撃を仕掛ける。それで五分耐えられたら銀級、十分耐えられたら金級のランクを約束しよう」


「もし倒してしまったら?」


 松田の問いにデビットは心底楽しそうに嗤った。


「…………そのときは元宝石級探索者の私が、謹んで君に宝石級の名を与えよう」


 あかん、これその気にさせちゃあかん人や。


 そう松田が思ったときには遅かった。実力には自信があるのに一線を引いたOBほどうざい人間はいない。


 しきりに最近の若いもんはなっていない、とわざわざ衰えぬ肉体を誇示に現れるOBには辟易したものだ。


 だがこうしたリタイア組に頼りになる親父がいることもまた確かであった。


 うざいがこういう親父は嫌いではない。うざいけど。


「さあ! 君のゴーレムを見せてもらおうか!」


「いいでしょう! 召喚サモン、ゴーレム!」


「え、ちょ、まっ…………」


 デビットの表情が驚愕に固まった。


 巨躯のデビットが遥か天を仰ぎ見るような、およそ八メートル近い鋼鉄のサイクロプス。


 このサイズはさすがに予想していなかったようである。


 しかも相手は痛覚も恐怖も感じないゴーレムで、鋼鉄製ときた。デビットでなくとも戸惑うのは無理からぬことだろう。


「――――行きます!」


「どわあああああああああああ!」


 サイクロプスゴーレムが振り下ろした巨大なメイスを、デビットは飛びのいて躱した。


「今本気で私を殺そうとしただろう?」


「え……と、元宝石級に手加減するのは失礼かな? と」


「ほう…………」


 デビットの瞳に危険な色が宿るのを松田は察した。


「では私も手加減無用というわけだな?」


「いやいや、これランクテストですから。お互い落ち着きましょう。ね?」


「問答無用!!!」


 次の瞬間デビットは試験官であるという己の立場を捨て去った。かつて探索者として生死を懸けた日々のままに、全力でマツダのゴーレムへと突進したのである。


「雷撃突破サンダーブレイク!」


 土煙をあげて、デビットの体が弾丸のように空中を疾走した。


 まさに電光石火、並みの探索者なら反応すらできずに倒されているだろう。


 だが、ステラの最高速度までは達していない。ゴーレムの巨体が、松田を守るようにデビットの軌道に立ち塞がった。


「甘いな! 想定通りだ!」


 そう言いながらもデビットはゴーレムの反応の素早さに内心で舌を巻いている。


 これは操作などという範疇を越えている。思考してから操作ということなら、デビットの加速に反応などできるはずがない。


 松田のゴーレムがほぼマツダの思考通りに、まさに一心同体として動いている証左であった。


「螺旋撃トルネードストライク!」


 しかし想定通りというのも決して偽りではない。


 最初からデビットの狙いはゴーレム。せっかくこれほどの強敵が現れてくれたのだから、一戦もせずに弱い術者を狙うつもりは毛頭なかった。


 巨体の弱点である脚部を狙い、デビットは使い慣れたスキルを発動した。


 たとえ鋼鉄であろうと容易く引き裂く、剣技としてはよく知られたスキルであるが、速度とタイミングが尋常ではなかった。


 バターをナイフで切るがごとく、あっさりと鋼鉄のゴーレムは右足を切断され、大きく身体のバランスを崩す。


「――――再生リバイブ」


 デビットにとって想定外であったのはゴーレムの再生速度だ。ほぼ切断と同じ速さで再生した。


 ゴーレムがバランスを崩したのは、足を切断されたからではなく、むしろ打撃による衝撃のためだ。


「まずは見事といっておこう」


 デビットの先制奇襲を防ぐことができた探索者は十人に一人もいない。


 スキャパフロー王国が探索者ギルドよりランクの査定が厳しいと呼ばれるのは、デビットのテストが厳しすぎるからだと言われている。


 だが、逆にいえば十人に一人はこの攻撃を耐え凌ぎ、形はどうあれ十分以上耐えるものもいるのである。


 さて、松田はどれほど楽しませてくれるかな?


 デビットは隠蔽されていた弓手に、無言で攻撃を命じた。


 迷彩スキルで営庭に溶け込んでいた二人の弓手が、松田の死角から同時に矢を放つ。


 「土壁アースウォール」


 これを松田は高さ二メートルほどの壁を錬成することで避けた。


 広さが特徴的なフェイドルの迷宮での適正を測るのであれば、一対複数を想定していることはすぐに察しがつく。


 テスト開始から五人以上の人間が潜伏していることは、営庭にきて使用した探知魔法で気づいていた。


 いかに強力な隠蔽スキルでも決して隠すことのできない、大地にかかる体重を検知する土魔法である。


 失われつつある古代の魔法を知る、ディアナから教えられた松田の切り札のひとつだ。


「ほう、気づいていたか。しかし視界を塞いだのは悪手だぞ?」


 土壁で視界が塞がれたのを奇貨として、三人のドワーフが隠蔽を解いて突貫する。


 同時にデビットもまた再びゴーレムへと疾走した。


 これで松田は単身で弓手とドワーフを相手にしなくてはならない。


 ――――かに思われた。


「――召喚サモン、ゴーレム」


「な、なんだとおおっ?」


 突如頭上から襲いかかるグリフォンのゴーレム。


 サイクロプスゴーレムしか眼中になかった三人のドワーフは完全に不意を衝かれて薙ぎ倒された。


「三体同時召喚? しかも大型のゴーレムを? いったい彼はどれほどの魔力を所有しているというのだ?」


 コストパフォーマンスが悪く、一体制御することすら至難というのがゴーレムの常識である。


 それをあっさりと覆されたデビットが驚くのは当然であった。まして彼の部下であるドワーフと弓手はほとんど惑乱した。


「く、来るなああああ!」


 発見されてしまった弓手など、グリフォンにとってはただの獲物だ。


 グリフォンの鋭い爪が、弓手を横手から引っ掛けるようにして空中へと放り投げた。


 明らかに殺さぬよう手加減をしている。三体のゴーレムを同時に、である。


 こんな芸当は伝説のなかにすら存在しない、とデビットは胸が熱くなるのを感じた。


「――――下がれ。お前たちでは相手にならん」


「で、ですが!」


「お前たちが今生きているのは手加減してもらったからだ。それすらわからんというのか?」


「う……承知しました」


 その気になれば致命傷を負わせることも可能だった。彼らも実感としてそのことは理解していたのだろう。


 悔しそうに顔を歪めつつも、大人しく彼らは松田とデビットから遠ざかるようにして武装を解いた。


「面白い! 実に面白いな!」


 願わくば宝石級探索者としての全盛期に出会いたかった。いや、今でも負けるつもりは毛頭ないが、少なくとも自分の全力が出せないことは確かだ。


 現役時代はフェイドルの迷宮攻略の最前線にいたデビットである。


 エルフは見かけ通りの年齢ではないと聞くが、目の前の青年はいったいどこまで高みに登ろうとしているのか。


「ここからはテスト抜きだ。一探索者、デビット・アームストロングとして相手になろう」


 やっぱり実力ある年寄りというのは面倒だな、と松田は思う。


 面倒ではあるがどこか清々しい思いがある。


 彼らが面倒であるのは、後ろ暗い思惑がなく己の欲望に忠実であるからだ。


 その手の男が松田は嫌いではなかった。


「謹んでお相手いたしましょう」


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